第133話 領主と魔女と
「――孤狼の動向か。……そうだな。今までは気まぐれに動いているものかと思っていたが、分析すれば何か見えてくるかも知れない。領域主達に仲間意識……は薄そうだが、何かの目的意識があるのだとすれば、イルハインが欠けたことで状況も変化しているだろうしな」
古文書の解読作業も一段落し、トーランド城の一角でリチャードとロナが話をする。
古文書解読の進捗を伝えた上で、孤狼についての話もしたのだ。行動原理を探る端緒になるのではないかという事をロナが伝えると、向かいに腰かけたリチャードは顎に手をやって思案しながら応じる。
「仲間意識に関しちゃ大分怪しいってのはそうだね。天空の王が様子見に来た時はイルハインの敵討ちって感じは全くしなかった。天空の王自体がイルハインを嫌っていた可能性はあるがね」
冗談めかしたようにロナは肩を竦めて言うが、実際そうだった可能性もあるのではないかと考えている。ロナ自身、イルハインに対してはこれ以上ないぐらいに悪印象があるから強くは主張しないが。
「孤狼以上に特異な領域主だったからな」
「狼は名前の通りうろついてるだけだからね。イルハインの方は……昔は領民の犠牲も遥かに多かった。失踪がザラで、大樹海に呼ばれたなんて言われて恐れられてたよ」
「イルハインの監視をしながら他の領域主についても情報を収集してくれたことには領主として深く感謝をしている。ロナ殿はもっとそういう事をしていると、しっかり伝えてくれればとも思うのだがね」
リチャードは苦笑する。不足していた領域主の情報を収集して穴埋めしたのもどうもロナのようだとイルハイン討伐後に調べて判明した形だ。それを手柄としてくれた方がリチャードとしては有難いとは思うのだが。
「好きでやってた事さね。他に同じようなのがいて、あいつだけ対策しても意味がなかったら癪だ」
ただ、攻撃性や好戦性に違いはあれど、イルハインのように積極的に外に害を齎す領域主は今のところ把握していない。人間側から手出しをした時は話も変わるが、こちらは大体共通してどの領域主も大なり小なりの報復行動に出るというのは分かっている事だ。
大樹海を通り抜けるルートにしてもある程度形になっているのはロナだけには限らず、先人達の調査や犠牲があってこそのものではあった。もっとも、領域を避けた所で大量の魔物が住む危険な森である事に変わりはないが。
いずれにせよイルハインが欠ける事でその状況に何か変化が生じるかも知れないという懸念はリチャードにもあった。だから孤狼の行動の変化と分析は確かに必要なものだ。
「参謀と魔術師達、それからギルドにも協力してもらって分析をさせよう。今後もどこに出没したという情報は頂けると助かる」
「良いだろう。こっちから持ちかけた話でもあるからね」
「ああ。それから……状況の変化というのなら、鉱山竜討伐についてもか。討伐者については王家が伏せているようではあるから私から言及するのも無粋ではあるが、ロナ殿も噂話は聞いているのだろう? 偶発的な事件からやむを得なくといった経緯のようではあるが」
にやりと笑うリチャードにロナも愉快そうに肩を震わせる。辺境伯領の領主として王国からも連絡を受けているのだろうし、それが無かったとしてもクレア達が不在にしていた時期を考えるならリチャードであればすぐに理解するのだろう。
鉱山竜が討伐されたという噂話も王国内に広がり始めているから、ここで話題として振るのも問題がないというわけだ。
「まあねぇ。それで……竜討伐を受けて何か方針が変わるのかい?」
「準備はもう進めているが、差し当たってはフォネット伯爵領の再開発に向けてその支援という事で、開拓村の新規開発と中間地点の軍備を厚く、巡回の範囲も拡大する。大樹海の魔物はともかく、帝国は竜の討伐が伝われば何か行動を起こす可能性もある」
「なるほどね」
フォネット伯爵領に対して素材や物資等を供給しやすくなるよう、大樹海近くに開拓村を作りつつ、トーランドからフォネットへの街道の再整備と拡張。同時に後方に帝国も魔物も抜けられないように街道沿いの警備も厚くする、というわけだ。
フォネット伯爵家に対しては当然追い風ではあるが、それはアルヴィレトの面々に対してもであろう。伯爵領を経由して開拓村に魔法道具を供給することができるから辺境伯領に対しても益の有る事だった。開拓民の募集も行われる事から人員の供給も可能だろう。
アルヴィレトの者達は対帝国に向けて状況を味方に付けられるのではないかとロナはそう思いながらもウィリアム達についても尋ねる。
「ウィリアム達の様子はどうだい?」
「彼らは非常に協力的だな。外部諜報部隊ではあるが、帝国の国内事情についても一般に知られていることと自身達の知り得た事と照らし合わせ、分析までした上で包み隠さず情報をくれている。お陰で随分帝国に備えやすくなった」
「そういうところは諜報部隊の長ならではだねぇ」
皇帝は身内にすら秘匿している部分も多い。だからあくまで表向きの帝国軍等の戦力に対しては、という話だが、秘匿している戦力があるというのなら王国や辺境伯領だってそうだ。固有魔法の所有者や軍事的な魔法道具等々、表に出せない情報というのはある。
「彼らの情報はありがたいのだが……私が情報に対して感謝の言葉を述べると、ウィリアムの部下達は顔を見合わせておかしな顔をしていてな」
リチャードは痛ましいものを見たというように少し表情を曇らせる。
「ウィリアムとイライザ以外のお偉方からこんな風を言われるのは初めてだと言っていた。生活自体も……敵だったのにこういう扱いをされるとは思っていなかったと言っていたよ」
「あー……そこまでかい」
ロナは目を閉じてかぶりを振った。
「元々帝国に併合された小国の出自の者達だそうだが……私の見立てではいずれも優秀で勇敢な戦士達だ。敬意は払えども、徒に蔑むというのは理解しがたい」
「そういう国さね。戦奴は戦奴。余程並ぶ者のない戦功でも立てなきゃ、一介の兵士の扱いは酷いもんだろう。仮にその代の皇帝の気まぐれで身を立てる事ができても、今度は政争や暗闘が待ってるんだろうさ」
「そうだな……。行動の自由もまだまだ難しい状況ではあるし、特別扱いもできないが……互いに敬意を払える関係でありたいものだ」
リチャードとの面会を経てロナは訓練場にも顔を出す。そこではウィリアムとイライザ、その部下達がトーランドの騎士や兵、魔術師達に混ざる形で鍛錬をしていた。
休憩中の者と友人のように談笑していたりと、関係性が良好であるのは伺える。イライザも魔術師と帝国の魔法技術体系に関する話をしながらお互い実演しあったりと、情報を交換していたようだ。
「これはロナ殿」
ウィリアムがロナに気付いて、敬意を示すように一礼すると、イライザや部下達だけでなく、トーランドの者達もロナに対して敬意を示してくる。
「元気そうで何よりだ。だがまあ、そういう堅苦しいのは好きじゃないんでね。適当にしててくれた方があたしも気楽でいい」
ロナはひらひらと手を振って応じる。ウィリアム達も苦笑して「承知しました」と応じる。イルハインを討伐した直後は普段から気を張っていた印象のウィリアムやイライザであるが、そうやってロナに応じる表情も前より柔らかいものになっているように感じられて、リチャードとの話からしても心配はいらなさそうだとロナは満足そうに頷くのであった。




