第128話 竜牙の細剣
畑の開墾と持ち帰った作物の植え付け、素材保管庫の作成。それからディアナの住環境を整えるために母屋の拡張を経て、ディアナを迎えての新しい生活が始まった。
帰って来たクレア達が最初に手を付けたのは、まず竜素材武器と防具の作成からだ。
セレーナの細剣と、竜鱗を使った全員分の防具の作成である。最初にその辺を作っておけば大樹海に素材を集めに行くにしても、帝国の刺客等を相手取るにしても安心だからだ。
セレーナの確保してきた竜の牙を加工し、細剣を作るということになる。剣として馴染む大きさの牙を削り、刃として研ぐわけだ。
「竜素材の武器や防具は一度作った新しい「形」を、魔法により定義してやる事で魔力補給による再生が可能となっているようです」
「良い特性だな……。竜素材が重宝されるわけだ」
クレアが複写してきたメモの内容から特性を説明すると、グライフが感心するように頷いた。
「勿論、普通に武器防具として優秀であるのは間違いありません。試しに竜の牙を槍の穂先としてみたところ……兵に持たせて突撃させた実験では鉄鎧を着せた木偶に穴を空けた、と記録にあります」
「要するに竜武器相手とした場合、通常のものでは打ち合えない、ということだな」
「剣を交えようにも受けようとした鉄剣ごと……となってしまいますわね……」
その光景を想像したのか、セレーナが神妙な表情で呟く。使う側としてもその辺の情報は把握しておかないといけない。そこまで鋭い武器だと、牽制のつもりが勢い余って命を奪ってしまうということも有り得るし、有効な戦い方も変わってくるだろう。
手加減のいらない魔物相手には今までの感覚通りでも気兼ねなく使えるだろうが、王都で予備の武器を確保して置いて良かったと、保管庫から母屋の居間に持ってきた竜牙を前に話を聞いていたセレーナは思う。
竜鱗に関しては軽くて頑丈だ。部位によって形、曲がり方等が微妙に違うものが混ざってくるため、これらを立体パズルのように切り、繋ぎ、曲げ、重ね合わせることで動きやすさと防御力を兼ね備えた防具を作るつもりでいる。
「個人的には動きが阻害されないような、服の下に着込む形の防具が良いかな」
というグライフの希望に他の面々も乗った形だ。服の下に防御力の高い竜鱗を身に着けられるというのは、相手の油断を誘ったり、攻撃が当たる瞬間に致命傷を与えたと誤認させ、反撃の機会を生み出したりすることができる。
狙うべき場所を誤認させられるという点から、不意打ち、暗殺、遠距離からの狙撃といった手段に対しても効果が高い。
暗部出身で自身も体術を重視している戦闘スタイルのグライフだからそうした防具を希望した形だが、それだけに帝国を相手取ることを想定しているクレア達としても求められている防具と言えた。
ディアナの武器については、竜骨や爪から杖を作るという事になった。竜骨にしろ竜爪にしろ、杖のような魔法の発動体としては非常に相性の良い素材となる。魔法の威力、規模を増強させる事が可能だ。
グライフの場合は予備の武器として牙や爪を用いた短剣類だ。投擲用として使いやすいように細い鎖を繋げるようなものになるだろう。
クレアの場合は魔法と糸があるために基本的には武器を必要としないが、既に作った人形の装備や装甲、これから作る人形用の素材として利用する予定だ。その為、一番竜素材を必要としているのはクレアと言える。
どちらにせよ、人形の強さにも直結してくるため、戦力の大幅な強化が見込める。例えば、ファランクス人形の槍の穂先が竜素材になるだけでも、凶悪なものになるだろう。
素材の加工についても、竜殺しの魔法があるために敷居は通常よりも格段に下がっている。年単位で根気よく研磨し続ける等と言う工程は必要のないものであった。
通常なら同じ竜素材から作った道具で研磨するということで、何となくダイヤモンドの研磨を連想してしまうクレアであった。
ロナとディアナからの指導や支援を受けつつ、クレアは少しの間庵に籠る形で竜素材の加工と使い方の研究に集中することとなった。
