第135話 候補地の選定
「さて。それからセレーナ。あんたについてだが」
「はい」
ロナがセレーナに視線を向けると、セレーナもまたクレアと同様、真剣な表情になって頷く。
「あんたは弟子としては見習い魔女って性質ではないからね。魔法については今後も教えるし必要な課題も伝えるが、クレアの力になりたいっていうなら寝泊まりする拠点は自由にしていいってのは伝えておくよ。姉弟子からも学べることも多いだろう」
「ありがとうございます。今後ともご指導とご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
セレーナが嬉しそうに微笑む。セレーナの行動について自由を許してくれるのはクレアの力になりたいというのを前々から口にしているからだ。
「あんたらもね。クレアとは関係なく、オーヴェル達の墓参りは自由にしていい。ちょいと立地が不便なのは認めるがね」
「感謝する、ロナ殿」
「ありがとうございます。ロナ様」
グライフとディアナがロナの言葉に一礼する。
ロナの庵に二人が立ち入るのも問題ないと許可が下りた形だ。ロナはスピカとエルムにも言った。
「勿論、あんたらもね。といっても、あんたらは大体クレアと行動を共にしてるんだろうが」
そう言うと、スピカは軽く羽ばたきながら一声上げ、エルムも「んっ」と普段より少し嬉しそうな声を上げながら小さく笑って首を縦に振った。
そんな様子にクレアも小さく微笑む。いずれ独り立ちする日が来るというのは分かっていた事ではある。
ロナの庵を出ていくことになると考えると少し寂しいし名残惜しくもあるが、自分の身の回りにいる人も、ロナの身の回りにいる人も。誰一人として去るわけではない。だから、これまでと何かが変わるというわけでもなく、前に進むことに躊躇いはなかった。
弟子としてしっかり独り立ちする姿を師に見せたいと、そうクレアは思うのであった。
王都やフォネット伯爵領、ミュラー子爵領の商会にクレア達はそれぞれ手紙を送り、ドレスの引き渡しについても手順通りに進めてからロナの庵へと帰った。
独り立ちに向けての準備をするということで、クレアは普段通りの修行や今まで通りの研究や開発を継続しつつも自分の庵を作る場所を選定するため、伯爵領に近い方角側へ足を運んだ。
「――それでは、墓守の核を再現と言いますか、改良することに成功したわけですか」
「そうですね。記憶領域や学習能力、自己判断能力もあるという事が分かっていまして、これで戦闘能力のない子をまず作ってみて、安全性を確認したら他の事も色々考えてみようかと。その子には庵か開拓村の家か。どちらかで留守をお任せしたり、なんて事ができると良いですね」
そんな会話を交わしながらクレア達は大樹海を行く。墓守の核の解析と再現を行い、指示や方針を与えたり細かい命令を与えたりする事が出来るということが分かった。
学習することで与えられた指示や方針に従い、判断基準と行動を墓守自身で調整できるのだ。
それを人形に組み込む事で、自律行動のできる人形を作ろうとクレアは考えている。
「墓守に与えられていた命令は本を守る事でした。それが何のために、というところで言うと、作り手は永劫の都に至る道が閉ざされて欲しい、触れてほしくないと願っていたようですから……」
「本の置かれていた保管庫を開く可能性がある者は、侵入していなかったとしても優先して排除する対象と判断したわけか」
「そうですね。あの時の墓守の遺跡外での行動が作り手の意思に沿うものだったかは分かりませんが、墓守側の理解はそうなっていたのかと思います。私の魔力波長を認識した時点で墓守にとっては最優先での対応しなければいけない相手という位置付けにされたのかな、と」
そこまで言ってクレアの肩に座る少女人形が腕組みをする。
「仮にこれが作り手の意図から外れている判断だったとしたら、私が新しく作る子に対しても注意が必要なところではあります」
クレアが危惧しているのは自動人形がクレアの意図を外れて行動してしまう事だ。
「禁則事項を設ければ、意に沿わない行動というのはしにくくなるのではないかしら」
