第134話 開拓村と庵
「こっちの暮らしは慣れたかい?」
「はい。お陰様で皆に良くして頂いております。ロナ様には改めて感謝を伝えておきたく思います」
ロナが声をかけるとイライザもそう答えた。イライザについては城勤めの女官達が色々と気にかけてくれるのだという。最近の城での暮らしはどうか。困っていることはないか。おすすめの店がどこそこにあるだとか。近く外にも出られるようになるから、そうした皆でその店に行ってみようという話になっているだとか。
「元いた場所ではなかったことですね」
「イライザさんだけじゃなく俺達もそうだよな」
「体調の心配をされるだとか、実際元いた場所じゃ無かったからな……」
穏やかに微笑むイライザに、ウィリアムの部下達も顔を見合わせ頷き合っていた。
そうやってウィリアム達の様子を見てからロナは城を後にし、普段領都で使っている宿に向かう。
時刻は夕刻。夕食には少し早い時間である。
「お帰りなさい、ロナ」
クレアが部屋でドレス作りをし、皆でその見学をしていたらしい。
「ああ。戻ったよ。順調そうで何よりだが」
マネキンに着せられているドレスの出来栄えを見てからロナが言う。
「そうですね。お陰様で自分でも納得のいくものが出来ました」
クレアが答える。少女人形も一仕事やり遂げた、というように額を拭うような仕草を見せていた。
気合を入れるとクレアは言っていたが、宿屋で作り始めて完成させてしまうほどに創作意欲が高まっていたし、作業自体も乗りに乗ったということだろう。
「――ふむ。組み換えられるってのは面白いね」
クレアからドレスのコンセプトを聞いてロナは頷く。
「と言っても印象がチグハグにならないように、組み合わせの仕上がりをこれとこれというように一応決めています。シェリーさんの方でアレンジもできるかなとは思いますが」
「ほーう」
「とりあえずそれも情報として渡せるよう、紙に纏めているところです」
そう言いながらメモという形で紙に組み合わせについて書き記しているクレアである。
「なるほどね。そのお嬢さんも喜んでくれそうな出来じゃないかね?」
「そうなってくれると嬉しいですね」
クレアの口角も少し上がっているあたり、上機嫌なようだとロナは頷き、城でのことも掻い摘んで一同にも聞かせることにした。
「まあリチャードとのやり取りについて事細かくは言わないが、情勢としては予想してたのと近い方向に行くんじゃないかねってとこか」
予想。つまり王国は伯爵領の再開発を支援する形で、当然ながらトーランド辺境伯領もそれを後押しするように動くということだ。伯爵家は商会に対して好意的だし、その流れで伯爵領の復興と開拓民や冒険者としての人員の派遣にも関わってくるだろう。
ただ、トーランド辺境伯家は王国の中では王家と並ぶような強い力を持つが故に国内のことには自制的であるのが常だ。
自領の領地経営と大樹海、帝国以外にはあまり干渉しない。その為、支援に動くにしても自分の領地開発などを通し、動きやすい下地、情勢を作るという形になる。
「伯爵領と商会にとって追い風ですわね」
「商会には方針通りで大丈夫そうと手紙を送っておくわ」
セレーナが言うと、ディアナも応じる。
「私も王都に手紙を送っておきますね」
「ふふ。そうね。明日にでも一緒に行きましょう」
「はい」
こくこくと大きく頷く少女人形である。
「それから、ウィリアム達の事だが――」
ロナはウィリアム達の様子について細かく話していく。リチャードの伝えてくれた情報。訓練場での様子や、クレア達に礼を伝えて欲しいと言っていた事。
「城の人達が親切というのは安心できますね」
「そうさね。もう少ししたら街に出たりだとか、行動の自由ももっと利くようになるだろうとも言っていた」
「何よりです」
「苦労してきただろうし、良い方向に進んでくれればいいな」
ウィリアムもイライザもその部下達も、共に肩を並べてイルハインと戦った者達だ。帝国の事がある以上中々平穏に、とはいかないにしても、幸先の良い物になってくれれば喜ばしいとグライフは思う。
「状況に乗じるってのはクレアにとってもか。あんたもぼちぼち独り立ちした後を考えなきゃいけない時期だしね」
「うーん。そうですねえ。領都に出ようかどうしようかと考えていましたが……状況を見るに新しい開拓村の中かその近くの大樹海に、自分の庵を構えるというのが良いのかも知れません」
「開拓村にはあんたを慕ってくるのも、村民や冒険者問わず増えるだろうからね」
加えて、開拓村が作られるであろう大体の場所を考えるなら、ロナの庵からはそれほど離れるわけでもない、というのもクレアとしては大きな部分ではある。お互い気軽に顔を見に行ったりも簡単だろう。
「んー。開拓村内に家、大樹海に庵と……両方持つというのも良いかも知れません。何かあった時に姿を隠したり、避難できる場所を確保できるわけですから」
「あんたの場合は周囲の事も含めて色々想定しておいて損はないからね」
庵の場合は隠蔽結界等々で隠すことになる。アルヴィレトの面々を帝国の者達から匿う場所としても使えるし、開拓村内に家があるなら連絡はそこに送っておけばいいから用事がある者も利便性が上がるわけだ。
「庵を作る場所の基準としては、やはり地脈の上になりますか」
「そりゃ完全に後々精霊化やら霊木との一体化やらを目指す魔女のやり方だが……まあ、魔力を鍛えるって意味じゃ有効か」
「そうですねえ。私も最終段階を目指すつもりはないです」
師弟は独り立ち後についての話をする。ロナは言外にではあるが、クレアが独り立ちを認めるに足る十二分な実力を備えていると判断している。
鉱山竜を即席の作戦とその場にいた仲間達だけで討伐するというのは、そう判断するのに十分な実績というわけだ。
最近では日常的に行っている隠蔽看破の術への対処も、片手間でできるようなものは大体防げる程度には熟練して来ている。というより、イルハインを討伐してから、クレアの魔力や固有魔法がより研鑽されているという印象をロナは持っていた。
格上の相手と戦った事が契機となったのか。あの時の戦いが何かの呼び水になったのかも知れないとロナは思う。
クレア自身の変化という点で言うなら、エルムの種を作り出したという点で明確に変化しているのもある。
ともあれ、本来の魔女としての修行法もこれまでの生活と修行の延長上にあると考えれば、クレアの独り立ち後の鍛錬としては理に適っていると言えるだろう。
「よし。あんたの庵の完成を以って見習い期間の終了と、独り立ちした魔女としての証明とする。これも今まであんたに教えた事で十分に作れるはずだ」
「わかりました」
魔女の独り立ちの年齢はおおよそではあるが決まっている。実力次第で前後することはあるが、それで言うならクレアは早い部類ではある。
その時期に向けて準備していく形になるが、庵を作るだけであれば手持ちにある素材やら大樹海で確保できる材料だけで賄える。魔法の精度や知識を深め、より高度な結界を張れるようにするだとか、そういった形での準備になるだろう。
「とりあえず、大樹海外縁部からの位置と地脈の流れている場所を選定しにいきます。予定地だけ決まってしまえば後は修行に専念できますし」
「そうだね。そういったとこにはあたしからは助言しないから、場所も自分で決めな」
ロナの言葉にクレアは真剣な表情で頷くのであった。