セレーナも固有魔法によって魔力の微細な変化を観測してクレアに教えたり、グライフも武器防具の作成に当たって色々とそれらの知識を伝えたり、皆で武器と防具、魔法道具作りを行っていく。
竜殺しの魔法にクレアの固有魔法による加工もあって、竜素材の加工は順調に進んでいった。
その間、クレア達が旅先から持ち帰った土産の中から魚介類を用いての料理も食卓に並んでいたため、街に補給に行かずとも大樹海で手に入る食材や辺境伯領で買ってきた食材と合わせ、食生活は結構豊かなものだった。
「大樹海でこんなに美味しい物を食べられるとは思っていなかったわね……」
「クレア様は料理がお上手なのですわ」
「色々な料理を作ってくれるしな」
「まあ、食材の使い方を色々調べてるのを昔はよく見たね。あたしはあんまり味を気にせず身体や魔力に良ければそれでいいって考えてたんだが、薬効を極力落とさずに味は仕上げてくるんだからまあ、中々のもんさね」
ロナは「くっく」と愉快そうに肩を震わせた。
ロナがそんな風に言って憚らず、味より薬効最優先の薬草スープ等を時折食卓に出すからクレアが大樹海で集めてきた食材で創意工夫することになったというのはある。
「まあ、折角のみんなとの食卓ですからね。時間はありましたので」
前世ではそこまで料理が好きだったというわけではなく、人並みだった。
独り暮らしで経済的にも余裕があったわけではないから自炊はしていたが、人形繰りや人形作りの方に時間と情熱を注ぎ込んでいたからだ。
時短料理なら色々としていたが、料理に時間をかけるよりはその時間で人形繰りの技術を上げると言った方向だ。
ベースになっているのが前世での料理の知識や水準ではあるが、クレアとしての人生での研究の方が影響も大きいというのはあるだろう。
そんな日々が過ぎていき――やがて竜素材の武器と防具が完成する。
「軽いのに魔力を込めると更に切れ味が増す、という印象ですわね。元々重量で戦う武器ではありませんでしたが、扱いには慣れる必要がありそうです。ただ――手には馴染みますわね。重さが丁度良いと言うよりは……そう。魔力を通して握ると身体の延長上になるような感覚があると言いますか……」
というのが、初めて竜牙の細剣を握ったセレーナの感想だ。
陽の光に翳されたそれは、白く光沢のある美しい刃だ。ハンドガードも黒い竜鱗でコーティングされており、握りから柄頭に至るまで竜素材で構成されている。陽に翳すと僅かに宝石のような煌めきがあるのは鉱山竜の特性故か。
使い心地の話をするならば、手には馴染む。ただ、細剣で鉄板に穴を穿つどころか普通に斬撃でも切断できるというのは、斬ったセレーナの方が戸惑うほどだ。
「軽い分、斬撃そのものの速度は上がっている。斬撃や刺突、攻撃を受け止める瞬間瞬間の魔力の込め方と発し方が重要になってくるだろうね」
ロナのアドバイスに頷き、ロナの操るゴーレム相手に軽く模擬戦等もしてみるセレーナである。撃ち込んでくるゴーレムの棍棒に魔力を発して受け止める瞬間に刃を動かせば、あっさりとそれを斬り飛ばしてしまう。
「なるほど……。こういうことですか」
「ま、あんたは目が良いからすぐに使いこなせるだろうさ」
強力だが通常の細剣とはやはり違う部分がある。少なくとも習熟が必要というのは間違いない。
体術や剣術という面で言うなら十分に今まで修得した技術の応用が利くため、攻防共に心強い武器となるだろう。
「使ってみて問題があるようでしたら、できるだけ調整しますのですぐ言って下さいね」
「わかりました。こうしてクレア様が作って下さったものですから。私も特性に慣れて使いこなして見せますわ……!」
クレアの言葉に笑顔になりながらも気合を入れているセレーナである。
竜骨の杖や防具についてもそれぞれのものが順次出来上がるだろう。喉の結晶を用いた魔法道具はまだ開発中ではあるが、これも形にできそうという手応えがクレアにはあった。




