第21話 ギルドからの相談
「いやー。晴れた日に空を飛ぶのは気持ちいいですねえ」
「確かに他では味わえない爽快感がありますわ。鳥のように空を飛んでみたいなんて、子供の時には夢見たこともありましたわ」
「あっはっは。空を飛びたいは私も思ったことがありますねー。箒に跨って飛ぶとは思ってもみませんでしたが」
「本当に。何がどうなるかなんて予想がつきませんわね」
――クレアとセレーナは箒に乗って平原を飛びながらそんな会話を交わす。肩に摑まった少女人形が見晴らしを楽しむかのように、目の上に手をやって首を巡らせた。
二人の飛行を少し後ろで眺めながらも、ロナが口を開く。
「セレーナの飛行も移動だけなら支障がない程度にはなってきたかね。移動中にもう少し高度な飛行訓練をしておくと良い」
「分かりましたわ」
「では、私に続いて下さい。急加速と急制動から始めましょう。命綱は用意しておきます」
「はい、クレア様」
3人はいつもの村に立ち寄り、それから領都まで足を延ばして素材や製作物の売却に行く、その途中だ。セレーナの箒による飛行は――まだ速度は出せないし高度な飛行はできないものの、クレアやロナとの移動に支障がない程度の練度にはなっている。
庵では樹上までの高度がとれないために敷地内を飛んで回る程度の基本の飛行訓練しかできていなかったが、大樹海の中ではできなかった動きを試せる。その為道中は飛行訓練を兼ねた時間となった。
できるだけ速度を出し、できるだけ短い制動距離で速度を落とす。
箒の柄を前方に立てるようにして、減速した際に振り落とされないように耐え、そこから更に急加速、減速を繰り返して次第に旋回や上昇、下降といった動きも織り交ぜていった。
そうやって訓練を交えながらも平原上空を箒で進んでいき――やがて3人は領都に到着するのであった。
「ああ……! クレアさんにセレーナさん……!」
門番の兵士達とも顔なじみになっている。前のように問題が起こる事もなく、スムーズに領都に入る事ができた。
後で落ち合う場所を決めて一旦別れ、クレアとセレーナがその足で冒険者ギルドに向かうと、受付の女性が二人の顔を見るなり良いところに来てくれたというように胸の前で手を打って笑顔で迎える。
「こんにちは。セレーナさんは達成した依頼の報告。私は集めた素材や作った物品を売りに来ました……が。ふむ?」
「何かあったのですか?」
首を傾げるセレーナとクレアの人形に、受付嬢は頷く。
「実はお二方や魔女様にお聞きしたい事がありまして。お手間は取らせませんし、場合によっては謝礼もと考えておりますが……その前にいつも通りに買い取り等々進めさせていただきますね」
という受付嬢の言葉に、二人は顔を見合わせた。
そのままギルドの奥にある解体場に通され、まずは持ち込んだ素材の取り引きをしていく。クレアが鞄の中から魔物素材の数々を取り出して並べていくと、受付嬢が感心したように声を漏らす。
「今回はまた……随分と持ち込まれましたね」
「質も良いな。毎度のことながら下処理が丁寧だ」
解体を担当するギルド職員が素材を検分しながら言った。
「修行も兼ねていますからね。こっちで作っているものもありますし」
「出来る事が増えたというのもありますわね」
下処理はそれらの出来にも関わるために重要なのだ。そうした処理方法についても二人は教わっているが、この辺は師であるロナが昔、冒険者達と関わりがあったからというのもある。
「それから、こっちがセレーナさんの依頼に関わる素材です。魔狼の毛皮と牙、爪と肉ですね」
鞄の中から箱や袋に収められた品々を出して並べていく。魔狼の素材も下処理が終わっていて種類ごとに分類されている。討伐については毛皮の数を数えれば狩った群れの頭数が分かる。一際大きく立派な毛皮については群れのリーダーのものだ。
「血抜きもされてるな。……鮮度を保つために冷やされてやがる」
「毛皮の方は加工の前段階までは進めてあります」
「了解。仕事が全くないってわけじゃなさそうだ」
「毛皮の数も規定数を十分超えていますね。依頼達成です」
受付嬢が毛皮を数えて頷き、それからクレアを見やる。
「クレア様も冒険者登録しても良いのではないですか? 持ち込む品々も割高で取り引きできますよ」
「私は――冒険者としての縛りを受けない方が身軽ですからね。現時点で沢山お金が必要ということもありませんし」
冒険者として登録すると、魔物が関わる有事に際して招集がかけられることがある。
その他にも規定の数の依頼をこなしたりギルド側から指名の依頼が来たり報告しなければならない等の決まりがあって、そこで義務を負う。
しかし身分に関してはロナの弟子ということで信用があるから、自身の出自のこともあって行動の自由を確保しておきたいクレアとしては、冒険者登録に関しては慎重になっているという状態だ。
「なるほど。では、気が向いたら是非ということで。クレア様ならいつでも歓迎しますよ」
「それは――ありがとうございます」
クレアは勧誘の言葉に笑って応じる。
持ち込んだ品や作ってきた品、依頼達成の代金の受け渡しを経て、クレア達は別の部屋へと案内された。
「それで……聞きたい事というのは何でしょうか?」
「大樹海に関してお伺いしたいことがあります。実は、王家や辺境伯から大樹海の調査依頼が出ておりまして、具体的に調査を進める前に事前に情報を集めておこうという話になりました」
受付嬢の話は、クレアとしても納得のいくものだった。大樹海のことを聞くならばまずはそこで暮らしているロナやクレアに尋ねてみようというわけだ。
「知っていることや話せる範囲であれば。すぐにではなく師にも尋ねてからという事になりますが」
「ありがとうございます。勿論魔女様に話を通していただくのも前提にしていますよ。実は、大樹海に出没する魔物に関することなのです。脅威度と言いますか、どこにどんな魔物が分布しているのか、私達で把握していない範囲をご教授いただければと。特に……領域主ですね」
「領域主……」
「奥地の遺跡付近には領域主のいる場所も多いと聞きますが、まさか遺跡調査のための領域主の討伐を考えているわけではないのですよね?」
セレーナが少し不安げに眉根を寄せて尋ねる。
王家が何を思って調査を再開することにしたのかはセレーナの与り知るところではない。しかしそれで領域主を刺激してクレア達の周囲が危険になるならば、あまり歓迎のできない話だ。世間をあまり知らないクレアにそれとなく注意喚起をする意味も込めてセレーナが言うと、受付嬢も真剣な面持ちで頷いて口を開く。
「はい。そういうわけではありません。出来る限り領域主に触れないようにという安全を確保しながら大樹海の調査をするという方向でギルドに協力依頼が来ているのです。何をするにしても慎重に情報を集める事から始める必要がありますからね」
クレアは少し思案を巡らせてから尋ねる。
「だから魔物の種類や脅威度、領域主のいる凡その場所を把握しておこう、というわけでしょうか?」
「はい。冒険者が通常立ち入らない奥地の魔物の分布までは把握していない部分が多いですから」
「なるほど……」
魔物の種類と、その分布というのは重要だ。討伐できる程度の魔物だとしても、性質によっては近場の別の魔物種や領域主を連鎖的に刺激する可能性もあるのだから。そのあたりの情報を掴んでおくことは、調査隊の生死に関わる。
「では、師にも伝えておきます。日を跨ぐ可能性もありますが、もう一度後で来ますね」
「よろしくお願いします。明日であればギルド長も同席できるかと」




