第201話 帝国内の反抗組織
「永劫の都という言葉に、聞き覚えはありますか?」
「そのままの言葉は知らないな。ただ……かつて我らの祖先は肥沃で美しい都に住んでいた、という口伝もある。しかし栄華を極めたが故に禁忌に手を伸ばし、一夜にして滅んだ。一部の者が都を脱していたために新しく国を興すことができたと。それが……私達の祖とされている」
「一夜にして滅んだ国……。その都というのが永劫の都というのはありそうですが……」
少女人形が腕組みし、首を傾げながら言う。
「確かにね。禁忌というのが何なのかまでは分からないが、クレアの見つけた古文書とは符合するところが多いように思う。しかし、古文書では永劫の都に触れるなとしているのなら……扉を開くというのがそこに至るという事であるとするならば……」
ルーファスも口伝と遺跡にあった古文書の警告を結び付けているのか、顎に手をやって思案を巡らせる。
「扉が永劫の都に繋がるものだとするなら、触れるべきではないのかも知れません」
「……或いは、都で何かを成す必要がある……ということなのかもね。その時の選択で希望か破滅か。揺蕩う運命が変わるというのなら、扉を開く者の意志が重要だというのなら理解できる。何せ、古文書を書いた者は、永劫の都に何か問題が残されているから触れるな、としているのだろう?」
「なるほど……」
「いずれにせよまだ断定はできないね。口伝は王家の者に語り継ぐもの故にまずクレアに話をしたけれど、君が信頼するに足ると判断したのなら、伝えて構わない」
「わかりました」
少なくともロナやセレーナ、グライフには話をしておきたいとクレアは思う。ディアナは元々知っているとのことではあるが。
アルヴィレトの王族として覚えるべきこというのは口伝以外にも色々あるが、それは国にいる時の話だ。
一先ず帝国の行動に関係のありそうな情報を伝え、後は皆を交えて話をしようということで消音結界を解除し、隣の部屋に移動している者達に声を掛ける。
「話は終わったのかい?」
「はい。秘密の口伝ということで。古文書や帝国の動きにも関係ありそうですし、後でお話しますね」
「ああ」
ロナが頷く。
「助けた人達と、捕虜の扱いについては、色々考える必要があるね」
「父上も秘密を守る事や情報を引き出すことを考えて捕虜も想定していたわ。色々便宜を図ってくれると思う」
「その点、監獄島を帝国が公式に認めないというのは私達にとっては追い風ですわね」
ニコラスとルシアの言葉にセレーナも思案を巡らせながら言った。彼らの扱いについては領地内に抱える事になる辺境伯を交えてでないと決められないというのもある。
「あの……あたしからも、ちょっと良いかな」
アストリッドが若干遠慮がちに申し出てくる。
「何でしょうか?」
「クレアちゃんは……髪と目の色を魔法で変えているんだよね? それで塔で、魔法を解いた時と、さっきの話で、思った事があるんだ」
「思った事、ですか?」
もっと良い偽装の方法があるとか? と、そんなことをクレアが予想していると、アストリッドが口にしたのは、予想外の言葉だった。
「その、もしかしたらの話だよ? 全然違うのかも知れないけれど……クレアちゃんに似た人族の女の人を……見たことがある、かも」
アストリッドの言葉に、クレア達は顔を見合わせ――それから驚きの声を上げた。
アストリッド達――巨人族が戦っているのは帝国よりも更に北方の山岳地帯だ。元々暮らしていた王都はもっと豊かな南部ではあったのだが、帝国の侵攻により苦戦を強いられ、避難と移住を余儀なくされた。
巨人族にとって相性の悪い者を将として攻めてきたために侵攻に耐える事ができなかったのだ。
しかし撤退中に問題が起こった。帝国の策に嵌り、王族であるアストリッド達を含めて包囲されて一網打尽にされかけたその時に、助けが入ったのだ。
