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第187話 塔の地下にて眠るもの

 塔の入り口は見通しのいい通路の先に太い鉄格子で区切られている。つまりは塔の外側からであれ内側からであれ、異常があれば察知できる、ということだ。

 鉄格子の前に二人一組で門番が常駐。門番は一般の看守ではあるが、1日3交代制で門が開かれるのは人員が出入りする時だけで、食事が運ばれてきた時ですら端にある小さな扉から食事を運び込むだけだ。


 看守達の巡回ルートにもなっており、一定の時間ごとに異常がないか確認しに来る。

 塔全体に強固な結界が展開されており、鍵がかけられている間は入り口部分――鉄格子にも結界が展開されている。


 無理に突破すれば察知されてしまう。ウィリアムの固有魔法もだ。偽装、隠蔽を展開しながらでは使えないためリスクが大きいし、高度な結界はそもそも固有魔法による強行突破を防ぐ。


 だから――帝国の人間に対してはその魔力反応の出現の仕方からウィリアムの生存が発覚する恐れがある。

 では、見通しのいい通路をどう突破するのかという話になるが――。


「やはり小人化と隠蔽で目を誤魔化し、結界を通り抜ける、という作戦がいいでしょうね」


 というのがクレア達の結論だった。

 と言っても流石に正面堂々と、とはいかない。逃げ場、隠れ場、遮蔽物の無い通路でもある為、その目を掻い潜って背後の扉を開くためにどうするのかという話になってくるのだ。




 夜――塔を守る通路は静かなものだった。定期船が来た日ではあるが、平常通りだ。門番達は二人一組であるが、持ち場を離れずにしっかりと通路を監視さえしていれば多少の会話ぐらいは許されている。静かにしていて揃って眠りこけたりしては本末転倒であるからだ。もっとも、揃って眠るような気の緩みを見せていたら獄長が許さないだろうが。


 ともあれ、監獄島ではいつも通りの静かな夜更けだ。その中で、ふと、門番の一人が声を漏らす。


「……おや?」

「どうした?」

「いや、あれを」


 通路の先――曲がり角のところを片割れが指差す。白い猫が顔を覗かせていた。廊下の各所に灯された魔法の明かりに照らされて、目が光っている。


「何だ……? こっちまで迷い込んでくるのか?」

「ここまで来たのを見るのは初めてだが、食糧庫や食堂以外の棟に入り込んでることはあるな。見張りもそこまで猫共についちゃ厳密に見ていない」

「監獄の外に出てることもあるとは聞いたな。どっちにせよ結界の向こうには行けないから塔までは入り込めないだろうが」


 そんな会話をする二人に、猫も視線を二人に向ける。ぴたりと足を止めて曲がり角の向こうに戻り、曲がり角から身体を半分だけ覗かせて門番達を見やる。


「あれで隠れてるつもりかね」

「くっく」


 門番達は少し笑う。そうやって笑う門番達の視線は――猫に向けられていた。曲がり角の下方だ。だが――門番達が任務を果たすとするなら、真に見るべきは通路の天井の暗がりであっただろう。


 天井に薄く広がった糸繭があった。天井の材質と同化するように表面の色、質感、光の反射率を変えながら糸繭が進んでいく。視線誘導の技術と、隠蔽結界。偽装により見張り達の目を誤魔化すというわけだ。


 勿論、廊下の曲がり角から見え隠れしている猫は人形を糸で操っているだけだ。巡回が来るまでは時間がある。侵入が完了した段階で人形は再び小さくして糸で引き戻せばいい。


 猫が伸びをしたり欠伸をして見せたりしている内に、糸繭は門番達の頭上から背後――死角になる空間へと入り込む。


 鉄格子に外側からの鍵穴はない。内側からのみ鍵で開く事の出来る構造だ。但し――食事やちょっとした物品をやり取りするための小窓は違う。鍵もなく、開くことが可能であり――つまりそれは結界の穴だ。

 鉄格子と同じ色、質感に同化しながら、音もなく糸が縦に伸びる。


 小窓から糸が糸はそのまま塔の内側に侵入。鉄格子に沿って進んでいき、今度は消音結界を用いつつ、内側から鍵を開いた。


 この時点で鉄格子部分の結界は解除されている。それを確認するとクレアは天井の隅に程近い、鉄格子の隙間から糸繭とその中にいる仲間達を通していく。塔の内側へと入り込むと、やはり天井の隅に移動して一旦その場に留まる。


