第228話 誇りと出立
エスキルの言葉と共にグロークス一族の者と走竜達が一斉に気炎を上げた。
それを見届けるとエスキルは言った。
「皆の覚悟も決まったようだな」
エスキルは一旦言葉を切って大きく息を吸うと、それから槍を掲げて、声を上げる。
「槍を取り、牙爪を研げ、同胞達よ! 戦友を得て、我らの戦いはこの時より変化を迎えることとなるだろう! 洞窟を抜け、広々とした空の下、山野を駆けて我らは同じ旗の元に戦う! 貪欲なる帝国の傲りを挫き、平穏を勝ち取ろう! 祖の名誉と誇れるように、子や孫達が笑って暮らせるように! 今この時は戦いに身を投じようではないか!」
エスキルの宣言と共に一族の者達が先程よりも気合の入った声を上げる。鬨の声が響き渡り、洞窟内の空気がびりびりと震えた。
「これから、よろしく頼む」
「あたしらは戦えないけど、あんたらの仕事を手伝うよ!」
戦士と非戦闘員、それから走竜達も含めて、クレア達に挨拶というように声を掛けにくる。クレアも頷いてロシュタッド王国に拠点があるということを伝えた。非戦闘員が避難するにしても、場所が分かっていた方が彼らとしても安心だからだ。
それからグロークス一族からの歓迎、という事になった。潜伏中備蓄の食料をやりくりする形なのでそれほど豪勢な宴にできるわけではないが、狩ってきたばかりの鹿を料理に使って、一族の者達が歌を歌えば走竜も踊るといったものだ。
「走竜さん達は可愛らしいですね」
「普通はここまで外の者に心を開いたりはしないんだけどね」
ユリアンが笑う。助けてくれた相手というのは理解している、という事なのだろうと皆頷いた。
グロークス一族からの歓待を受けてから、クレア達は具体的にどう動くか、について話を伝えていった。
まず非戦闘員を増幅器を用いて開拓村側へと避難させる。それから改めて戻って来てそこから獣化族の住む森林地帯へと移動していく事になる。
増幅器による移動のための魔力蓄積には少し日数が必要となるが、これに関しては魔力蓄積容量自体を増やすことで対応できるように改良を施している。
地底都市、巨人族の山岳に至るまでインターバルを挟まず移動できるかはまだ分からないが、これまでに蓄積した魔力量である程度は賄える。
「とりあえず、洞窟前の崖下に、目印を置いておきますね。それを目標に再度移動して来て下さい」
「了解した」
クレアの言葉にウィリアムが頷く。
目印。独自の図形なり模様なり、特徴的な地形や建物でも何でもいい。地図での大まかな場所と、目標となる目印があればウィリアムはその場所に正確に移動してくることが容易となる。これは、ウィリアムが不在の時にクレアが移動しても、目印を一緒に運んでおけばあまり地域から外れない限り近くに飛んでくること可能になる、という事でもある。
そんなわけでグロークスの非戦闘員をウィリアムが避難させ、後方に待機している開拓村の住民と辺境伯に言伝を頼んでいる内に、捕虜になっている指揮官から情報を引き出しにかかった。
情報収集は従属の輪による強制と、イライザの固有魔法の合わせ技だ。嘘を吐けばすぐわかるということもあり、戦奴狩りの部隊は捕まえた者を後方に連れていくまでが仕事で、引き渡された者達もまた別の場所に移送されていくということまでは掴めた。ただ、それ以上の情報を握ってはいなかった、ということもある。
監獄島に送られていたのは帝国が人質としての価値があると判断した者達だ。それ以外の者達についてはまた扱いが別である。
「既に捕らえられてしまっている戦士達の足取りを追うのは……中々難しそうだな。だがあなた方の話によると、帝国は大樹海の侵攻のために兵を南部に集めている、という話なのだろう?」
「そうですね。その時に従属の輪を外して回る、という計画ではあります。大樹海侵攻のためでなくとも、他の侵略地を調べて行けばどこかでは連れ去られた人達の情報が手に入るとは思っているのですが」