「女の魔術師だった。とても綺麗な人で……その人がクレアに似ていたの。年頃も、多分クレアのお母さんだっていうなら、そうなんだと思う」
「それは……」
「抵抗組織の頭目だって言ってた。帝国に迫害された人達を助けて、その中から仲間を集めているんだって」
「抵抗組織の頭目……シルヴィアなら、そういう立場に収まってもおかしくはないわね……」
アストリッドの言葉に、ディアナが腕組みをしながら言うと、ルーファスも苦笑しながら頷く。
「確かにね。シルヴィならばそういう組織を立ち上げてもおかしくはないか。王妃になってからは範となるよう行動していたが、それ以外のところでは案外自由な人だったからね」
「しかし、納得はしました。アストリッド嬢の推測が当たっているのだとするなら、南部を捜索しても見つからないのも道理です」
グライフが静かに言った。
「では、その人も今は巨人族の方々と一緒に?」
クレアが尋ねると、アストリッドは首を横に振った。
「ううん。今は……協力関係かな。時々あたし達のところにも反抗組織の人がやってきて支援や情報を交換し合ったりしてるけれど、あたし達はほら……。どうしても目立つから。秘密裡に活動しているっていう人達とは少し合わないから」
ともあれそうした魔法面での支援を受けているから環境の厳しい北方の山岳地帯で作物を育てられるし、結界や幻惑の護符を利用できるのだとか。山岳地帯で戦えるのはその辺が理由として大きいのだという。
「寒さ自体はあたし達の場合は味方だから問題はないんだけどね」
アストリッドが氷を操っていたのもその辺りが理由だという。寒冷であることは巨人族に利するものであるため、そこを攻めなければならない帝国には難しい戦いになっているのだろう。
山岳地帯自体手に入れる旨味は少ないが、それでも巨人族を攻めてくるのは、敵対している勢力の力を削ぐという意味もあるだろうし、何より戦奴にした時に強力だからだ。討伐や掃討ではなく生きたままの捕獲を優先しているのがその証拠だろう。
アストリッドと同様に捕らえられた者達もいて、王族ではないものは恐らく戦奴とされてしまうのだろう。ただ、同族との戦いに投入されているわけではないようだが。
「辺境伯に相談する必要もあるだろうが、方針としては決まったか」
ウィリアムの言葉にクレアが頷く。あくまでそうかも知れない、という情報に過ぎないし、今の所在も分からないのだ。監獄島の一件の後始末もある。焦らず動いていく必要があるだろう。
「人質の返還や占領地の人々の従属の輪からの解放には元々協力するつもりですからね。ウィリアムさんの力を借りて帝国内の色々なところに向かうわけですから、その時に反抗組織の情報収集も……という方向でしょうか」
各地の小国、部族、種族の土地を巡って輪から解放して回れば、いずれ反抗組織の耳にも入るだろう。そうすればいずれ接触もできる。頭目とされる人物が本当にシルヴィアであるならば、仮に組織が帝国に敗れて捕らえられたとしても、シルヴィアが命を取られる可能性は低いと言えるだろう。血筋としても人質としても、帝国にとっては重要だ。ルーファスが失踪してしまったから尚更である。
「多分そうなった場合、僕か姉上のどっちかは同行することになると思う。帝国各地の内情なんて貴重なものだから」
「そうね。辺境伯家も帝国に諜報員を送り込んではいるけれど、大樹海があるから情報伝達はどうしても少し遅くなるわ。現地を見て話を聞けるなんて、最高だわ」
辺境伯家としては王国に面する大樹海近辺の都市の戦力配備について重点的に情報を集めさせているから、それ以外の場所の情報というのは貴重なのだ。
辺境伯に報告し、今後についての話が纏まる頃には転位以外の手段で移動させた、と言える程度の時間も過ぎる。そうしたら人質や捕虜達の目も覚まさせ、順次従属の輪を外したり魔法契約をしたりといった事を進めていけるだろう。




