第217話 リヴェイル王との会談
リヴェイル王は、先に使者としてやってきたパトリックから、クラリッサ王女はクレアという名で辺境伯領や大樹海で魔女として暮らしてきたと聞かされている。
シェリル王女とも面識がある、ということも。少し驚いたリヴェイルがシェリルに話を聞いてみると、シェリルもまた、クレアの出自までは知らなかったらしく、驚きを露わにしていた。
ただ、シェリルはちょっとした契約があって自分の口からはクレアに関しては話せない事が多いのだとか。自分の信頼の問題だ、とそこは譲らない。
「知りたいことがあるのなら当人から直接聞くか、当人のいる場所で許可を貰ってからがよろしいかと。それならば私の口からあの人のことを語れますわ、お父様」
シェリルはにこにことしながらリヴェイルに言ったのであった。
但し、当人の人柄については穏やかで信用の出来る人物だとか、芸術を介し、知識が豊富な人物で話題が合うとか、契約に差し障りの無い範囲で人柄についてリヴェイルには教えてくれた。
友人としてこれから先も付き合っていきたいと、楽しそうにシェリルが微笑む。
ともかく、娘がいたく気に入っているというのはリヴェイルにもスタークにもよく伝わったと言えるだろう。
竜滅騎士セレーナも同席しているあたり……竜討伐に加わっているというのも間違いなさそうだ。
少しだけ横目で様子を窺うと、スタークも静かにクラリッサ王女の様子に注目しているようであった。シェリルに関しては会談の場なのであまり感情を表に出さないように努めているものの、やはりクラリッサの事が気になるのか少しそわそわと視線を向けている。クラリッサから小さく笑みを向けられ、どこか嬉しそうにしているのも見て取れたが。
(シェリルは隠しているが私から見ると分かりやすいな……。さて、スタークは今回の同盟についてどう考えているのかな)
リヴェイルはそんな事を思いつつもクラリッサに声を掛ける。
「クラリッサ王女。貴女の事も娘から話に聞いている。契約に関すること以外は、だが」
「お初にお目にかかります、陛下。それは――シェリル様には肩身の狭い思いをさせてしまったのではないでしょうか。この場だけのお話にしていただけるのであれば、シェリル様と交わした契約の内容についても私の口から説明できます」
「構わないのかな?」
「勿論です」
クラリッサはそう前置きしてから、ドレスを提供した事。目立ちたくない事情があったのでドレスの事で注目されるのは困るから秘密にする事。契約の内容等をリヴェイルとスタークに伝えていった。
普段は偽装魔法等も使って注目を集めないようにしているのだとも言った。
「何分、髪や瞳の色が特徴的で、帝国に追われているようだ、というのが分かっていましたので」
クラリッサは静かに生い立ちについて話を始める。赤子の頃に大樹海の黒き魔女、ロナに拾われて育った事であるとか、刺客に追われているようだったとか。
自身の出自を知るに至ったのは王都を訪れる少し前のこと。その頃にシェリル――お忍びのシェリーとも劇場で初めて会って声を掛けられたのだとクラリッサは語る。
人形が着ていた服に注目していたために認識阻害の術にシェリルは引っかからなかったという話で……その辺は娘らしいとも言えるだろう。ともあれ、馴れ初めであるとか、何故ドレスを作るに至ったかもそれで理解した。
帝国に追われているというのであれば、目立ちたくなかったというのも理解できる話だ。それでもドレスを作ったのは人の良さ故であろうか。
「なるほど。娘との経緯に関しては理解した。ニコラスも、セレーナも、久しいな」
「はっ。誠に恐縮です」
「再び陛下との拝謁が叶い、嬉しく存じますわ」
ニコラスとセレーナも一礼する。同席しているグライフやエルランド、アストリッド達も名前と肩書きを紹介された。
アストリッド達の紹介については重要だ。それについてはリチャードが説明をする。
「彼女達は帝国のヴェルガ湖にある非公式の監獄島にて囚われておりました、帝国近隣の小国、諸民族の族長や王侯貴族に連なる者達です」
「報告には聞いていたが……。走竜を駆る戦士の一族。巨人族にダークエルフ、それに獣化族か……」
「私達のアルヴィレト王国も、そんな帝国近隣の小国の中の一つ、だった。とはいえ、大樹海の外縁部にある結界内に隠れ住んでいたので外には知られていないが……」
ルーファスが帝国の侵攻について話をする。抗しきれないと判断し、時間を稼ぎながら国民を脱出させたこと。クラリッサ王女も元騎士団長達に預けられたが、大樹海で刺客に追いつかれ、魔物の乱入もあって相打ちという形で命を落としてしまったという事。そして……。
「私は大樹海の黒き魔女、ロナに拾われ、見習いの魔女として育ってきました。自分の出自を知るきっかけになったのは散り散りになったアルヴィレトの民を探していた、グライフが私に気付いてくれたからです」
そしてパトリック達を中心に再結集していたアルヴィレトの者達と引き合わせてもらう事になり、今に至る。ルーファスの情報は、帝国側が人質として使う事を意図的に流してきた事から監獄島に収監されているのではないかとあたりをつけ、クラリッサ王女を中心に救出作戦を決行した、というわけだ。
「監獄島は非公式……救出した事に関しては当面は問題にならない。それは良いとしても……帝国が名指しで人質として処刑の情報を流してまで、クラリッサ殿下を追う理由がある、という事ですかな?」
スタークは顎に手をやり、思案しながら言う。
「そのようです。私達も帝国の正確な意図を掴んでいるわけではないのですが……恐らくは大樹海に眠る古代文明の遺産絡みではないかと考えています」
「ふむ。確かに事前に渡された辺境伯の資料では、帝国が大樹海――或いはそれを越えて我が国に侵攻しようと軍の再編を進める動きも見られるが……遺産に絡んでのもの、という根拠もあるということかな?」
真剣な表情になったリヴェイルが尋ねる。同盟の話だけでは終わらない。国防に関する重大な懸念事項でもあるため、リチャードが自ら話に来たのだと理解する。
「私は少なくとも、得られた情報からそのように考えております」
リチャードがそう答えて、ルーファスに視線を送った。ルーファスも頷くと口を開く。
「アルヴィレト側の言い伝えもある。しかしそのような確認の手段がない情報を根拠として持ち出すのは不誠実だと私は思う。クラリッサの足跡と帝国の動きについての事実のみを伝え、その上で伝承に関する事も話し、帝国の目的について判断してもらうというのが良いかと考えている」
クラリッサの事……運命の子についての話をするというのは、アルヴィレト側にとってもリスクがある。例えば、帝国と同様の野心をリヴェイルやスターク。リチャードが抱くということ。
だが、クレア達はリチャードを信じた。リチャードがきっとそのような野心を抱かないとリヴェイルとスタークを信じるからこそ、ロシュタッド王国を信じると選択をしたのだ。そう。選択だ。自分達で選んだ。
クラリッサは意を決するように一瞬瞑目し、それから目を開くと大樹海で遺跡を発見してからの帝国の動きや領域主との戦いや出会いに関する話をしていく。
墓守と戦い、遺跡奥の扉を開いて古文書を発見した事。古文書の内容と永劫の都の話。帝国の諜報部隊。恐らく、クラリッサ自身が鍵と呼ばれていることに関して。
領域主イルハインとの戦いや、天空の王と至近で出会った事。孤狼との出会いや友好関係を築いた事。そして運命の子の話。
帝国が大樹海の遺産に執着している事であるとか、そのためにクラリッサ王女を欲していると見受けられる事を補強するような話でもあった。




