第167話 王女との観劇へ
――どうやら娘には城の外に友人ができたらしい。
フォネット伯爵家の令嬢と楽しそうに談笑していたのは喜ばしい事だ。
シェリルは護衛のパウリーネや使用人達とは朗らかに話をしているところをよく見かけるが、それも城の中の顔触れだ。
外に同年代の友人ができるのは良い事だろうとリヴェイルは好意的に受け止めていた。
鉱山の再開発が進む事でフォネット伯爵家も存在感を増すだろう。特に他家の影響を強く受けるようなことも無く、独自に上手くやっている。
一方で王家との結びつきは強くなっている。リヴェイルも再開発の体制を後押ししているし、今後も継続していくつもりだからだ。
そんな中で王女と竜滅の騎士が楽しげに談笑している姿を期せずして諸侯にも見せられたというのは、おかしな手出しをされにくくなるという点においては良い事ではあるだろう。
再開発に対して横槍を入れられなければそれで良い。表舞台に出ていなかったシェリルも存在感が増す。今回の宴席はリヴェイルにとっては成功だったと言えよう。
シェリルは、偽装魔法を使ってお忍びで新作の観劇に向かうという話をしていた。フォネット伯爵家の別邸にも顔を出してくるだとか。
芸術に造詣の深い娘だ。彼女にとって良い刺激になれば良いと、そんな風にリヴェイルは思いながら楽しそうに笑っている娘とセレーナの姿を見守っていた。
王城に一晩滞在していたセレーナ達も王城から伯爵家別邸に帰ってきて、クレア達から竜滅の騎士の騎士爵を受け取ったことに対する祝福の言葉を受けたりしながらも、更に一日が過ぎる。
劇場で封切りとなった新作を、シェリー達と見に行く日がやってきた。シェリーとポーリンが後で別邸を訪れてきて、それから劇場に向かうということでクレア達は別邸に待機だ。
シェリーの姿は偽装魔法で変化しているということでその時に確認すればいい。
「私も王都では偽装魔法を使った方が良いかも知れませんわね」
セレーナが言う。竜滅の騎士という称号を受け取り、貴族家の認知が上がってしまった。特にクレアやお忍びのシェリーと共に行動する以上は偽装していた方がいいという判断だ。認識阻害の魔法がかかっていれば注目は受けないだろうが、街中で使う認識阻害は他人に必要以上の影響を与えないように限定されたものだ。シェリーが少女人形の服に気付いたように、興味の程度と方向性によって突破してくる可能性がないとは言えない。
「看破への対策を考えなきゃ簡単な魔法だし、教えれば扱えるだろう。今日のところは……そうだね。クレアにかけてもらいな」
「セレーナさん、こちらへ」
「では、よろしくお願いしますわ」
セレーナにクレアが偽装魔法をかけ、髪と瞳の色を変化させる。セレーナについては元々ロシュタッド王国の貴族家令嬢ということもあって、正体が割れても大事にはなりにくい。
クレア程に看破への対策魔法を練る必要はないだろうし、高度なものはセレーナ自身の適性から難しい。基本的な部分を教えてやれば問題なさそうだとロナは思う。
クレア達が別邸で待っているとシェリーとポーリンが訪問してくる。
「よくいらして下さいました」
マーカスが通されてきたシェリーとポーリンを迎える。
「こんにちは」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
シェリーとポーリンが挨拶をすると、クレア達も応じる。
「ふむ。偽装魔法は自分で使ったのかい?」
シェリーの偽装魔法を見たロナが尋ねる。
「はい。一応自分で使ったものですわ」
「なるほどね。中々研鑽しているようだ」
そんな風にシェリーの偽装魔法を評価するロナである。王族ということで場合によっては求められる技術ではあるのだろう。
今までお忍びの際に特に偽装をしていなかったのは、これまで表舞台に立っていなかったということと、応援している芸術家達への顔の繋ぎという側面があったからだ。
ロナから見たシェリーに関しては中々魔法の腕がありそうだが魔力の印象は平坦で目立たない、というものだ。目立たないからと言って魔法の実力が低いというわけではない。以前見たことがある。魔法道具で魔力を抑えている場合、こうした魔力の反応になった、はずだ。
そのあたり何か理由がありそうではあるが、いずれにしろ相談やら助言やらを求められているわけでもないのに詮索で立ち入る事ではないだろうとロナは思う。
「クレアに礼を言わないとね。例のドレス、早速夜会や式典でお披露目させてもらったわ」
「どうでしたか?」
「あちこちで話題になっているようね。着心地も良いし、私もとても気に入っているわ。本当にありがとう」
「おお……。それは何よりです」
「お嬢様は今、青を付けた敬称にて呼ばれておりますよ」
安堵したような仕草を見せる少女人形に、ポーリンが穏やかに笑って言う。
シェリル王女は青の王女と呼ばれて噂になっているが、城の外だから敬称については明言するのを避けた形だ。
「式典の様子も聞いていますが、結構盛り上がったようですね。私達も見たかったところではあるのですが」
「騎士の誓いは絵にしておきたかったところね。討伐者はどうしても注目を集めてしまうからクレアは余計に目立ってしまったと思うわ」
「そうですね。帽子を被ったままというわけにもいきませんし」
シェリーとポーリンも合流したということで、開演時間に合わせる形で出発することとなった。
「住んでいるのが大樹海ですので劇に関する噂等は聞こえてこないのですが、事前に知っておいた方が良い情報などはありますか?」
「そうね……。劇の内容に関しては、今はあまり語らないことにするわ。作っている人達から私が色々と注目している部分もあるのだけれど、そういう事はあまり気にする必要も、本当はない気がするわ。知らない事で感じられるものもあるから、気軽に構えずに観るのが一番いいと思うの」
「知らないからこそ新鮮な感動や感銘を得られる、というのはあるかも知れませんわね」
「好きになって追いたくなったら背景を知れば、それで思い入れも増えそうですからね」
「そうね。それで見て感じた部分に納得できることも出てくるでしょう」
クレアやセレーナとのやり取りにシェリーはうんうんと頷く。
「座席に関しての話をしましょうか。この話なら、何時観劇する時でも共通するものだものね」
そう言いながらシェリーは観劇するのならどんな席が良いのか、という話をする。
演奏も当然生演奏だ。楽団が陣取るのは一階観客席の前になるため、一階席の正面側はあまり良い席ではない。
舞台の演者達は舞台上で自身の姿が良く見えるように演じるため、上の方に声が良く響く。そのため良い席、とされるのは上階側となる。
シェリーはそうした観劇に関する知識等を説明していく。クレアとしてはその辺、ある程度知識もあったが、日本の映画館等とは勝手が違うということもあって興味深く耳を傾ける。
クレア達が今日座る座席の場所はチケットが売り出されるその日にシェリーが買いに赴いていたということもあり、かなり良い席が確保できている。
それ以上の席となると王侯貴族や大商人が観劇に来る際に使うような席となり、そうした席に座れることをステイタスとしてアピールするために買い求めるケースもあるのだという。
そうした席についてはお忍びであるシェリーとしては今回選択していない。王族として観劇に行くのであれば、当然そういう席になるのだろうが。
そんな話をしながらもクレア達は劇場に到着し、上階の席の一角に陣取るのであった。




