第210話 オーヴェルが繋ぐ絆
買い物が終わってからクレア達はルーファスの荷物を開拓村に運び、領都と行き来しながら多忙な毎日を過ごすこととなった。
具体的には、帰還希望者とリチャードを交えて帰還計画を練る、偽物の輪の準備する、同盟締結のための開発を行う、辺境伯家の武官や帰還希望者を交えて訓練……等々だ。
その合間に大樹海での採取や狩り、ポーション作り等も行っている。と言っても辺境伯家の大樹海での実戦訓練に付き合うような形でではあるが。
そんな日々を送っていると、ディアナから連絡を受けたパトリック達が開拓村を訪問してきた。
「おお、おお……。陛下……ルーファス陛下……!」
クレアの家に通されたパトリックとロドニーはルーファスの姿を目にすると少し呆然と立ち尽くした後、ふらふらと前に出て眼前にて片膝をつき臣下の礼をとった。
「心配をかけたね、二人とも。私がいない間、よく皆を守ってくれた」
「勿体なきお言葉です……!」
「よくぞご無事で……」
ルーファスは嬉しそうに目を細めてから顔を上げて楽にして欲しいと二人に声を掛ける。今の自分はルークであって、ルーファス王ではないのだから、と。
宰相と騎士団の参謀。いずれもアルヴィレトの重鎮達だ。ラヴィルは一足先に開拓村に逗留しており、この場にもディアナと共に同席している。再会を喜び合うルーファス達を穏やかに見守る。
再会を喜び合ったあと、パトリック達はクレアやルーファスに新たに南方に逃げていた仲間達を見つけて合流した事を伝える。
まだ背後関係の確認などがあって今日は訪問して来ていないが、その中にはルーファスの知る名前もあった。
「エルランド達も無事か……喜ばしい事だ」
「オーヴェル殿の高弟で、門下生の指導もしていた御仁だな」
グライフはエルランドという人物についてクレアに説明する。
「それは……私も会ってみたいですね」
オーヴェルの高弟であり、未来を繋ぐために他の年若い弟子達を率いて脱出。指導に励んでいたという話である。南方諸国において冒険者チームを結成し、魔物狩りなどに勤しみながらも剣と魔法の技量を磨いていたという。
要するに、エルランドと共にオーヴェルの門下生達も合流してくるという事だ。確認が終わり次第冒険者という名目で開拓村にやってくるという話でもあるため、近日中には顔を合わせる事ができるだろう。
「まあ、そいつら到着したら墓参りかね。魔法契約で背後確認が終わっているってんなら信用もできるだろうからね」
「すみません、大人数になってしまって」
「いいさ。流石に庵に全員は泊められそうにないから天幕ぐらいは用意させときな」
クレアの言葉に肩を竦めるロナ。本来ならば殆ど人を招かれない場所でもあるから、ロナがそう提案してくれたのは有難い話ではある。ルーファス達もロナの厚意に感謝を示した。
いずれにせよルーファスやパーサ、パトリックやロドニーの護衛は必要となるのだ。冒険者という名目で村までやってくるのなら、大樹海に入って狩りをする体で護衛しながら庵に向かう事もできる。
但し、道中は森歩きと隠蔽結界を使ってという形になる。クレアの糸繭なども使って非戦闘員を守りながら進む事もできるという事を考えれば、大人数でも問題は起こりにくいだろうと予想された。
それから数日もするとエルランド達も開拓村に到着する。エルランド達も早速クレア達と顔を合わせて自己紹介を行った。
エルランドは赤毛の男だ。年齢にして30半ばぐらいであろうか。精悍な顔立ちに口ひげを蓄えている男で、同じくオーヴェルの高弟であった女騎士と結婚しているという話である。
エルランド達もクレアやルーファスの顔を見ると感極まった様子であったが、揃って膝をついて臣従の意を示す。
「お目通りが叶い、嬉しく思います、ルーファス陛下。クラリッサ殿下」
