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第188話 巨人と看守

 長い髪の毛だ。赤毛をあちこちで小さな三つ編みにしているのが見受けられる。

 サイズが普通の人間の2倍程ではあるが、それだけ除けば15、6歳ぐらいの見た目の少女……だろう。まだ少しあどけなさの残る寝顔だった。


 赤毛の巨人が看守か人質かで言うなら、人質側だろうか。従属の輪が付けられている。

 他の人質達が付けられているものと同じサイズでは着用できないからか、もっと大型のものを首に付けているようだ。


 ただ、それをして確実に看守側ではないとは言えない。戦奴にも従属の輪をつけて兵として使うのが帝国のやり方だからだ。


 種族が違うだけで人質だったという場合でも、気軽に接触していいのか、というとそれは違う。帝国と看守達をどう思っているのかを見極めなければ迂闊に声を掛けられない。


「あの方は――」

「……帝国の北方に巨人族が住んでいる土地がある、とは聞いたことがある」


 クレア達が目の前の光景に少し戸惑っていると、考えを巡らせていた様子のウィリアムが口を開く。


「見た目通り巨躯と驚異的な膂力を持っている種族、と伝えられています。国外に住んでいる方々ではありますが、私達の部隊は担当が南のロシュタッド王国でしたので……」


 イライザもそれに続いた。


「詳しい情勢は聞かされていない。帝国が攻めている区域、というところまでは知っているが、それも俺達が帝国にいた頃の情報だというのは念頭に置いて欲しい」

「仮にユリアンからの情報にあった人物だとするなら……監獄島に来てからそれほど日は長くなさそうだな」


 グライフが言う。ユリアンからの情報によると、一般棟の設備が合わないから塔に収監する者がいると看守達が話をしていた。その話にあった人物こそがこの巨人なのではないかと推測したわけだ。


「ユリアンの話やウィリアム達の情報とも条件としては合うわね……」

「推測ではあるけど、そうだとしたら侵略を受けて最近になって連れられてきたってことかな……?」

「他の人質達を踏まえるとまだ帝国に逆らう気概もありそうですわね」


 ルシア、ニコラスとセレーナが巨人を見ながら思案を巡らせる。実際、それらの推測は当たっている。北方で要害に籠り、抵抗を続けているのが巨人族だ。


「推測が合っているなら救出を目指したいところですが……協力や情報提供を求めるかは少し様子を見てから決めましょう。看守達も食事等を運んでくるでしょうし、向かい側の倉庫の中に姿を隠しつつ少し様子を見るということで」

「異論はない」

「同じく」


 反対意見も出なかったことから、向かいの牢――倉庫代わりに使われているスペースへとクレア達は移動する。奥の方にはあまり頻繁には使われないと思われる物資が置かれており、その間に隠れるように糸繭を収める。

 糸繭といっても外側の質感、形状を変えており、周囲に紛れるような木箱の見た目に変じることで場に相応しい形となるように偽装している。


「誰かがこの辺に積んである物資に用があって近付いてきた場合、物陰に隠れつつ別の物資の間に移動してまた偽装の形を変える、ということで」

「本当に便利だな……」


 グライフがしみじみと言うと、他の面々も苦笑しつつも頷いた。


 ともあれ、ある程度身を隠しやすく落ち着ける場所も見つけた。巨人と看守の接触を待ちながらも、クレア達は一時の時間を休息に充てるのであった。




 朝が来る。塔の中は窓がないために時間経過が分かりにくいが、クレアは王都にある時計台の魔法をコピーしているために魔法で経過時刻を知る事ができる。

 巨人は朝が来ると目を覚まして身だしなみを整えていた。最も、牢の中でできる最低限ではあるが。鉄格子越しに全て見えてしまうのでプライバシー等は無いに等しいが、そういった場面や音は糸繭の中に届かないように気を遣っている。


