第181話 人質達の現状
糸繭の外観が形成されたところで中に住環境を整える。糸でそれぞれの個室を作り、必要な設備も構築する。
ディアナが用意してくれた魔法道具等もある。生活用の設備は簡易ながらも一通り揃っているのだ。
「随分過ごしやすそうだね。北方だから寒そうだと思ってたけど、この中は暖かいし」
「暑過ぎたり寒過ぎたりしたら、随時調整しますね。糸の密度もですが、冷やしたり温めたりなんて事も出来ますし」
設備を見て感想を口にするニコラスに、クレアが応じる。
監獄島で過ごすのが何日間になるかは分からないが、ある程度潜入や調査の期間が長引くのも想定している。快適な住環境というのは大事だ。
糸繭の中に作った共同スペースに集まり、そこで食事をとりながら作戦の確認をする。
まず調べるべき事としては内部構造の確認。それから監獄島の者達が一日をどう行動しているか。どのように日常を送り、どのように警備がされているのか。看守達はどのような者達なのか。何人ぐらいいるのか。特に警戒しなければならない者の存在は。
囚人――人質となっている者達の内訳。どのように収監されているか。それから定期船の来る頻度も調べる事ができれば……といったところだ。
「人質になっている者達の中から慎重に選べば、協力者を探すことができるだろうな」
ウィリアムが言うとルシアが頷く。
「その選定と……それから、どうやって接触するかも問題ね」
「妖精人形を使者代わりにする、というのはどうでしょう? 糸繭の外に私達が迂闊に出るよりは気付かれにくいと思います」
人形に糸を接続して外側に伸ばしていくことが必須になるが、内部構造を調べる時点で行う事だ。いずれにせよ隠蔽や認識阻害の魔法も併用されるし、クレアの人形繰りも真に迫っているから捕獲されなければ人形だと気付かれることもないだろう。
「クレアの負担は大丈夫か?」
「呪いは今の強度なら問題ありません。固有魔法も消費効率が良いので総じて一日通して維持していても大丈夫かと」
グライフが尋ねると少女人形が問題ない、というように力強く頷く。
早速クレアは今すぐに実行に移せるという事で、糸を伸ばして監獄内の把握にかかる。建物の四隅に沿って微細な糸を伸ばしていき構造を調べていくという手順だ。
探知と視界の確保もある程度できるが結界には触れないように慎重に進めていく必要があった。
クレアが外部で糸を伸ばしていくのに合わせて、糸繭の中にも光る糸によって縮尺を小さくした立体マップが形成されていく。
「調べていく過程で資料室のようなものが見つかれば、定期船の来る間隔等も分かりそうな気がしますが……」
行動を起こすにあたって不確定な要素は排除したい。定期船がやってくる日は警備も厚くなるだろうし、そういった日に意図せず作戦が被ってしまうような事は避けたいと考えていた。逆にその状況を利用する、という手もあるが。
「資料室……。そういった看守しか立ち入れないような場所は、警備も甘そうですわね」
「それは確かに。あまり警備をする必要がない場所ですからね」
そんな話をしながらクレアは糸を広げていくが――。
「塔側は……何だか独立した結界が張られていますね」
最も気になる場所である塔の方に糸を伸ばしてみたが、早々に結界に遮られてしまう。
「こちらも正面から入らなければならないということですね……」
イライザの表情が少し曇る。
「それと……看守側と人質側の区画を繋ぐ通路か、或いは男女分け……ですかね? ここが通路で区切られている感じです。こちらは結界ではなく鉄格子の扉になっているようですね」
言いながら糸の立体マップに該当の部分が構築される。結界や巡回の動きもあるために構築できていない部分はまだ多いが、外観は分かっているから構造の大まかな形だけなら今の時点でも見えてくる。
「大別すると北棟と南棟……それに塔ということになるか」
ウィリアムが立体マップを見ながら言う。
北棟と南棟は中庭を挟んで向かいにある。通路に鉄格子があるのは南棟で、建物を東西に二分しているようであった。