「よく馳せ参じてくれた。貴殿らの忠誠を嬉しく思う」
「オーヴェル様の門弟の方々という事でしたので、お会いできるのを楽しみにしておりました」
「勿体なきお言葉です。これよりは我ら一同、お二方の指揮下に入り、陛下と殿下の剣となり、盾となっていくと誓います」
「見た目は冒険者ですが、皆オーヴェル殿の門下生達で騎士志望の者達ですからな。心強いものです」
「新生アルヴィレト騎士団といったところですか」
ロドニーが言うと、少女人形がうんうんと頷きながら応じる。
門下生達は少しだけ目を瞬かせた後、誇らしげな表情になったり嬉しそうな表情を浮かべたりしていた。クレアの言葉の響きを気に入ったのかも知れない。
「折角アルヴィレトの方々も集まっていますし、お互いの理解を深める意味でも、今までのことと、これからの話などをしてしまいましょう」
クレアが言うと一同頷く。そうしてお互いに名を名乗り、茶を淹れて今までのことやこれからのことについてを話していった。
クレアの生い立ちや感情が顔に出にくい事もだ。
「寧ろ、クレアちゃんの場合、人形に感情が出るわね」
ディアナが言うと、クレアの表情と肩の少女人形に注目が集まる。人形のような姫と年頃の少女のように活き活き動く人形。それを見てエルランド達はなるほど……というように頷いていた。
それから、帝国との経緯だ。
ヴェルガ監獄島でルーファスやパーサを救出し、帰還希望者を帝国に帰還させようと考えて動いている事、等々……。
今クレアの身の回りにいるのはクレアを中心として集まった人物達でもあるため、クレアの話をすれば他の人物の紹介になるというところもある。話の中でそれぞれの紹介も交えて伝えていく。
「……というわけで、皆さんと合流してオーヴェルさん達のお墓参りを、と考えていたところなのです。その……私が覚えている記憶で一番古いものは――私を大樹海の魔物から守って下さったオーヴェルさんの剣舞でした。私にとっても、あの方は間違いなく命の恩人で、大切な人なんです」
そう言ってクレアはオーヴェルの剣舞を真似るように素手のまま剣を振るう動作を見せた。
それは間違いなくアルヴィレトの剣技。そしてオーヴェルの剣閃を思わせるものだった。
「この動きを見る事ができたから、俺もクラリッサ殿下なのだと確信を持つことが出来た」
そうしてグライフを通じてクレアをアルヴィレトの者達と引き合わせることに繋がったのだ。
「そう……そうだったのですか」
エルランド達はクレアの動きに見入っていたが、グライフの言葉と合わせて納得したように頷いた。
「我らの師が導いて下さったと……。グライフも……よく気付いてくれた」
「尊敬する師の剣技ですから」
「そうだな……。確かに、クレア様の剣技は師の一閃そのままだった」
きっと、記憶の中にあるオーヴェルの剣技を何度も何度も模倣したのだろう。エルランド達にはそう確信できるほどものだった。
「グライフ様も……皆様と昔からのお知り合いなのですわね」
セレーナが言うと、門下生達も表情を緩める。
「グライフ殿への指導はオーヴェル殿がなさっておいででしたが……一緒に森で野営をしたりもしていましたね」
「エルランド殿にも森での狩りの知識など、色々な事を教えてもらいました」
「あれもオーヴェル殿から習った事ではありますな」
懐かしそうに穏やかな笑みを向け合うグライフとエルランドである。
ともあれ、そんなオーヴェル達の墓参りに行こうというのはパトリックやロドニー、門下生達にしても願ってもない。
パトリックとロドニーにとっては古くからの友人でもあるし、エルランド達にとっては言うまでもなく敬愛している師だ。
ただ――墓所があるのが大樹海の奥にあるロナの庵だと聞いて少し表情は引き攣ってはいたが。