 身だしなみを終えた巨人は牢の壁に背を預けて膝を抱えるように座る。物憂げな様子だった。


 そこに――上階から3人の看守が降りてくる。黒い制服を着た女が1人、続く男が2人。

 クレア達は少し緊張感を持ってそれを見る。クレア達の動きを察してやってきた、というような様子ではないが。


「帝国騎士だな……あれは」

「ヴルガルク帝国本国の人間であることが前提の騎士団です」


 ウィリアムがその制服を見て言うと、イライザも説明をする。


「正規軍の人間か」

「監獄島のような施設を任せるのなら、そうなるんでしょうね」


 グライフが眉根を寄せると、ルシアも表情を険しくしながら答える。

 属国出身の者には任せられない。一般棟の看守達も帝国出身のようではあるが、帝国騎士のような精鋭というわけではないのだろう。


「化け物――は、起きているようだな」


 先頭の女が牢の巨人を見て言う。


「……化け物はやめて欲しいかな。あたしにはアストリッドという名前があるのに」

「餌の準備をしろ」


 女は意に介した様子もなく、巨人の少女――アストリッドの抗議の言葉を無視して後ろにいる男達に顎で指示をする。


「はっ」


 後方の男達はクレア達の隠れている牢の方へ入ってくる。木箱の中から大皿へ、干し肉、干し魚等の保存食の類を移し、飲み水の入った樽とコップを用意すると向かいのアストリッドの牢へとそれらを手際よく運び込む。


 男達はクレア達が隠れている奥の方へは来なかった。普段は使わないから利便性の低い奥の方に置かれている品々の中に潜んでいるが、必要であればクレア達は鉄格子の隙間からでも外に移動できる。牢の奥側からでも逃走経路は常に確保できるというわけだ。


 牢に食事を運び込まれたアストリッドにはあまり食欲がない様子だった。座ったまま俯き、動こうとしない。女看守はそれを見ながら言う。


「さて、化け物。貴様の仲間達が潜んでいる場所についての情報を提供すれば、捕らえられた仲間達の扱いも多少はマシなものになる。貴様については暴れ出したら面倒だから一般棟の囚人のように首輪は外せないが、ネストール獄長は協力的であれば退屈な地下牢から出して他の囚人共と作業をさせることも吝かではないと仰せだ。食事も温かいものを提供してやってもいい」


 アストリッドは答えない。少し何か言いたげに従属の輪に少し触れた程度だ。


「首輪の力で命令すればいい、とでも言いたげだな? くく……。選ぶのは貴様だ。自分の意志で仲間を売りたくなったら何時でも申し出るがいい。とはいえ、我らからすれば貴様がここに収監されているだけでも価値があるのだから現状維持でも一向に構わんがな?」


 女看守は片目だけ大きく見開き、歪んだ笑みを見せる。それから牢に鍵をかけ、踵を返すと上階へと戻っていった。


 自分の意志で選ばせる。これも服従させるための手腕なのだろう。

 アストリッドは俯いていたが「みんな……」と小さく呟く。

 救出を待っているのか。それとも抵抗を続けている仲間達のことを信じているのか。暫く俯いていたが、他にすべきこともないからか、やがて暗い表情のままで置かれていた保存食に手をつける。


「アストリッド様は……味方、ですわね」

「そうですね……。早い段階で接触を図りましょう」


 気の毒そうにしながらもセレーナが言うとクレアも応じる。


「それについては同意するが……その前に話しておくことがある。獄長の名についてだ」

「老魔将ネストール=ザルヴァーク。帝国でも名の知られた男です。同一人物かも知れません」


 ウィリアムとイライザが、少し緊迫した面持ちで口にする。難敵であると予想される相手だと、二人の様子だけでも伝わってくるものであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帝国のやり口がいやらしいねえ こういうやり方を常日頃からやってるんやろなあ
[一言] 清々しいまでのクズ国家 もう滅ぼされちゃいなYO!!!!
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