北棟側は南棟よりも小規模だが塀の一部や塔に接続している……というよりも塔の下部と一体化しているという方が正しいのかも知れない。
「構造から見ると、北棟側が看守達の住む場所になるのだろうな」
「明らかに北棟が管理側ですね」
グライフが分析するとイライザも同意していた。北棟側に管理機能があるのが見て取れるのだ。施設全体を囲む塀とも接続しているのである。
「となると……やっぱり塔が気になるね」
「重要な設備がある。或いは重要人物がいる、かしらね」
重要そうな施設だが塔の防備体制は特に厚い。思い切った行動を取るならば、そうするだけの確信が必要だ。何かするのならば、もう少し情報を集めてからになるだろうと思われた。
糸による調査とは言え、絶対に気付かれないとは断言できない。看守達にどんな人材がいるか分からないからだ。
個別の部屋は一先ず置いておき、通路等の大まかな構造を調べてから次の段階に進むという方向でクレア達は動いた。
牢として使われているのは南棟。西に男子棟、東が女子棟となっているが、全て独房となっており、施設全体の大きさに比べて収監されている人数自体は決して多くない。
これは帝国の支配した小国、部族の重要人物を人質として捕らえておくという性質によるものだろう。単純な監獄と違う。収監されている人数が少ない分、夜間を通して巡回の頻度も高く、人数も多いという事が判明した。
要するに、収監されているであろう人数に比べて配備されている看守、兵士の数が多いという事だ。
が、それは南側と塔に接続する通路や塀等の話だ。北棟は管理側であるから、比較的警戒が甘いという事も分かった。
一晩が明ける。看守と人質が日々どうしているかを探る事もしなければならない。朝は鐘が鳴らされ、その後目を覚ました人質達は独房を訪れた看守達の呼びかけに返事をし、確認を取られる。
夜間でも巡回の度に小窓から所在の確認を取られていた。それから一階部分にある食堂に集められて朝食を取る事となる。ここでも男女の区画は分けられている。看守達も男女に分かれて担当しているようだ。
人質達は従属の輪を付けられている者と付けられていない者に分かれている。
フォークなどの物品を持ち出していないかを質問され、それに対して持ち出していないと答えを返す形のチェックだ。ボディチェックまでは行われていないらしい。
「従属の輪を付けているから質問に対しては正直に答えなければならないというのは分かりますが……付けていない人にも質問だけで済ませているのは何故なんでしょう?」
クレアが疑問を口にすると、ウィリアムとイライザは少し不快げに眉根を寄せた。
「要人であるために帝国としては取り込んだ方がその民を御しやすくはなる。人質達を無闇に傷つけたり命を奪ったりはしない方針ではあるのだろうが……完全に支配下に置いている国や民族に対しては人質となる者が逆転するのだろう」
「逆転?」
「つまり民側が王族に対しての人質となる。捕えている者が反抗的であったり脱獄したりするようなら見せしめに民の命を奪う、というような」
「それは……」
あまり感情が表に出ないクレアであるが、その表情が僅かに曇る。他の面々も二人の話には不快げだ。
「それだけに、協力者の選定は慎重にした方が良いかと存じます。帝国と現在交戦中の国出身……連れて来られて日の浅い方や、看守に対してあまり協力的でない人物の方が望ましいでしょう」
「そういった人達ならば反抗しても帝国の好きなように見せしめが行われるような事もまだない、と?」
「はい。まだ安定していない状況だからこそ、予防策として要人に従属の輪を付けているのだとお考え下さい」
帝国の支配を受け入れて状況が安定しているのに迂闊に引き込めば、それは見せしめの処刑を招きかねない、という事なのだろう。
クレアは暫くの間考え込んでいたが、やがて何かを決意したかのような表情を一瞬浮かべると、静かに口を開いた。
「――なるほど。協力と、その後の救出に関して少し思った事はあります。情報がもう少し集まり、考えが纏まったら相談しますね」




