第165話 自由と誓い
謁見の間では国王リヴェイルを始めとした王族が姿を見せ、居並ぶ貴族達が姿勢を正してそれを迎えた。
シェリル王女は目の覚めるような青いドレスを纏っている。クレアの作ったドレスであるが、今回は式典用ということで礼装として通じる形式の組み合わせになっている。
シェリルのドレスについては先日王家主催の夜会で違う組み合わせのお披露目をしたということもあり、貴族の間では最先端の技法を取り入れた見事なドレスだと話題になっていた。
国王と王妃の絵にある青い花のエピソードと合わせて、青の王女、と噂になっていたりもする。王家の絆を示すものとして好意的に受け止められている。
目立ちすぎるという問題もあったが、今回の褒章においては少し話も変わってくる。
主賓はセレーナではあるが令嬢としての参列ではなく、騎士礼装であって立つ位置も違う。式典が始まればそれほどシェリル王女に注目は集まらないだろうと進言がありリヴェイルも賛成したのである。それよりも祝福の意を示すためにも最上位の礼装で臨むのが良いだろうということで、クレアの作ったドレスを纏って式典に出てきている。
リヴェイルと共に謁見の間に姿を見せたシェリルは王族用の参列席に移動し、リヴェイルは玉座の前に立つ。
それからリヴェイルは謁見の間を見渡し、満足そうに頷くと両腕を広げてから口を開いた。
「皆、よく集まってくれた。実際に次の状況に向けて何かしらの対応をしている者もいるであろうが――過日、鉱山竜が勇士達により討伐された。その切っ掛けは鉱山竜を徒に刺激し、状況を利用しようとした愚者がいたためであるが……それらに付随する調査と問題も解決した。諸侯らに通達したように、今日はその討伐者の功績を称え、褒章を与えるための場である」
リヴェイルは言葉を一旦切り、一同を見回してから続ける。
「となるとそなたらの目下の興味の対象は、竜の討伐を果たした人物であろう。勇士を称えるための喜ばしい席に、長々と口上を述べるのも無粋だ。当事者であるフォネット伯爵家の者達と共にこの場所にその人物を招くとしよう」
リヴェイルが視線を文官に向ける。合図を受けて再びラッパが吹き鳴らされる。演奏が終わると謁見の間に繋がる扉が開かれ、控えの間からフォネット伯爵家の面々が入ってくる。
先頭に立つのは騎士礼装のセレーナだ。
普通はマーカスが先頭に立つものであろうが、そういう並びや服装からしても、誰が討伐者であるのかが明白になっている。
カールは騎士礼装ではなく、あくまで貴族としての礼服であるし、妹や両親の後ろに続いており、討伐者ではない、という事を伝えている。
マーカスとパメラ、カールはセレーナよりも数歩後ろの位置で片膝をつき、セレーナもそこから少し前に進んだ位置で片膝をついて国王への敬意を示す。
討伐者がセレーナであると察した貴族達が驚きの表情を浮かべる。
リヴェイルは頷くと言った。
「よくぞ来た。鉱山竜の討伐者、セレーナ=フォネット。伯爵らも、喜ばしい事であるな」
「はっ。お招きに与りまかり越しました、陛下」
「陛下からの祝福のお言葉、誠に嬉しく思います」
セレーナとマーカスが答える。
「うむ。これからの伯爵領の発展には期待している。そして、セレーナよ」
「はっ」
「よくぞ鉱山竜を討伐してくれた。長らく懸念の一つとなってはいたが、これからは竜に悩まされることもなくなり、領地と鉱山の再開発も進んでいくだろう。その功績は非常に大きいものである。ついては、それに応じた褒章を与えよう。何か望みのものはあるか」
「はっ……」
リヴェイルから問われたセレーナは、静かに答える。
「私は――今しばらくの行動の自由が欲しく思います。大切な友人に大きな恩があり、それを返したいのです。本来ならば王国に名を連ねる貴族の一員として、ご期待に応えるべく研鑽に努めるところではあるのですが……」
セレーナの望みは、金や物、土地、爵位といった具体的な何かではなく、行動の自由というものだった。貴族達の中には意外そうな表情を浮かべるものもいたが、リヴェイルはそうではない。
打ち合わせの時点で伝えられ、リヴェイルも了承していたためだ。
「竜を討伐する技量と勇気を持ちながらも更なる研鑽の話が出るとは頼もしい事だが――。あい分かった。セレーナ嬢が納得するまで、思う道を進むがよい」
リヴェイルはそこまで言うと、膝をつくセレーナから謁見の間全体に視線を向け、よく通る声で宣言する。
「皆も聞くがよい。今、この時よりロシュタッド王国国王、リヴェイル=ロシュタッドの名において伯爵家令嬢セレーナ=フォネットに竜滅騎士の称号を与え、その行動の自由を認めると宣言する。具体的な「自由」の範囲については王国法に準じるものであればよい。判断に迷うのであれば余や、身を置いている土地の領主や法務官に尋ねればよかろう」
リヴェイルの言った独自の騎士爵は名誉職のようなものだ。普通の騎士として負うような義務もないが禄を受け取れるような継続的な恩恵もない。
ただ、王国の臣民ではなくなったというわけではないから、王国法を逸脱するような自由が許されているわけでもない、という事だ。
何が変わるのかと言われれば、セレーナの身の回りの小さな視点では殆ど現状維持ではあるが、もっと大きな視点で見るならば国王公認ということでもある。国王の後ろ盾や直属というほどに強い繋がりではないが、リヴェイルからの信用を得ている人物ということで貴族達からは今後一目を置かれる形となるだろう。
行動の自由と言われて、褒章を何も与えないというわけにはいかないという背景もある。その為の特殊な騎士爵ではあるが、少なくともセレーナが言ったような「今しばらくの」という部分に縛りはなく、国王が認める限り無期限のものではあるだろう。
今後他の立場や役職を得たり、どこかに身を落ち着ける事になったりするのなら、それに応じて動けばいいだけのものだ。特殊な騎士爵があるからと終生の特権を得たというわけでもない。
「セレーナもそれでよいな?」
「光栄にございます」
「では、決まりだ。特殊な称号ではあるが、騎士としての誓いに移るとしよう。とはいえ、誰かに仕える騎士となるわけではないが」
「はっ」
セレーナは膝をついたまま腰の剣を鞘に収めたまま、両手で恭しく差し出す。
リヴェイルはそれを受け取ると、剣を抜いた。竜牙の細剣だ。白く美しい刀身が露わになり、普通の剣ではないと察した者もいる。竜滅の騎士であれば、恐らくそれは竜牙によって作られたものだと察する。
「彼が弱き者達、無辜なる人々を不義と暴虐、理不尽から守る者となるように」
竜牙の細剣を眼前に掲げ、そう剣に祝福の言葉を与える。
「その名誉ある名に恥じぬよう、暴虐や理不尽に臨んでは、公正と勇気を。平穏なる時は寛容と調和を。隣人とあっては親愛と礼節を示すと誓います」
「これより竜滅の騎士たらんとする者に。誓いに従い、真を守るべし。無辜なる者達の守護者たらんことを」
セレーナが誓いの言葉を。リヴェイルは祝福の言葉を口にし、リヴェイルは手にした細剣の腹で、セレーナの肩を静かに触れるように叩く。
剣を鞘に収め、両手を差し出すセレーナに細剣を返し、列席している者達から拍手が起こった。
シェリルも笑顔を浮かべ、率先して拍手を送る。セレーナの騎士の誓いも絵画にして飾っておきたいぐらいだと、そんな風に思いながらもリヴェイルとセレーナに目を向けるのであった。