第129話 開発と素材採取
更にそれから少しして、防具も出来上がる。
こちらはそれぞれの体格に合わせて若干のゆとりを持たせた、各所にプロテクターを付けた服といった印象だ。
ただ……その素材は全て竜素材である。
「竜鱗を布代わりにするってのは相当だねえ……まあ、あんたじゃなきゃできない作業ではあるか」
ロナは若干呆れたような様子でクレアの作った試作品を手に取って言う。
「動きやすさと防御力を兼ねてと考えると、こういう形になりました」
軽量、薄手。竜鱗を竜殺しの魔法で薄く裂いて無数の繊維状にし、それらを編み上げるようにして一枚の服に仕上げている。裏地は普通の布だ。竜鱗の方がどうしても皮膚より強度が高いので、擦れる事で容易に肌に傷がついてしまうから必要なものではある。
首や腹部等々、急所と成り得る場所に装甲板のように竜鱗そのものが縫い付けられている。人体の稼働域を阻害しないように竜鱗の形を整えてあり、これは人形繰りに絡んでその構造や動き方を熟知しているクレアの手によるものだからと言えるだろう。
「これは良いな。竜鱗だからもう少し硬いのかと思ったが、柔軟でどんな動きをしても邪魔にならない」
早速出来上がったものを普段の装備の下に着込み、普段の特殊な体術を用いた動きや跳躍、側転、バク転といったアクロバティックな動き、それらの動きの中から攻撃に転じる等々……一通りの動きを母屋の近くで試していたグライフであったが、そんな感想を述べた。
ここが守られていると太い血管が傷付かない、この部位に邪魔になるものがあると動きが阻害される等々、防御を固めるべき部位、ゆとりを持たせるべき部位をクレアに伝えたのもグライフだ。
クレアも前世では人形を作るにあたり、人体構造や解剖学を多少調べてはいたから、暗部の知識であるグライフのものと合わさることで、かなり実用的な防具として仕上がる事となった。
「杖も良いわね。普段の魔法と同じぐらいの魔力を込めて、3割増しぐらいには増強されている……かしら。軽くて頑丈で、取り回しも良いわ」
ディアナも出来上がった杖をゴーレム相手に試してきたが、そう感想を述べた。竜骨の杖もまた白く美しいものだった。やはり陽光に翳すと小さな宝石の粉を塗したような細やかな煌めきがあり、磨かれた滑らかな表面と相まって独特の美しさがある。
「信用の置けない相手にはあまり見せない事だね。武器も防具も竜素材のものをここまで精密に加工したなんて話は聞いたことがない。普通に大樹海の遺跡から出土しただとか、どっかの国で国宝扱いされてるだとか、そんなぐらいの品だと思っておいた方が良い」
「竜殺しの魔法があってこそですわね……」
ロナの言葉に神妙な面持ちになって、セレーナは自身の腰に吊るした細剣の柄頭に軽く手を触れる。
「そういう意味でも服の下に着る防具にしたのは正解ね……」
防具に関してはスピカとエルムを含めた竜討伐に参加した者だけでなく、ロナにも杖やローブ、帽子を作っているクレアである。
ロナの装備品に関しては、普段お世話になっているお礼にというクレアの申し出だ。最初は「そういう事に別に気を遣わないでいいんだがね」と固辞していたロナではあったが、ロナはイルハインとの戦いで切り札を切っている。しばらくは力を戻すための期間が必要ということもあって、クレアがその期間のことを心配しているので承諾したという形だ。
他の面々と同じような薄手の防具ではないのは、ロナが若返りを行った際に体格からして肉体的な変化があるからだ。どちらの体格でも支障がないようにということで、竜鱗繊維のローブ等を作っているクレアである。
「後は喉の結晶を使った魔法道具ね」
「鋭い結晶の欠片を生成したり射出するだけなら現時点でもできますが、爆裂結晶と魔封結晶はもう少し研究が必要ですね」
「そういったものを手軽に生成して武器として利用できるというだけでも便利だが……形については融通が利くのだろうか?」
