第170話 これからへの祝い
再び幕が上がり、役者達が脇役から順番に舞台に出てくる。そうしてまた拍手喝采が降り注いでいた。特に、最後に出てきた主役二人の時は観客達のボルテージも最高潮だ。
「ああ。良いですね……舞台の上に立った者としては最高の時間なのではないかと」
そう言ってクレアは目を細めながら拍手を送る。その言葉の意味を正確に把握しているのは前世の話を聞いているロナだけではあるが、他の者達もクレアが人前で芸を披露することに造詣が深いというのは知っている。
大きな舞台の上で何かするのに憧れがあるのだろうと受け取り、少し微笑むクレアに目を細めるのであった。
公演後の舞台挨拶も終わり、余韻冷めやらぬ中クレア達は帰途に就く。この後は伯爵家別邸に行って祝いとなる。
「期待していた以上だったわ。私が推薦した理由も、あの主役の二人の歌唱力や演技力が大きいもの」
「脚本や舞台演出も素晴らしい舞台でしたわ」
「ええ。裏方達も最高の仕事をしていたわ」
「良いものを見ると自分の創作意欲も湧きますね……」
創作論や作劇論、舞台演出等々について話をして盛り上がりながらの帰途だ。
「これは……人形に反映されそうな気もするな」
「そうですねえ。何かしら考えたいところですが」
そんな風に盛り上がるクレア達にロナ達も苦笑したり微笑ましそうに少し目を細めたりもしながらフォネット伯爵家別邸へと戻るのであった。
「随分と盛り上がったようですな」
「良い舞台だったわ。好評でしばらく続くと思うから、公演の期間内には座席が予約できるかも知れないわよ」
「そうですな。私達も領内の状況が少し落ち着きましたし、祝いに観劇というのも悪くないのかも知れません」
「ええ。きっと楽しいと思うわ」
マーカスの言葉にシェリーが頷く。
「ああ。シェリー様からの荷物はきちんと届いて預かっておりますよ」
「ありがとう、フォネット伯爵。独り立ちのお祝いもあるし、他の事への感謝も示したかったから……何かできないかと考えたの。私がそうしたかったから、というのもあるのだけれどね」
シェリーが言って少し気恥ずかしそうに笑う。他の事、というのは明言していないが、ドレスに関する話だろう。
「それは――ありがとうございます」
「ふふ。お礼を言いたいのは私の方なんだけれどね」
「当家で祝いの席をして下さるという事ですし、私達としても恩人ですからな。気合いを入れて準備を進めておりますよ」
マーカスもそう言って。クレア達は別邸の広間に通される。クレア達が観劇をしている間に、宴会の準備も進めていた形だ。
料理の用意や楽師の手配。楽師にしても伯爵領の者達で構成されているため、祝いに是非協力したいという者達が集まっている。その為、部外者を気にする事なく祝えるというわけだ。
「以前王都で一緒にいるところをお会いしていますし、シェリー様にも予想はついていると思いますが」
「伯爵領の恩人という事は――やっぱりそういう事よね。とすると、グライフやディアナも?」
セレーナの言葉に、シェリーが尋ねる
「ええ。私達だけじゃなくスピカやエルム達もね」
ディアナが言うとクレアの襟元からスピカやエルムが顔を出していた。チェルシーはその時はまだいなかったし戦闘員ではないのだがスピカ達を称えるように拍手をしており、そんな姿にシェリーが笑みを浮かべた。
「さてさて。それでは祝いの席を始めると致しましょう。不肖ながら、クレア殿の魔女としての独り立ちの席――その祝いの場として当家を選んでいただけたことを光栄に思っておりますよ。今日は気の合う者達同士で歓談し、存分に楽しんでもらえると幸いです」
マーカスは一旦言葉を区切り、それから一呼吸置いて高らかに言う。
「この度は独り立ち、誠におめでとうございます。魔女クレア殿」