「そうですね。基本的には常識的な部分を教えて、在住している国の法に沿うものにすることで、判断や行動も落ち着いたものになってくれるかなと思っています」
国の法律というのはその時々で変わるため、必ずしもそこがクレアから見て正しいとはならないというのはあるにしても、行動が理由で人の社会から排除される形にはなりにくくはなる。
「戦闘用を想定していないのなら、それで問題はなさそうだな」
「はい。戦いも想定した場合はもっと判断基準を厳密にするとか、命令がなければそうしない、というようにする予防線が必要ですね」
話をしながらではあるが、探知魔法と隠蔽結界はしっかりと機能している。大樹海を歩いて行き、クレア達は外縁部を抜ける。
「では、空から見ていきましょう」
視界が開けた所で、クレア達は箒に乗って空から地形を確認していく。
南の方角に向かう街道が見えた。トーランド辺境伯領からフォネット伯爵領に向かうための街道だ。
街道は途中で領都側へ直接向かう道と、鉱山方面へ向かう道に分岐している。鉱山方面に向かう道は現在ほとんど使われていないが、伯爵領の再開発が本格化するに従い、こちらの道も再整備と拡張がされる事になるだろう。
新規の開拓村から大樹海で確保された必要な素材を鉱山側に送るという事が想定されるため、開発される場所もこの辺だろうとクレアは予想を立てて動こうとしているのだ。
理に適った場所に目星をつけ、そこからクレアが住む庵の大体の位置も考えようとしているのであった。
「水源からの利便性を考えるならあのあたりでしょうか。井戸を掘るという事も考えられますから、川等は関係ないかも知れませんが」
「魔物や帝国の防衛もあるからな。兵を展開しやすいというのも重要な要素になるだろう」
それぞれの意見を参考に、上空を街道沿いに行ったり来たりして、新規開拓村の位置をいくつかの候補に絞る。どちらにせよクレアの庵は大樹海の少し奥まった場所だ。
「この感じなら庵の位置も結構融通が利きそうですね。大きくは利便性も変わらないと思います」
ロナの庵がある外縁部からの深度を考えるならば、普段は人が来ないぐらいの位置にした方が安全だ。そこに住む者が、ではなく、大樹海を探索する冒険者が近付いた場合、立ち入りの許可がないと方向感覚やコンパスの魔法を惑わされ、庵のあるエリアを迂回するように動かされてしまう。
その為、浅い場所に作ると自分の位置を見失ってしまうという事態が頻発する可能性があるのだ。
それに加えて地脈が通っている事。庵周辺の魔物の強さはどうか。領域の位置等々。そういった部分を考えて場所を算定することとなる。
クレアは手の上に様々な色の糸を伸ばして地図を作り出していく。上空から見ているセレーナ達には分かりやすいが、緑色の糸が形作る輪郭は大樹海の外縁部と同じだ。青の糸は街道だろう。
「この付近一帯なので大樹海の一部でしかありませんが、赤が領域。黄の糸が地脈ですね。地脈は大樹海の中心部から概ね放射状に分岐し、網目のように絡まりながら大樹海周辺に広がって伸びているという話です」
しかし大樹海の深奥――中心部まではロナも立ち入っていないので判明していない。
「糸で色分けしてもらえると分かりやすいけれど、こんな感じになっているのね……」
「ここに先程調べた開拓村の候補地を重ねてみますね」
糸の球を作り、候補地の場所も示す。
「地脈の位置と被っている候補地もいくつかあります。もし開拓村が地脈の通っている場所にできるなら私にとっては都合が良いですから……良い方向に予想が当たる事に期待して、この辺に庵を構えるというのが良さそうかなと」
クレアは庵を作ろうと考えている場所に光る糸球を作った。
現地を確認し、問題がなければその場所に決まる事になるだろう。
「魔物の討伐もしなければならないのだったか」
「はい。一帯の主であると示す事で疑似的に自身の領域だと主張するような魔法的寓意とするわけです。領域主はいませんので強そうな魔力反応の魔物の討伐、或いは屈服等を目標とします」
どちらにせよ周辺の魔物を避けているようではそこに庵を構えることなど覚束ない。庵作りに当たってクレアがやらないといけないことではあった。