第189話 アストリッドの話
「老魔将……。どんな人物なんですか?」
「俺達が知っているのは伝聞で、実際に戦っているところを見たことがあるわけではないが――名の通り老将で、斧槍と魔法の使い手。そして、魔術師殺しという異名を持つ。人となりについては知らない」
クレアの質問に、ウィリアムが答える。
「魔術師殺し……」
「将でありながら当人も相当な武芸を持つと名高いですが、どのような戦い方をするは不明です。情報が少なく、帝国貴族の出身である事も踏まえると……固有魔法を持っていると考えておいた方が良いでしょう」
「情報が少ないのは秘匿されているから……と?」
セレーナの表情が緊迫感のあるものになる。他の者達も固有魔法を持つと聞いて同様の反応を見せている。
「はい。恐らくは」
「前線からは退いた、という話は聞いていたが、監獄島に配置されているとはな」
「戦闘になった場合、俺が前に出よう。ネストールが魔法も使うとなると、支援も欲しいところだが」
グライフがそう申し出る。
「勿論です。かなりの難敵のようですし、その場合は出し惜しみしません」
「固有魔法の発動は見落としませんわ」
「頼りにしている」
少女人形とセレーナが気合の入った様子で応じ、グライフはその反応に笑みを見せた。
ネストールについては情報が少ないが、最大限警戒すべき相手であるというのは間違いない。隠密行動にせよ、奇襲や戦闘を行うにせよ、楽観視できるような相手ではないだろう。
「一先ず――食事が終わったらアストリッドさんに接触を取りましょう。お話を聞いてみたいというのも有りますし」
「そうだな。ネストールはともかく、他の看守達は名前も分からない。アストリッド嬢ならば参考になる話も聞けそうだ」
食事も終わり、看守達が再びやってきて大皿を片付ける。アストリッドは看守達の提案には頷かない。
「あなた達だって、仲間を売れだなんて頷かないでしょう?」
アストリッドはそう言って軽蔑するような視線を向けるが、看守達は笑う。
「時間はいくらでもある。ゆっくりと心変わりを待たせてもらおう」
そうして看守達は上階へと戻っていった。
監視の目を残さないのはただ一人で孤独で空虚な時間を過ごさせるためだろう。地下牢からは上階を経由せず脱出する経路がなく、脱獄を試みれば従属の輪が発動する。
そうやっておいて情報を吐いた時のメリットだけは提示する。拷問や尋問をしているわけではないが、緩慢に心を折ろうとしているということに変わりはない。
仮に情報を提供しなかったまま戦いが集結したとしても、今度は捕らえたアストリッドの仲間達の扱いで心を折ろうとするのだろう。
「……接触を図りましょう」
クレアはそう言って、階段に警戒網を構築。消音結界を展開する。
接触に異論を唱える者はいない。アストリッドの現状や帝国のやり口を見てしまった以上、救出は確実にしたいところではある。この状態で残されていくのは忍びない話だった。
クレアは警戒網等を展開してからしばらく待ち、上階からの反応がない事を確認すると妖精人形を糸繭の外に繰り出す。
仄かな光を放ちつつ、向かいの牢から踊るように飛行させるとアストリッドもそれに気が付いたらしい。
「……妖、精……?」
不思議そうな表情をしているアストリッドに手を振ってから、妖精を向かいの牢に送る。
「はじめまして。監獄島に人質になっている人達を、仲間達と救出に来たの。フェリシアだよ」
「は、初めまして、フェリシア」
アストリッドは戸惑いつつも、それだけ答えた。少しだけ首元に手をやって……従属の輪を気にしている素振りがある。
「まず……今から言う事に言葉で答えたり、動きで頷いたりとか、反応したりする必要はないからね。その従属の輪は外せるよ」
妖精がそう言うと、アストリッドは目を見開く。
「アストリッドちゃんの従属の輪は大きいから……偽物をすぐ用意できるけど、ちょっとだけ弱点がある、かも。でも救出作戦も今夜実行に移すつもりだから、それまで誤魔化せれば大丈夫」
従属の輪を解除する時点で核になる部分が割れてしまう。だから代用品の贋作を誤魔化している。
アストリッド用の贋作は、本物の核以外の部分を流用すれば、どうにかなるだろう。
偽物の核はどうするか。普通サイズのものを内部に埋め込みつつ外殻を構築して誤魔化せば魔力反応は問題ない。贋作の外殻を糸で構築することで、見た目も分からなくできる。
あくまで救出作戦実行までの間に合わせだ。クレアの糸が接続し続けるのが弱点と言えば弱点ではあるが、監獄島から立ち去らない限りは問題がないだろう。
だから、アストリッドの救出は前提条件となるだろう。
「従属の輪が外れる事を望むのなら、そのまま静かに外れて欲しいって祈っていて。外して欲しくない。信じられないって言うなら、首を横に振って」
アストリッドはじっと妖精の顔を見ながら、静かにしていた。外して欲しいと肯定していると受け取り、クレアは人形を介して従属の輪を外しにかかる。
小さな音を立てて核が砕けて従属の輪が外れる。驚くアストリッドの前で妖精人形が少しふらついて落ちそうになる。
アストリッドは慌てた様子で、その下に両手を差し出して受け止めようとする。
「ん……。大丈夫。偽物を作っちゃうね」
妖精は空中で持ち直してそう言った。アストリッドが頷いて首に従属の輪の残骸をかけると、クレアは早速贋作を構築していく。その作業も滞りなく終わったところで、アストリッドが口を開く。
「これで――もう大丈夫?」
「うん。もう何でも言えるはずだよ」
「あり、がとう。ずっとこのままなのかなって思ってたから」
少し涙ぐんで感謝の言葉を口にするアストリッドではあるが、少し間を置いて「うん。もう大丈夫」と微笑んで見せた。
「良かった」
妖精がその返答に頷いてから応じる。それから、アストリッドが何か知らないかと質問を投げかけた。
「いくつか、聞きたいことがあるの」
「あたしに答えられることなら。仲間の秘密とかじゃなければ答えるよ」
アストリッドの返答に、妖精が一旦胸のあたりに手をやって止まる。
操っている、というよりもクレアの心情が現れた形だ。その質問を投げかけるのに少し覚悟が必要だった。
アストリッドが何かを知っているという確信があるわけではない。ただ、塔に入って協力的な相手から情報を得られる機会は、恐らくこれが最後だろう。だから、これで情報が得られなければ資料室を探るか、看守達から情報を引き出すか。
もし監獄島にいないなら。それでもルーファス救出を望むのなら。
罠と知りつつ帝国が告知してきた刑の執行の場面に飛び込む事も視野に入れなければならないのだろう。
数瞬の間を置いて、妖精が切り出す。
「ルーファスという名前に、心当たりはない?」
「ルーファス……」
アストリッドは問われた名を反芻し、それから顔を上げる。
「確か……あたしがここに来た時にその人の名前が出てた、と思う」
アストリッドが言う。
「そ、そうなの?」
「うん。塔の上階にいる……みたい。あたしがこっちに収監されているのが本当は普通じゃなくて、一般棟で対応できないから仕方なくなんだって。あの人達が塔を守っているのも、多分その人を監視するのが目的みたいだし」
看守達がアストリッドを収監するにあたり、塔内の配置換えについて相談していたらしい。元々アストリッドのいる地下牢は違う用途で使われていたという話で、配置換えの影響で上階にいるルーファスの収監に対して影響が出ないかと、そんな話をしていたという。
つまりは。
ネストール程の人材が率いる精鋭部隊が今も尚塔を守っているというのは、ルーファスが未だに塔に収監されている、という事を意味していた。




