第209話 友人と共に
クレア達はウィリアムやイライザ、ルーファスやパーサを連れて領都を見て回りながらルーファスとパーサの衣服や日用品といった品々を買い求めに行った。
「お城の女官から教えていただいたお店で良さそうなところがあります。安くて品質がよいのだと」
イライザは日用品に関するものを取り扱う店にいくつか心当たりがあると言って領都の案内をしてくれた。案内と言ってもイライザは領都を出歩けるようになって日が浅く、身の回りの物は辺境伯家が支給しているという事もあって、実際には巡っていない店が多い。
そのため、どこの通りの何という名前の店なのかを伝え、その場所までクレアやグライフが見当をつけて移動するといった形だ。
活気のある領都を見るのは外出の機会が少なかった者達にとっては楽しいものらしく、あちこち見回しながら街を進んでいく。
「衣服でしたら、私がお世話になっている仕立て屋もありますよ」
「人形の衣服作りに協力してもらっているところ、だったかな」
「そうですそうです」
少女人形がこくこくと頷く。
「クレア様の考案した衣服の作風を参考にしたものを扱っていて、ロシュタッド王都でも話題になっていますわ」
「それは――是非見てみたいね」
「姫殿下のお考えになった衣服ですか。私めも拝見しとうございます」
そう言って笑みを見せるルーファスとパーサ。
「イライザもそこで何か仕立ててもらうのはどうかな」
「確かに……そういったものは後回しになっていたので一着ぐらいは。クレア様が携わっているドレスには、私も興味があります」
兄の言葉にイライザが控えめに頷く。妹のそんな反応に、ウィリアムは穏やかな表情で頷いた。ウィリアムとしてはイライザには平穏に過ごして欲しいという想いがあるのだろう。
そんな兄妹の様子にクレアもほんの少し微笑む。
二人にとってはこうした平穏や日常すら長らく与えられていなかったものだった。
互いの幸せを望みながら、お互いが枷となってエルンストの思惑に従うしかなかった。そういう意味では皇帝の血は引いていても、ヴェルガ監獄島にいた者達とウィリアム達は同じなのだ。
だから……今日の外出が二人にとっても楽しいものになれば良いと、そうクレアは思う。ともあれ、自分にとっても家族や友人達と過ごす大事な時間だと言えた。
「買い物が終わったら、孤児院にも行きませんか? 子供達に見せている人形繰りをお父さんにも見てもらえたら、嬉しいです」
「良いね。クレアの普段の過ごし方は聞かされた時から気になっていたから」
そうやって話をしながら街を行き、必要なものを買って回る。食器、寝具。歯ブラシ等々……身の回りの様々な必需品、日用品だ。監獄島でも当然自分用にそうしたものはあったが流石に内部資料とは違って持ち出すような暇はなかった。
人質達、看守達に関しては辺境伯家が手配しているのだが、ルーファスとパーサに関してはクレアの身内という事でこうやって一緒に買い物をして回っているというわけである。
「私のおすすめはこれですね。家や庵に置いてあるものと合う意匠なので」
「領都で買ったものなんだね」
「はい。けれど、お父さんやパーサさんの好みのものがあるのでしたらそっちの方が良いかなと」
「ふふ。でしたらルーク様が選んだものを来客用に買ってみるというのも良いかも知れませんね」
「ああ。それは良いですね」
クレアとルーファス、パーサがそんな話をしながら日用品を選んでいく。
ルーファスとそのまま名乗るのも流石に帝国に情報が伝わると問題がある。街中で偽装魔法を使っている間は偽名を使う事にしている。
人形からシェリル王女に意識を向けられたということもあり、車椅子自体にもそこにあって当たり前といったような、意識を向けられないための人払いの術を用いており、人々の意識には残らない。
ともあれお互いの好みの傾向等を知る事ができるということもあってクレア達は和気あいあいとした時間を過ごす。
衣類以外の必要なものを買ったら、普段世話になっている仕立て屋へと向かった。
「こんにちは」
「ああ。いらっしゃい」
顔を見せたクレア達に、仕立て屋の店主は笑顔で応じた。
「初めまして」
「お初にお目にかかります」
初めて仕立て屋に足を運んだ顔触れも店主に挨拶をする。
「これはご丁寧に」
「みんなもお店を見たいとのことですので一緒に足を運んでみました」
「あら。それは嬉しいわね。新しいお客様を増やしてくれるなんて」
店主は嬉しそうに破願する。
店に陳列されている商品は自由に見て良いという事で、クレアと店主の解説を受けながらも色々と衣服を見せてもらう。
身内という事で、クレアと協力している事も伝えているといった話も伝えると店主も頷き、クレアを師と思っていることや装飾等のアイデアを受け取ったりしている事も話す。
「別に一方的にというわけじゃないですよ。私の持ち込んだ案を改良してくれたり、逆に私が新しい案や発想を頂いたりすることもありますし」
少女人形がパタパタと手を振って店主の話に応じる。
最近はドレスの注文等も多いが、男物の衣服も取り扱っている。イライザやパーサだけでなくルーファス用の衣服も皆で見繕い、買い揃えていく。
「これはどうでしょうか」
「ルーク様にはこちらも良さそうです」
ルーファスやイライザの身体に合わせるように衣服を重ね、着ているところを想像するクレア達である。
「――ええと。似合い、ますか?」
「似合う。ただ、イライザの場合、普段は目立たないようにしている節があるからもう少し華やかな色合いのものにしても良い気もするが」
イライザが実際にドレスを試着してみて尋ねるとウィリアムは真剣な表情で思案しながら言う。
「そ、そうでしょうか」
「イライザさんは綺麗ですからね。夜会用のものですしウィリアムさんの言う事も頷けるかと」
気恥ずかしそうにしているイライザにクレアが言った。
「私やロナ様もクレア様に同じような事を言ったような覚えがありますわね」
「いやあ、それは……。他の人の服を選んで仕上がりを考えているのも楽しくてですね」
身体を小さくする少女人形にセレーナやイライザが笑みを見せた。
「では……もう少し華やかなものを選んでみたいと思います」
イライザは帝国ではとにかく目立たないようにしていた。諜報部隊を率いる兄の補佐であり、血族としては認められていない娘。そんな立場もあって他の親族に目を付けられないように振る舞っていたのだ。それでも悪意を向けられ、嘲笑や罵倒される事もあった。
兄が副官という立場につけたのは、帝国のため、諜報部隊に必要という理由付けをしてくれたからその程度で済んでいたのだと思う。
だから、そんな兄の役に立ちたいと努力してきたのだ。
今とて身分を隠している。それほど目立って良いというわけではないが、周囲の人達は兄や自分を敵視しない。悪意を向けたり、見下してきたりすることもない。
友人と呼べる人達なのだと思うと、イライザの胸にも温かなものが宿ったような気がして。それならそんな友人達の言葉に乗って見るのも悪くないと、クレアやセレーナと共に他のドレスも見ていくイライザである。
そしてそんな彼女達の様子にウィリアムやルーファスもまた、穏やかに表情を緩めるのであった。