「そうですね。可能だと思います」
投擲に適した形に形成できるなら精密な狙いをつけられるとグライフは語る。それによって離れた位置にいる見張りを無音で倒したり、手足を正確に狙って無力化したりといった手段もとれるようになる。
投げナイフの技術であるが、この辺も暗部の技術として身に着けているグライフである。
「冒険者をしている時はあまり出番のなかった技術ではあるが」
そうグライフは言う。今グライフが使っている武器はそれこそアルヴィレトの国宝級の品だ。投擲するようなものではないし、投げナイフを複数持つと嵩張るというのもあって、あまり使ってこなかったとのことだ。腕前は今も別に鈍っていないようで、手首のスナップだけで離れた位置から正確に小さな的に当てる技術をグライフは実際に見せていた。
「右腕。左足」
グライフがしゃがんだ姿勢から宣言し、ゴーレムに向けてナイフを僅かな動作で投擲すれば、言葉通りの位置に正確に突き刺さる。
「おおー」
クレアが言って少女人形がエルムと共に拍手をすると、グライフは微笑ましそうに目を細めながらも苦笑した。
「そういうのは専門外だが、大した技術だね」
ロナも感心したように頷く。そんな話をしながらも竜素材の武器防具、魔法道具の開発は進められていった。
エルムやスピカも含めた全員分の武器と防具の開発も終わり、少しその扱いも慣れてきたということで、クレア達はドレスの素材を手に入れるために、普段は行かないエリアへと赴く事になったのであった。
大樹海で普段は行かないエリアと言っても、するべきことは変わらない。事前に情報を集め、避けなければならない領域が近くにあるのか。出没する魔物の傾向は、といった内容を調べる。
後は探知魔法と隠蔽結界を用いる。森歩きの術で狩れる相手を狩り、採取できるものを採取するという基本は同じだ。戦うかも知れない魔物が普段とは少し違う、というだけである。
「領域は離れていますし、縄張りにしている魔物自体も……まあ、強いは強いのですが」
クレアは言いながら大樹海を進む。目的の地域――大型の虫魔物が出没するエリアは方位を調べる魔法にセットしてある。その道中で魔物を待ち伏せや奇襲を仕掛ける。
「この方角から来ます。私達には気付いていません。単独行動で低い姿勢。大蜥蜴の魔物」
精神的な切り替えを行ったのか、クレアは静かに言う。
「接近と同時に仕掛けますわ」
「そうですね。その茂みあたりで待ち伏せるのが良さそうです」
クレアは糸のトラップも念のためというように張りながらセレーナに伝える。セレーナも心得たものといった感じで待機をし――。大蜥蜴の魔物が間合いに入った瞬間に魔力を込めた刺突を放った。光の刺突が茂みの向こうに突き刺さり、何か大きなものが小枝を折るような音が聞こえる。
「仕留めました」
茂みの向こうから固有魔法で位置を把握できるセレーナだ。不意打ちで大蜥蜴の眉間を貫き、きっちりと仕留めている。
「なるほど……。多少魔物の質が変化しても真っ向からぶつからないから関係ないというわけね……」
クレア達の大樹海での狩りを初めて見たディアナはその慣れた手並みにそう感想を述べた。グライフもクレア達と行動を共にすることが増えてもう見慣れた光景ではあるが、最初に思ったことは同じなのかディアナの言葉に同意するように静かに頷いていた。
「こういう方法に慣れ過ぎて、油断しないようにとは言われています。上手くいったものを戦闘経験として数えないように、と」
そういう意味でも精神的な切り替えをするというロナの教えは重要なものなのだろうとクレアは思う。
油断も慢心もせず、その時々で成すべきことを成して狩り、戦闘を行う。そういう事ができるようにということだ。
大きな集団と面倒な戦闘になりそうな場合は迂回や待機をし、小規模の集団を狩りながらクレア達は大樹海を目的地に向けて進んでいくのであった。




