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第183話 妖精来訪

 やがて人質達が作業を終えて夕食を済ませ、帝国の魔法使いによる洗浄を終えてから部屋に戻る。洗浄については風呂の代わりだ。一列になって順番に魔法によって身体や衣服を浄化してそれで終わりというシンプルなものである。


『そう言えば、食後から消灯まで、読書が許されてるって聞いた』

『まだ行った事がないみたいだね。まあ……写本の完成品のような本が沢山置かれた書庫だよ』

『……なら、遠慮しておく』

『そうだね。俺は暇な時は独房の中で身体を鍛えたりしている。腕を床について曲げ伸ばししたり、立ったりしゃがんだりを繰り返したりね。大事なのは本当に一人(・・・・・・)で暇な時だね』

『僕もそうするか……。外の様子には気を払うよ』

『それで良い』


 洗浄のために並んだ列の中でユリアンとベルザリオはそんな話をしていた。

 監獄島で人質達に解放されている書庫には、帝国側が許したものしか存在していないということだ。今日の写本のような歴史書ばかりという事はないだろうが、彼らに都合のいい本しか置かれていない書庫なのだろう。


 人質達がそれぞれ独房に戻り、看守達も独房に戻ったことを扉の小窓から確認。通常の巡回に戻る。クレア達もそれを見て取ると、看守達の動きには注意を払いつつも共同スペースにて話し合いを行う事にした。

 ユリアンについてはその動向を追っているが……当人は看守達が離れて行く気配を探っていて、遠ざかったのを確認してからベルザリオに言っていたように片手での腕立て伏せ等を始めていた。


「さて……。どう思いますか?」

「……ユリアンの方は協力者として良さそうに思う。彼がベルザリオに警告していたような裏事情がないならの話だが、仮にそうであるなら看守達の動向を窺って鍛えるなど、する必要がない」

「確かに。内通者であるならベルザリオの反応については早めに看守達に報告をするでしょう」

「そのベルザリオについては期待の持てる少年ではあるが……まだ監獄に来て日が浅いという事や経験の差を考えると、協力してもらった場合、上手く立ち回れず危険に曝してしまう可能性がある」


 クレアが質問を投げかけると、グライフとイライザ、ウィリアムが答える。グライフは王国国内で本当の身分を隠して調査をしていたし、ウィリアム達は諜報部隊を率いていた。それらの経験は協力者の選定に置いても参考にできる意見だろう。


 ユリアンを協力者候補として引き込むか否かについては、実行に移すまでに思い留まるような情報が出てこない限りは賛成ということで皆の意見も一致する。


「その、ユリアン様の仰っていた事についてなのですが。人質の中に数人、従属の輪が少し異なる魔力反応をしている者がいるようですわ」

「なるほど……。その人達が内通者の可能性はありますね。独房の位置は分かりますか?」

「はい。ユリアン様の部屋から数えて向かって右から3番目と14番目の部屋ですわ。女性棟の方は――左から6番目、12番目の部屋です。入った部屋は覚えるようにしていますが、顔は記憶しています。従属の輪を見れば間違いなく」


 セレーナからは明確な回答があった。


「わかりました。寝静まった頃に、糸で確認してみます」


 クレアも相手方から察知されないように高度な探知魔法は放っていないということもあり、個別に調べてみないと分からないところはあった。

 内通者だとするならば身に付けている従属の輪は偽装物で、魔力反応からも分かりにくくしているのだろう。クレアが白狼に渡した偽物の輪については別の機能を持たせたものではあるが。




 やがて夜も更けていく。動きが落ち着いている間にクレアが仮眠をとり、交代で重要と思われる個所を見張る。

 クレアも交代での仮眠だ。眠りながらでも必要な術を維持できるし、看破系の魔法に反応ができるようにロナに訓練されている。そうやって静かに時間は過ぎて行き――夜もすっかり深くなってからクレア達が仮眠についていた組と共に目を覚ましてくる。


「おはようございます」

「ああ。おはよう」

「というには、まだ深夜ではありますが」


 クレアの挨拶に応じるグライフと、苦笑するセレーナである。今はルシアやニコラス、イライザが看守達の動きを監視していた様子だ。


「変わった動きはありませんか?」

「今のところは昨晩と大きな違いはないわね。看守達の動きも落ち着いていて、昨晩と交代する頃合いは同じだったわ」

「巡回する経路も決まっているみたいだ」


 そう応じるルシア達である。

 少女人形が頷き、早速調査の続きという事でクレアも動く。ルシア達も従属の輪に関して見届けてから仮眠につくということで、クレアは早速腰を下ろし、糸を使って内通者と思われる者達の部屋に扉の小窓から糸を通していった。


「……間違いありませんわね。この方達ですわ」


 セレーナがそれぞれの顔を見て頷く。


「では、従属の輪を確認していきます」


 クレアの探知と解析用の糸が従属の輪に伸びる。クレアは目を閉じて少しの間調べていたようだが、やがて目蓋を開く。少女人形も頷いた。


「違いますね……。従属の輪ではありません。簡単に解析してみましたが、魔力は宿していても術としての意味を成さないものであるような……。魔力波長が似た素材を埋め込んだだけの偽装物、ですかね」

「なるほどな……」

「人質の中に内通者が紛れているとなると、そうでないユリアンは協力者としては問題ないと見るべきか」

「彼に関しては問題が無さそうに見えます」


 イライザが言った。ユリアンを協力者として接触するという事で全員の見解も一致する。


「では――眠っているユリアンさんには少々申し訳なくはありますが、次に巡回が終わった段階で呼びかけてみましょう」


 そう言って、クレアが小人化の術を使って小さくしたままの妖精人形を糸繭から繰り出した。元々小さな人形だ。小さな羽虫のようなサイズの妖精人形が、細い糸を引き、視線に入らないような高さを壁伝いに進んでいった。


 程無くして妖精人形がユリアンの部屋の前に辿り着く。天井付近でしばらく待機していたが、やがてその下を看守達が巡回していく。それを見届け、姿が見えなくなってから妖精人形が再び動き出した。


 小窓から難なく侵入すると、呪いを解いて元の大きさに戻ると同時に隠蔽結界や消音結界を展開する。

 そうして妖精人形は淡い光を纏いながら飛んで行き、ユリアンの右肩を両手で掴んで揺さぶった。


 クレアは一度深呼吸をすると、心理面で人形繰りをする時用のスイッチを入れる。


『起きて』


 クレアの声に連動して妖精人形が声を発する。


『……なん……ッ!』


 ユリアンは薄く目を開き、目の前にいた存在を認知した瞬間に素早く身体を起こし、壁に背をつけるような形で後ろに下がって身構えた。


 妖精人形はそこから動かない。口の前で指を立てて静かにするようにという仕草を見せた。といってもユリアンが仮に騒いだとしても、消音結界が展開されているために独房内の音は外に漏れたりはしないのだが。


『妖精……? 敵、ではないようだが』

『うん。危害を加えるつもりはないよ』


 妖精人形がこくんと頷く。その仕草も声色も本物の妖精であればこうなのだろうと思わせるものではある。実際は人形なのであるが、纏う光と陰の濃淡で表情まで作って見せている。


『えっと……夜中に起こしてしまってごめんなさい。誰にも聞かれずに話を聞いてもらいたくて』

『いや、理解できるものではあるから、気にしなくていいさ』


 妖精人形の言葉に、ユリアンは少し笑って首を横に振るのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 従属の輪に見せかけた偽物もセレーナの眼にかかれば何の意味もなしませんねえ
[一言] 残党が取り返しに来るのを見越して既に移動させていたら徒労ですね。
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