第178話 ヴェルガ湖と監獄島
「――湖岸周辺は警備兵が巡回していますね。二人一組で広がって行動している他、犬を随行させている者もいます」
「予想はしていましたが、湖岸付近は警備が厚そうですわね」
「そうですね。森の中に駐屯地も点在しているようです。駐屯地には魔法使いらしき魔力反応も感じられますが」
探知魔法や固有魔法を使って地上の様子を探るクレアとセレーナ、イライザである。
「地上を行かずに正解でしたね。森歩きの際は臭いも消していますが飛んだ瞬間は痕跡が残ってしまいますから」
足場を作らずに飛べば足下の土も同様に飛ぶ。そこだけ臭いの違う土等が残っていれば、痕跡は残る。巻き込まれた土を残らず回収というのも難しい。
「確かに、その時見つからなくとも、訓練された犬までいるとなっては追跡できずとも警戒される可能性があったな」
「だが、流石に空までは辿れない、か。通常の警戒はしているかも知れないが、目視や魔力探知だけではこの偽装と隠蔽を突破するのは難しかろう」
グライフとウィリアムが答える。クレアが展開している隠蔽結界はウィリアムから見ても高度かつ強固なもので、これを地上から探せるとは思えない。
そうして移動して湖岸を確認していくと、程無くしてウィリアムが頷く。
「場所は把握した。移動地点としては……狙った通りの位置ではあるな」
「おお。流石の精度ですね」
「まあ……多少修行を積んだりもしたからな」
クレアが言うと、ウィリアムは少し目を細めて笑い、イライザもそんなやり取りに微笑んだ。
帝国のためと言われて研鑽を積んで、結果を出したところで感謝をされるということも無かった。だからクレアもそうだが、何気ない時にこういう言葉が出てくる事が二人にとっては当たり前ではないのだ。
「クレア様――あれを」
セレーナが湖岸の一角を指差す。そこには何かの施設があった。
クレアが糸の魔法で拡大鏡を作って皆にも見えるようにそこを拡大する。
「船着き場だね。あれが鉄甲船か」
ニコラスが眉根を寄せる。黒々とした装甲で覆われた船が湖の畔に停泊していた。鉄甲船と言われていた通りの姿ではあるが、喫水がそれなりに深い、中規模の大きさの船だ。水深もそれだけあるというのが湖の巨大さを示している。
鉄で覆われた船ということで、ニコラスが本気になれば足止めや転覆をさせる事もできるだろう。但し、湖の魔物魚の事も含め、転覆した場合乗員は全滅必至だ。
選択肢として取れるというのは手札の一つになるが、積極的に採用したい手段ではない。そもそも連絡船に対しそこまでする必要があるかどうかは分からないが。
「さて。船着き場は見つけたが――後は監獄島の位置だな。この辺は機密情報なのだろう。俺が閲覧できる地図上には湖内の島の位置までは記載されていなかった」
「船を追うという選択肢もあるけれど……いつ連絡船が出るか分からないのに待つというのもね」
「探しに行きましょう。脱獄の危険性を減らすのであれば、船着き場の近くには島はないはずですし、船が到着した直後というのは島の警戒度も上がりそうな気がしますからね」
航行日数なり航行時間を長くし、密航者が潜伏しなければならない期間をなるべく長くすることでセキュリティを高めることができる。船内の捜索に使える時間が確保できるからだ。
だから船着き場の近くに監獄島はないと、クレア達としては考えている。
「島の場所は視界に入ってくれば分かると思いますわ」
「頼りにしています」
セレーナの言葉に頷くクレアである。
例えば大規模な隠蔽結界等が監獄島全体に張られていたとしてもセレーナの固有魔法ならばそれを無効化することができる。セレーナの目を通して見た場合、隠すための術が逆に目立ってしまう、という事だ。
「船着き場には狼煙台も見えますわね……」
「反乱や脱獄等の異常が起こった際は狼煙で迅速に外部に知らせる、ということですか。狼煙台は監獄島にもありそうですね」
クレアはできるだけ湖の中心部を飛翔するような位置取りをしつつ進んでいく。広範囲を見通し、できるだけ広い範囲に探知魔法を届かせることができるように。
ウィリアム、イライザもそれぞれに探知魔法を放って周囲の状況を探ったり、スピカやエルムがクレアの襟元から顔を出してセレーナやグライフと共に周囲を見回したりとそれぞれに監獄島がないかを探っていく。
小さな岩のような島ならばいくつか散見される。だが、いずれも人が住めるような大きさの島ではない。探知魔法でも特に異常は見られない。
「捜索が長引いた場合は無人島に降りて休憩をしましょう。下手に湖岸に向かうより人が来ない分安心です」
「そうですね。お互い疲れてきたら早めに伝えるということで」
セレーナと相談し合いながらも、監獄島を探してそのまましばらくの間湖上空を飛翔する。
どれぐらい進んだだろうか。見通しのいい場所からの捜索という事もあり、最初にそれを発見したのはやはりセレーナであった。視界の通る限りが感知できる範囲内となるのだ。
「結界の魔力反応が見えますわ。あちらです」
進行方向とは少し外れる方向をセレーナが指差す。
「行ってみましょう」
頷いて、飛翔の方向を調整する。クレア達がその方向へ向かうとクレア達の探知魔法にも引っかかるものがあった。
「隠蔽まではなされていないようですね」
「定期船が来る関係もある。湖岸近辺に警戒網を構築している以上は島まで隠す必要はない、と考えているのかも知れないな」
ヴェルガ監獄島がはっきりと見えてくる。
予想していたよりも大きな島だ。島の外縁部は切り立ったような断崖になっていて、船での接岸ができる場所が限られているように見えた。
断崖の上――島の上部に人工的な建造物が見受けられる。監獄とは言っていたが堅牢な要塞のような印象だ。用途は不明だが、かなり大きな塔も要塞の一角に作られている。
「……見つけましたわ」
「大きいわね……」
「まずは距離を保ちつつ島と建造物の外側を回って、どんな構造なのかを見ていきましょう。降りる場所等も考えなければなりませんし」
クレアは言うと相手からは感知しにくく、魔法で拡大してある程度鮮明に見える……というような距離感まで移動する。そうしてそのまま時計回りに移動しながら島を見て回る。
「やっぱり船着き場以外からの接舷や上陸は難しそうだね」
船着き場を目にしたニコラスが言う。切り立った岸壁を何往復かして切り返すように長く細い階段が作られており、下まで降りられるようになっている。
船着き場も警備兵の詰め所があり、何人かの帝国兵が見張りについているのが見えた。
唯一の外部への出入り口ともなるため、警備は厚いようだ。臨検所のような施設が詰め所に併設されており、運び込まれる物品、運び出される物品共に精査も行われるのだろう。船着き場からの侵入や脱出は難しいように思われる。
監獄となる部分以外に気になる施設としては灯台がある事だろうか。必要に応じて夜間の船の往来をできるようにしている。
灯台は狼煙台も兼ねている。烽火によって夜間でも緊急事態を知らせることができるのだ。当然、監獄島にとっては外部と迅速に連絡するための重要施設であるから、ここも警備が厚く、警備兵が多く配備されていた。