「おめでとうざいます!」
マーカスが言うと、広間にいる者達が祝福の言葉を口にしてクレアに拍手を送る。クレアは帽子を脱ぐと、深々と一礼し少しはにかんだように微笑みを見せた。
「ありがとうございます。こんな風に皆さんから祝って頂ける事、とても嬉しく思っています。無事に独り立ちができたということで、安心している部分も多いのですが……私を育てて下さったロナや、これまで私を助けて下さった恩人、友人達――周囲の人達に恵まれたと改めて感じているところです。そして……私だけの席ではありません。竜滅の騎士の称号と褒章を受け取ったということで、そちらも大変喜ばしいことです」
「ふふ。これからもよろしくお願い致しますわ」
「はい。こちらこそ」
クレアとセレーナは笑みを向け合う。そして再び拍手が起こり、マーカスが手にした酒杯を掲げた。
「若き魔女殿と、王国の前途に!」
そう言って乾杯の音頭を取れば伯爵家の使用人が料理を運び込んできて、祝いの席が始まった。
伯爵家としては恩人の門出の祝い、それに褒章を受け取って伯爵家にとっての祝いでもあった。料理や楽師達の演奏といった歓待自体に力を入れつつも、気心の知れた相手ばかりという事もあっての気楽な席だ。
料理や甘味、音楽を楽しみつつ歓談し、小腹も満たされたところでシェリーの持って来た祝いの品を見るという事になった。
「では――」
と、シェリーが言って包んでいた布を取る。そこには一枚の油絵があった。
「これは……私ですか?」
それはクレアと踊り子人形の絵だ。王都でシェリーに人形繰りを披露した時の光景を描いたものだろう。光の差す広場で躍る人形と、それを繰る魔女の姿が描かれている。人形の動きに躍動感があり、帽子の隙間から覗く少しあどけなさを感じる魔女の口元の色使い、後方で音楽を奏でる楽師達の姿等々、全体的に明るく、楽しげな雰囲気を持った絵であった。
「ええ。私の立場上、絵を描くのはお父様以外にはそれほど良い顔はされないのだけれど、あくまで個人的な趣味ね。素人の手遊びだから、少し自信がないのだけれど」
「いえ……。色使いや人形のところの筆遣いが綺麗で気に入りました。素敵な絵をありがとうございます」
クレアが言うと、シェリーは少し照れたように頬を染めて笑う。
「私達もお祝いの品を用意しましたわ」
「と言っても……彼女程手の込んだ品ではないが」
「おお……ありがとうございます。嬉しいです」
セレーナ達の祝いの品はクレアの好みに合いそう、当人に似合いそうと思った装飾品等だ。クレアの場合人形にも使う為にいくらあっても困ることはないため、確実に喜んでもらえる品々であった。
「あたしからもだ。王都を見てきた時に買ったもんだが、魔法をかけてある。お守り程度にはなるだろう。ああ、お守りとは言うが、あの時程のもんじゃないからそんなに期待するんじゃあないよ。呪いの類から一回軽い身代わりになる程度のもんだ」
ロナも魔法をかけたという装飾品をクレアに渡す。ロナが用意したお守りというのは一つだけではなく、セレーナ達やフォネット伯爵家の家人、シェリーやポーリンにも渡す分を用意して来ていた。
あの時、というのはイルハインの時に救援に向かった際に使った「お守り」だ。
「私達にも頂けるとは……。ありがとうございます」
「弟子のことを祝ってもらうわけだからね。師としての返礼さね」
そんな風に言ってロナは肩を竦める。
「大切にさせていただきます」
シェリーとしては大樹海の黒き魔女が作ったお守りということで、有難い品ではある。王族としてはそういった悪意に晒される可能性もゼロではないからだ。
「ありがとうございます。ロナ」
クレアはお守りを受け取ると、嬉しそうに両手で包んで微笑む。ロナはそんな反応に、少し頬を掻くのであった。