 その時点で猫は通路の角から引っ込んだ。誰の視線もない事を確認し、小人化の呪いで小さくすると、糸で引き寄せて人形を回収。そこでようやく鉄格子に鍵をかけ直した。


「……上手くいきました、かね?」


 天井の隅に息を潜めたまま、呟くように言った。

 クレア達としては予想できない備えがあれば侵入された時点で気付かれることも想定はしていたが。


「もう少しだけここで様子を見るか。動きがあるかないかも分かるだろう」

「鍵を開ければ、まだ撤退も選択できるもんね。鍵がかかってるなら鉄格子が結界の境界部分になるだけど、どうせ発覚してるって状態なら僕の固有魔法でも離れた位置から操作して良いだろうし」

「それなら遠隔で看守を閉じ込めて手間取らせる事も出来るわねえ」


 グライフの言葉にニコラスが言うと、ルシアがにやりと笑う。

 そのまま少しの間待つが……動きはない。門番達が少し話をしている程度で静かなものだ。その様子に少女人形が安心したように息をつく仕草を見せた。


「……どうやら、発覚はしていないようですね。では、調査していきましょう」


 塔内部に先行して調査を進めていなかったのは、想定外の探知方法を持っている事を危惧したからだ。


 重要そうな施設である事は分かっていたが、それだけに警備も厚く、看守、人質の内訳、体制、監獄内のルール、ルーティン等、様々な情報を得てからでないと動きにくかったという事もある。


 定期船が来るまで待っていた事で分かったこともある。大きな木箱――食料品の詰められたもの――がいくつか運び込まれたりもしていたのだ。日々運ばれてくる食事とは別だ。

 人員とは別に何か、食料品の貯蓄が必要なのかも知れない。


 広い通路だった。鉄格子のある通路から見通しの良い通路がまだ先に延びていたが、少し先に進むと大きな円形のホールに出た。


 中央に円卓。四方に扉。人の反応が感知魔法にあるが――構造的に中にいるのは看守の方だろう。塔の入口から直通している場所に人質を収監するとは思えないからだ。

 もう少し構造を調べ、身を隠しておける塔内部での拠点を見繕うまではホール周辺の部屋の中に触れない方が良いだろう。


 ホールの向こう側にも広々とした出口があり、塔外周に沿うような形で上階、下階に向かう螺旋階段が左右に続いているのが見えた。階段自体も広々としていて見晴らしがよく、潜めるような場所がない、ように見える。


「上階から――強い魔力反応がありますが……何やらぼやけていて、よくわかりませんね」


 探知魔法はあまり強いものを出さない方が良いというのはあるが……そのぼやけている、という事自体が重要な情報ではあるだろう。


「阻害するような何かがあるのかしらね」

「恐らくは。感じたことのないもので、知らないものではありますが……何と言うか得体が知れません」

「私の固有魔法では視界が通らないと調べられませんわね……」

「下階も不思議な魔力反応がありますね……」


 イライザが呟くと、クレアも頷く。


「確かに。上のようにぼやけているという感じはしませんが、こちらも知らない反応です」

「どちらの方から調べるべきかとなると、下の方か。反応の位置が分かりやすい」


 ウィリアムが顎に手をやって思案を巡らせながら言う。

 得体の知れないぼやけた魔力反応と不思議な印象の魔力反応。いずれも正体不明ではあるのだが、印象としては下階の方が分かりやすいし不穏さが少ないと言える。


「では――下階から行きますか」

「ん」


 エルムがこくんと首を縦に振り、スピカも一声上げて賛成、というような反応を示す。

 そうやってクレア達が天井を滑りながら下階に移動していく。広々とした螺旋階段だ。恐らく塔の一階から下へ一階……二階。監獄島の地底部分にまで降りているだろう。


 突き当たりと曲がり角が見える。慎重に進んで糸を伸ばして曲がり角の先を確認する。

 真っ直ぐに伸びた広い通路。その左右に広がるのは鉄格子。大きな牢だ。それこそ、大人数を纏めて収容できるような。だが、階下から感知していた魔力反応はたった一つである。


 向かって左側には運び込まれていた木箱や樽等が置かれていた。倉庫として使われているようだ。

 では、魔力反応のある右側の牢には――?


 そこに何かがいた。重ねられた毛布に包まって横たわる何かが背を向ける形で横たわっている。

 長い赤毛を持つ、何か。


「巨、人……?」


 そう。それは巨躯の人間だ。大柄だとかそういう事ではなく。種族そのものが違うのだと、クレア達の理解が追い付く。

 身長にして、3メートル弱はあるだろうか。巨人が牢に囚われて眠っているようであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔獣とか普通の囚人と一緒にはできない特別な囚人でもいるかと思ったら巨人とはなあ 敵か味方かどっちだろ
[一言] 虜囚? 看守側精鋭???
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