第213話 帝国の動き
「――薬草取りの時の話か。あれは……オーヴェル殿にかなり怒られたな」
「懐かしいな」
グライフとエルランド達も王都でのオーヴェルと修行をしていた頃の話をして笑い合う。
近隣に強い魔物はあまりいないからと門下生の一人が熱を出した妹のために薬草を取りに向かった時の事だという。門下生達は、森で何度か野営していたということもあって、少し自信過剰になっていた時があったらしく、仲の良い者達と連れ立って森に入った。
それに後から気付いたのがグライフで、その門下生の妹が熱を出したと聞いて果物を持って見舞いに行った際、当人が不在だった事や、熱冷ましの薬草に関する話をしていた事からもしかしてと、オーヴェルのところに伝えに行った。
オーヴェルはそれを聞くと森に向かって――門下生達が魔物に襲われていたところを間一髪助けた、という話だ。
「その時、丁度森に外から強めの魔物が迷い込んできていたようでな……」
「結構な騒ぎになったのを覚えておりますよ。泣いている門下生達をオーヴェル殿が見事連れ帰ってきておりましたな」
「いやあ、お恥ずかしい。オーヴェル殿が助けに来てくれなかったら私達は今この場にいなかったでしょうな」
そう言って笑い合うグライフ、エルランドと門下生達。懐かしそうに笑うグライフに、クレアも少し表情に出して微笑む。グライフが思い出話に目を細める顔は、クレア達と接する時の笑い方とまた少し違うもので、クレアにとっては新鮮に感じる部分があったのだ。
そうやってオーヴェルを始め、埋葬されている者達との思い出を語らいながら庵での一夜は過ぎていったのであった。
クレア達はロナの庵から戻ってくると、パトリックやエルランドも伴って領都へと向かった。
表向きの立場が違う側近や重臣については協力者となったリチャードに対しては伏せておくより明かしておいた方が信用を得られるという判断だ。
辺境伯城へと向かい、貴賓室にて面会したリチャードに紹介する。
「商会の代表であるパトリックさんと、冒険者のエルランドさんです。アルヴィレトでの立場はまた違いまして――」
パトリックはアルヴィレトの重鎮。エルランドは教導役を担っていた元騎士団長オーヴェルの高弟、と紹介する。
「辺境伯に置かれましては、お目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
「門下生達を率いてルーファス陛下とクラリッサ殿下の元に馳せ参じた次第です」
パトリックとエルランドも名を名乗り、リチャードに挨拶をした。
「そうでしたか。ご主君との再会がなされたこと、私からもお慶びを申し上げます」
リチャードからの祝福の言葉に、二人は揃って礼を言い、頭を下げる。
「ふむ。お二人の肩書きからすると、情報を共有し、お考えを伺った方が良いかも知れませんな」
リチャードは机の上に地図を広げる。そこには国境線、地名、都市、地形等が書き込まれていた。
「これは――」
「救出された者達からの聞き取りと、監獄島の内部資料を基に作った帝国とその近隣の地図ですな。救出された者達が広く各地に分布しているため、元々住んでいた場所の情報を集めていけば自ずと帝国の輪郭も見えてくる、というわけです」
つまりは帝国国内からその周辺。特に大樹海に面する南方以外の部分を補った地図、ということになる。
当然、軍事国家である帝国国内の詳細な地図など軍事機密以外の何物でもない。しかも地図だけでなく、どこが帝国に組み込まれ、どこがまだ争っているのかまで詳細になっているのだ。どこにどんな都市や城塞があるのかといった事まで情報として集まっており、辺境伯家にて軍の配置や規模についても分析中なのだとリチャードは言った。
「とまあ、この地図や証言を基にして救出された者達の帰還の順番について決めていこうというわけですな。当事者からの聞き取りはしていますが、帰還の順番を考える話し合いの際に彼らを交えるとどうしても彼ら同士の間で溝が出来てしまいます。私達が優先順位を決める事については納得してもらいました」
帝国の脅威に晒されている危険度と緊急性の度合い。住んでいる地域からくる効率性。そういうものを判断して合理的に決める、というわけだ。
「これが名簿と、彼らからの聞き取りの内容を余さず記録した内容ですな」
後ろに控えた執事が紙束を机の上に置く。
クレアは書かれた文字を糸で写し取ると、全員で見やすいように空中に糸を伸ばし、光る部分とそうでない部分で空中に浮かび上がらせるように大写しにしていった。外からは見えないように結界を張っていたりもするが。
「本当に便利な固有魔法ですな……。では地図と照らし合わせながら、順番を考えていきましょう」
リチャードが言うと、クレア達も頷き、資料に目を通しながら話し合いを重ねていった。
現状、帝国が最も力を入れていると思われるのはまず北方――アストリッドの仲間達が潜む山岳地帯が一番に上げられた。他の地域が小康状態、或いは停滞しているのに比べ、この土地……というよりも巨人族に対してかなり力が入れられているというのが情報の様々な部分から伝わってくる。
恐らく、巨人族を支配して勢力下に置くため、というよりも巨人族を隷属させて戦力として組み込むのを企図しているから、と思われた。
「比べて見ていると他種族の確保に力を入れている傾向があるように見えるな」
グライフが分析しながら言うと、リチャードも同意する。
「私もそう見る。近年になって他種族に手出しをしている傾向が強いようだが……。どうもな。拙速というか、無理をしてでも確保しようとしているようにも見えるのだ」
巨人族への動きもそうだが、どの他種族に対しても確保して戦力に組み込むのを目的としているように感じられる動きだ。巨人族が潜んでいる山岳地帯も土地として見た場合、抑える価値が低く、兵力に組み込んだとして差し引きがプラスに転じるかは怪しい。
「何か別に目的がある……のかも知れませんね」
少女人形が顎に手をやって呟くように言う。
帝国の目的。最近の動き。そこに思考が向くと、どうしても一つの単語が脳裏に浮かぶ。皆の視線がクレアに集まり、僅かに遅れて少女人形が頬を掻くような仕草を見せた。
「あー……えっと。やっぱり私というより、永劫の都関連ですか?」
「何の確証があるわけでもありませんから、その可能性もある、と考えておくべきでしょう」
クレアの反応にリチャードが苦笑した。
「仮に孤狼への動きとも結びつけるのなら、大樹海を突破し、中心部やロシュタッドへの道を拓くために今まで帝国にいなかった戦力、個性を求めている……って事は有り得るかも知れないねえ」
ロナが肩を竦める。例えば、巨人族の制圧力を中心とした軍を組織すれば。大樹海の魔物の群れにも抗しうるものになるだろう。
数が多く狂暴ではあるが、巨人族が軍として派遣されたとして、拮抗できる魔物種というのはそう多くはない。そこに他の種族の持つ技能、技術であるとか帝国戦奴兵の頭数などが加われば巨人族だけでは対応できない局面を打破し、大樹海を打通し得る、かも知れない。
とはいえ、現時点では推測の話だしすべき事も変わらない。人質になっていた者を帰還させて、従属の輪からの解放もしていく事で状況も変わり、帝国の計画自体を頓挫させ得る事も出来る……かも知れない。外れていたとしても帝国の力を削ぐ策であることには変わりはないのだから。