国のように大規模な兵力があるところには戦奴を含めた軍を。グロークス一族のように小規模な集団に対しては今回のように戦奴狩りのみで構成された部隊を差し向ける。もっとも、それで手に負えないとなればもっと派遣される部隊規模が大きくなるが。
恐らく拠点の規模的にグロークス一族や獣化族に対しては部隊規模。地底都市や巨人族に対してはもっと大規模な部隊を差し向けていると予想された。
だから、どちらにせよ戦奴狩り部隊が帰ってこない、或いは従属の輪を付けられて返り討ちにされたという事になれば、帝国の場合、増援を山岳地帯に差し向けてくるだろう。だが、その時にはグロークス一族は山岳地帯にはいない。別の地域に離脱しているのでリソースを無駄に使わせる事ができる。一族が定住していないというのも逆に都合がいいのかも知れない。
クレア達とエスキル達はそうやってできる限りの情報を帝国兵から収集し、固有魔法等の情報が漏れないように魔法契約を交わし、改めて名を伝えたり顔を見せたりした。
時間の許す限り狩りや採集も行って物資を集め、撤収の準備も整えて……ウィリアムが戻って来たところで再び移動する事となる。
「避難したグロークスの一族については問題ない。辺境伯も支援をして下さるそうだ。衣食住に関しては問題ない」
「それを聞けて安心した」
ウィリアムの報告にユリアンが笑って応じる。戦士や走竜達も報告を聞いて喜んでいた。後顧の憂いもなく、後は移動するだけだ。
ウィリアムの固有魔法は人数や重量に限らず、効果範囲内を瞬間移動させるというものだ。だが、グロークスの一族の戦闘員全員、といったような大人数になってくると、その範囲内に人を収めるのが難しくなってくる。
それを解決する手段として――クレアの糸を使い、2階、3階に地下階といったように多層構造を構築して立体的に人を配置する事で球形の範囲内に収める。それでも足りないのなら回数を分ける、という事になるだろうが。
「足場に色がついている範囲には入らないようにして下さい。一応、術の効果範囲内ですが、ギリギリの位置ですから。糸からはみ出した部分は術についてくることが出来ずにその場所に残される……つまり、そこから切断されてしまいますので」
クレアが警告を口にすると、戦士や走竜達は少し表情を変え、全員で内側に寄るように固まって、最上段の者達は身を屈めたりした。羽根の呪いも用意しつつ全員を糸で繋いでおり、移動先ですぐに空を飛びながら行動できるようにしている。
「それでは行くか」
ウィリアムが言って固有魔法を発動させる。
光と共に周囲の空気が変わり――クレア達は別の森林地帯の上空に出現していた。すぐさまクレアは小人化や隠蔽結界も用いて、滑空できるように周囲の状況を整える。
突然の浮遊感にグロークス一族も驚きつつ歓声を上げていた。
糸のグライダーによる滑空は一時的なものだ。人数が多くなったという事もあって、もっと安定感のある状態を作り出そうと、クレアは自分達の頭上に耐熱糸による風船状の構造物――気球を作り上げる。火と風の魔法も用いて熱風も送り、吊るされたグライダーをゴンドラ状に変化させた。
「浮遊する乗り物とは――」
「暖めると空気は軽くなるのです。熱風を上の部分に送ってやる事で、下に吊るされたものも浮かぶ、というわけですね」
言いながらも風を起こして気球の移動方向を制御するクレア。気球やゴンドラは下からは空の色と同化するのでやはり肉眼では見えにくい。ゴンドラの底部は半透明で、下の状況を見やすいものにしていた。一同は暫く空からの眺めを堪能していたが、やがてベルザリオが言う。
「ここからは――僕の案内だね。でも僕の場合、潜伏先の正確な場所は分からないから大体の地域になっちゃうけど」
「大丈夫です。空からじっくり探していきましょう」
クレアが言うと、一同も頷くのであった。




