第214話 クレアの魔法道具
「順番に関してはこんなところですかな。族長の子、王族の娘が人質に取られていることを理由に投降し、戦力として組み込まれてしまうことを防ぐため、最も喫緊の状況が差し迫っていると思われる者達のところをまず優先とします」
「その後はその周辺への帰還を、という事になりますか。何と言いますか。監獄島で目立っていた方と言いますか、協力してもらっていた方々の名前が挙がっていますね」
クレアは名簿を見ながら言った。まずアストリッド、ユリアン、ミラベル、ベルザリオ達が現状、帝国の主要なターゲットになっている節が見られる。
ユリアンは他種族ではないものの、走竜と呼ばれる特殊な亜竜と心を結ばせる一族であり、帝国はそれを得られれば戦力の一環になると思っている節があるようだ。
ミラベルはダークエルフ。ベルザリオも一見他種族には見えないが、実際のところはそうではない、らしい。
「帝国が力を入れている場所という事であれば、例の反抗組織との接触も期待できるやも知れませんな」
パトリックとしてはシルヴィア王妃が見つかるかも知れないと期待しているところも大きい。帝国が力を入れている地域に反抗組織が出没する可能性は高い。
南方諸国での情報がこれだけ探してない以上、後は帝国に囚われているか、北方のどこかに潜んでいるか。それとも……既に命を落としてしまっているか。
それらの可能性は考えないでもなかったが、大樹海より北の土地で捜索したり情報を収集するのは、足掛かりもなくリスクが高くて実行に移す事が出来なかった。
だが、現状であれば転位の固有魔法を持つウィリアムの協力で潜伏も脱出も不可能ではなく、辺境伯家の支援も得られている。帝国以北の情報や足掛かりを得る算段もついているのだ。もしかするとシルヴィア王妃だけでなく他のアルヴィレトの者達も発見できるかも知れない。
「クレア殿のお母君か。私としても再会を願っておりますよ」
「ありがとうございます」
リチャードの言葉にクレアも一礼する。
「優先順位はこれで良いとして……クレア殿が提供すると仰っていた魔法道具についてお聞きしたいのですが」
「そうですね……色々考えていますが、まず試作品と言いますか。以前から開発していたものがまず出せるかと」
クレアは言って、魔法の鞄からブローチのようなものを取り出した。
「これは?」
「外付けの魔法防殻です。稼働時間は熟練の術師のように常時とはいきませんが、平時に魔力を溜めておくことで魔術師でなくとも魔法の防殻を纏う事ができるようになります」
一戦闘をこなす程度ならば問題なく使う事ができて、装備品に組み込む事で普通の防殻とはまた別の使い方ができると、クレアは説明した。
「例えば盾に組み込む事で、全身ではなく前方のみに強力な防殻を展開する、という使い方ができるわけです。通常ならば防殻で防げない攻撃も、集中により凌ぐことが可能となります」
或いは鎧や防具の隙間を補うように防殻を張り、関節の稼働域や敏捷性を確保したまま防御力を上げるであるとか。
「試してみても?」
「勿論です」
リチャードはクレアの返答を聞くと、魔法道具を手にとってそれを発動させた。全身を防殻が包む。防殻の術はリチャードも当然使えるし、常時維持する事も可能だ。だから感覚も分かっているが、展開されているのが一定以上の精度を持つ防殻である事は間違いない。普通の矢玉は勿論、半端な魔法も問題にはならない強度があるだろう。
利点は誰でも使える事だが……自分が使った場合でも恩恵があるだろうとリチャードは思い至る。自身が大技を放つ時も防殻展開に割いている魔力や魔法処理能力を魔法道具に任せ、攻撃にそれらのリソースを回す事ができるからだ。
その上、クレアの説明からすると普通の防殻とはまた違った使い方もできるという。
「これは驚いた……。この技術を提供する、と?」
作るのにどれぐらいのコストがかかるかはまだ聞いていないが、数を揃える事ができれば、恐らく戦場を変えるぐらいの効果があるだろう。
軍事にばかり目が向きがちなものではあるが、要人の身の安全を守るという使い方や、災害時の救助活動等でも有用だと思われた。実力のある術師でしか対応できない場面に、普通の人員が抗えるようになるという事なのだから。
そして、提供する技術というのが帝国に対抗するためのものでありながらも防御寄りというのはクレアらしい、ともリチャードは感じる。
「私達自身でもこれからのために使えますからね。後は……帝国に使われたり解析されるのを防止する技術も組み込もうと思っていますので、そこの部分で少し制作費用が増してしまうようなところはありますが」
「姫様はそんな事もできるのですか……」
「時折呪いの装備というのがありますが、あれのようなものです。呪いの対象を装備品自体に向けて、術の部分を変質させて自壊させてしまうわけですね。ですが……こちらの作ったものを元にせず、帝国の技術者に一から開発されてしまった場合はあまり意味がないかも知れませんが」
驚くパトリックに答えるクレア。
「中短期的にはそれでも十分だろうね。少なくとも開発までの期間は稼げるわけだから」
「ルーファス陛下の仰る通りですな。帝国の急いでいるような動きを考えれば、こちらの想像より有効やも知れません」
ルーファスとリチャードがにやりとした笑みを見せる。
それ以上の期間となると、今度は別の策が刺さってくることを期待できた。
「……リヴェイル陛下にご納得していただくには十分ですな。普及すれば装備品が一新され、様々な場面での変化が起こり得ると考えておりますよ」
「王都に向かう必要がありそうですね」
「そうですな。王都にてリヴェイル陛下とお会い頂き、そこで同盟の締結を話し合って頂く事になるかと。先触れを王都に遣わし、事前に話を通しておきます」
使者役には嫡男であるジェロームを考えているとリチャードは言った。アルヴィレトからもパトリックが事情の説明に向かうと申し出て、エルランドがその護衛に志願した。
「では、そのように。できるだけ早く予定を立てられるように急ぎましょう」
公の話ではないものの、クレアは竜滅騎士セレーナやシェリル王女の友人であり、領域主イルハインや鉱山竜討伐の立役者だ。その人物がアルヴィレトの重要人物となれば話も通りやすくなるだろう。加えてクレアの出してきた魔法道具の価値も高く、魔法の技術協力、対帝国という点での説得力もあり、ロシュタッドとしても得られるものは大きいと思われた。
話が纏まると、リチャードは早速護衛部隊を編制して物資を手配する。その翌日にはジェローム、パトリック、エルランド達は王都へと出発していった。
王都からの返答を待つ間、クレア達はアストリッド達と交流する時間を作ったり、魔法道具を仕上げて数を増やしたり、更に開発を進めたり……といった時間を過ごす。
アストリッド達はクレア達の予定を聞くと自分達も王都に同行しても良いかと尋ねてきた。クレア達の話の一助になるのならと申し出てくれた形だ。クレア達が北方で動きやすくなり、帝国への牽制になるのなら自分達の話も何らかの役に立つかも知れないという判断である。アルヴィレトが北方の諸民族にも影響を増すならば、それは結果的にロシュタッドにとっても益になる話だった。




