第207話 内通者達への聞き取り
「――目が覚めましたか?」
クレアが言った。
内通者を目覚めさせるにあたり、クレア達は潜入した時と同じ仮面をつけている。
4人いる内通者達を起こす時は基本的に1人ずつだ。内通者同士を同時に起こすと、察知されて口裏を合わせられたり、お互いの顔色を窺ったりして、本音を言えなくなる可能性がある。
「……ここは……」
男が上体を起こし、すぐに近くにいたクレア達に気付く。部屋の様相も気温や湿度といったものも、監獄島とはまるで違う。状況が理解できないというように男は周囲を見回す。
「まず……。ここは監獄島ではありません。あなた方を帝国から救出し、国外にあるこの場所まで連れてきました」
「帝国からの救出……?」
言葉の意味を飲み込んで男は理解が追い付いてきたのだろう。信じられないといったような表情をクレア達に向ける。人質達が監獄島で眠りに落とされる前の最後の記憶として、看守達が騒いでいたというものはあるのだ。だから、内通者である男にも、その心当たりはあった。
「はい。あなた方に限らず、監獄島に囚われていた者は全員です。」
クレアと共に偽装魔法で特徴を変えたイライザが言う。
「監獄島で人質になっていた者は全員というわけか……」
「そうです。私達としては、あなた方をいずれ仲間の方々のところに帰せるようにしたいと思っています。あなた方にもそれぞれ事情があると思いますから、居住地からの避難など、別の手順を踏む必要があるとも思っていますが」
「そのための相談には乗るつもりでいます。何か私達に伝えたい事情は――ああ。従属の輪の力は一時的に無効化していますから、この部屋なら何でも話せますよ」
イライザがそう言うと男は少し押し黙った後で、眉根を寄せて目を閉じ、それから首を横に振る。
「……いや。調べればすぐに分かる事だが、私の首輪は最初から偽物だ。仲間達の安全と引き換えに、私は帝国の犬となっていた。監獄島の人質達の様子を、看守達に売るように指示されていたんだ」
男は、従属の輪に関する事に話が及ぶと正直に言った。内通者に従属の輪を外せるという情報は与えられない。こうした形で何でも話せるようにと誘導した形だが、すぐに打ち明けてくれた。
ただ、男の言う通り調べれば偽物だと分かるから、それを以って信用できるとはすぐにはならない。
だから、もう少し質問する必要があるし、魔法契約に応じるかどうかの意志も確認しておく必要がある。その場で質問し、イライザが固有魔法によって内心を確かめたところで、人というものには心変わりというものがある。
家族や同族の仲間達の安全を他者より優先する。だからこそ内通者になったのだ。
かといってそれらを優先する事を責めるのは酷というもので、帝国もそういう手段を積極的に取ってくる相手だ。
将来に渡ってそういう可能性が出てくるというのは仕方のない事だ。だから、今現在の意志だけで完全に信用するというわけにはいかない。魔法契約を交わしてからでないと動けない。
「完全に帝国の支配下に置かれていて帰還することで危険が予想されるというのなら、このままここに残って裏で動く、という選択もあります。ヴェルガ監獄島にいた者達は看守も含めて全員確保していますから」
「帝国は監獄島で何があったか知る手段がなく、全員消息不明という大事にしたが故に帝国国内の状況をすぐに変えるという事ができません。彼らは監獄島の実態を外に知らせていませんし、事は支配地と国境の全域に及びますから」
クレアとイライザはそう言ってから男に視線を向けて言葉を続ける。
「あなたが、帝国に対して考えている事を聞かせてください」
「帝国の事は、嫌いだ。友人達の……仇だからな」
「これからの事について、希望することはありますか?」
「私の帰還は……難しいと思う。もしあなた方に協力することが仲間達や私が騙してきた人質の皆を助けることに繋がるというのなら、残って力を尽くしたいとは思っている。こんな私を、信じられる……というのならだが」
男はそう答えて目を伏せる。内通者である事を後ろ暗いとも思っていたのだろう。
「内通していた事を後悔しているのですか?」
「……ああ」
イライザの質問に、男は短く応じた。
それを受け、イライザはクレアを見て静かに頷く。それはつまり、男の言葉が嘘ではないという事なのだろう。
「わかりました。魔法契約が終わったら力を貸して下さい。私達からは、貴方についての話は監獄島の人達には伝えない事にします」
「打ち明けるか否かは、頃合いや状況を考えて決めるのが良いかと。そうする前に、相談等頂けると助かりますが」
行動で信用を得てから打ち明けるか。それともずっと心の中に秘めたままにして、それこそ墓場まで持って行くか。それを決めるのは彼自身で良いとクレアもイライザも思う。
帝国に、望んで協力していたわけではないのだろうから。ユリアン達も事情次第だが、もし脅されての事であるならそれで良いと言っていた。
「……それだけで……良いのか?」
男はクレアの言葉に顔を上げる。
「帝国とは違うやり方でないと意味がないと思うんです」
「そうか……。待ってくれて、感謝する」
クレアが言うと男は静かに頭を下げた。口ぶりからするといつか話すつもりでいる、という事なのだろう。
「もう3人、内通している方がいるようなのですが、その方達に関する情報はありますか?」
「……すまない。分からない。看守達からは何も聞かされていない」
男は首を横に振って、クレア達も頷いた。
他3人の内通者に関しても話の運び方は同じだ。目が覚めたら、まず状況を説明し、魔法契約と帰還についての話をして、希望を聞く。
「できるなら、帰りたい、と思ってるんだけど、それで大丈夫かい?」
「秘密を守ってもらえるなら問題ありません」
「ああ。勿論守るつもりだ。その為の魔法契約なんだろう?」
若い男がイライザの質問に応じる。
「ええ。あなたは……どこの出身ですか? ヴルガルク帝国?」
「いや。平原に住まう小さな民族の出だ」
「……なるほど」
そんな受け答えをしたのは、次の内通者だった。
従属の輪の事も明かさず、秘密を守るつもりというのも、小さな民族の出というのも嘘である。
イライザはそれを察知すると、小さな咳払いや組んで小首を傾げる、床を爪先で軽く叩くといった、ちょっとした仕草でクレアに伝える。
「実は、監獄島の内部資料も抑えていまして。その中に人質達に紛れ込ませた内通者に関する話も――」
クレアがそこまで言いかけた瞬間だった。嘘を吐き通すのが難しいと判断したのか若い男が急激な動きを見せた。
突然クレアに向かって掴みかかるように手を伸ばしたのだ。が――。
「ぐあっ!?」
一瞬後は背後から現れたグライフに取り押さえられ、腕をねじ上げられていた。隠蔽結界の中で最初から隠れていたのだ。
「発覚を恐れて人質にでも取ろうと思ったか。従属の輪が偽物であることも、こちらは最初から把握している」
「お、俺をどうするつもりだ……! こ、殺すのか!?」
「いいや。他の看守達と同様に扱うだけだ」
グライフがそう言ってクレアが魔法を用いて男の意識を落とす。
そうやって内通者一人一人を精査していった。
結論から言うなら内通者については、男女共に一人ずつが帝国の出身であり、人質達に中に紛れるという、最初からスパイ兼監視としての役回りであった。内通している者も含めて従属の輪が外れている者の監視を行うという立場だ。
最後に調べた一人は最初の者と同様だ。同族が人質扱いされているというもので、その女も帰還は希望せず、クレア達への協力を希望していた。




