第101話 湖の浄化のために
「み、湖に入れたのは魔法の薬だ……。毒ではない……」
ダドリーが言う。湖に広がる靄から妙な魔力を感じたというクレアやセレーナの言葉とも合致する言葉ではあるだろう。
「毒ではない。では、何の薬だと?」
「竜の心を奪い、飲ませた者の操り人形になる……というものだ。人間には強すぎて死に至るものだが、竜程強い魔物ならば死にはしないはずだ。竜を上手く使って少し暴れさせれば……セレーナも呼び寄せられる。そこを私の手腕で上手く事態を収めれば国における我が家の名も上がるし縁談も前に進む……」
「……なるほどな」
グライフはダドリーから話を聞いて溜息を吐いた。
薬を混入させたことが嘘を言っていないという前提なら、目的は確かに毒を盛る事ではない。人にとっては同じ事だから、水源の汚染という点では変わりないが。
言う事を聞かせるという話なら隷属の輪もあるが、これは彼我の力量差が開き過ぎていると効力を発揮しない。力量差というと曖昧だが、魔力だけでなく生命力であるとか、総合的なものだ。例えば人が竜相手に隷属の輪を嵌めたとしても、まずかからない。
だから魔物相手に隷属の輪を使うにしてもその辺りを見極められるような知識や使用者自身の能力が必要になってくる。
冒険者に魔物使いという特化したような区分があるのは、魔物の世話をするからというだけではないのだ。
「そうか。人に任せずお前自身がここに来たのは、自分が竜に飲ませるという条件を満たすためか」
「……そう、だ。だが、わ、私は悪くない! 竜が排除されれば多くの者が助かるではないか……! 湖だって……そ、そうだ! 竜に破壊させる予定だったのだ! な、何より竜の問題が解決すれば王国の役に立つだろうが……!」
「……竜を怒らせるだけの結果に終わって、汚染された湖が残ったがな」
第一、それで騒動を起こそうとしていたというのも気に食わない話だとグライフは思う。取ってつけたように打開策を口にするあたりも、湖の後始末についても場当たり的な考えだったのだろう。
そのやり取りを、クレア達は糸で聞いていた。他の男達の応急処置と拘束を進めながらも話をする。
「……どう思いますか?」
「同様の薬は聞いたことがないわね。広い視野で見るなら人に使えるようなものでなくて良かったというべきなのでしょうけれど。毒であることには変わりはないから、後は魔法絡みの薬の後始末になるわね」
「ダドリーの家の伝手で開発したか、どこからか入手したもの、という可能性はありますわね……。ただ……彼の家はそういう魔法絡みの品を扱う商人ではなく、宝石や装飾品を扱う商家だったはずです」
それで貴族達の覚えがめでたくなり、ダドリーが役人になったという経緯がある。
「……薬の入手経緯は?」
クレア達の会話もまた、グライフの耳元に届いている。グライフがそう訊ねると、ダドリーの視線が泳ぐ。
「他にも後ろ暗い事がありそうだな? 特殊な薬であるなら、出所を調べればわかる事だ」
グライフの言葉に、ダドリーの顔色はますます悪くなる。
「王城……。ダドリーは商家の出身である事を買われ、王城の倉庫……確かそう、騎士団の押収品の帳簿管理を任されていたと」
離れた位置でセレーナが言うと、グライフは少し思案した後で口を開く。
「セレーナ嬢から聞いているが……王都では押収品倉庫の帳簿管理を任されているそうだな?」
ダドリーが表情をしかめて脂汗を流しているのは、骨折の痛みがあるからというだけではないだろう。
押収品の倉庫となれば薬の効果についても聴取されて帳簿に記されているのかも知れない。
「騎士団が押収していた特殊な薬というわけですわね」
「ああ。もしかして、帝国の諜報員絡みの品だったりして……」
クレアはグライフの言いたい事を汲んで少女人形がぽんと手を打って言った。セレーナも「ああ……」と声を漏らす。ありそうな話だと納得してしまったのだ。
ロシュタッド王国では辺境伯からの報告を受けた騎士団が諜報員達を取り押さえに動いていた。
押収品等の証拠が収められた倉庫からダドリーが横領したのではというのは筋としては通るし、その辺の話が本当に邪推であったならばダドリーの反応もまた違っていただろう。グライフももう聞くことはないとばかりに、背を向ける。
「他にするべきことがある。しばらくそこで大人しくしているんだな」
「ま、待ってくれ! 私を助けてくれるのなら金は幾らでも払う……! この場を見逃してくれるだけでも良いのだ!」
その背中にダドリーは声をかけるが、グライフは振り向くことなく言った。
「もう黙っていろ。お前と話していると腹立たしい」
そうしてまだ喚いているダドリーを置いて、クレア達のところへ戻ってくる。
「後は伯爵や王国に引き渡せば事足りるだろうと思うのだが、どうかな」
「ありがとうございます、グライフさん。嫌な役回りをさせてしまいました」
クレアが人形を介さずに言う。ダドリーとの最後の会話を受けてのものだろうが……グライフは静かに笑って応じた。
「あの男にはああ言ったが、引き渡すには十分だと思ったからだ。ああいう場面での迅速な情報収集は俺本来の役割でもあるから、適材適所だろう」
「それでも、当たり前のように受け取るのは違うと思いますから」
「――そう、か。それなら俺からも礼を言っておく」
グライフの言葉にクレアも微笑んで応じる。そんな二人の様子にディアナも頷いていた。王族として正しいと感じられるものだったからだ。
「本当に……ご迷惑をおかけしますわ……」
「それこそ、セレーナ嬢に責任はないだろう」
「そうですね。私欲で馬鹿な事をした人がいただけです」
申し訳なさそうなセレーナに二人も答える。
セレーナとしては自分達の対応が違っていたら……というところもあるのかも知れないが、伯爵家との関係がどうであれダドリーは竜に対して同じ事をしていた可能性とてある。
「一応、他の者達にも口裏を合わせる機会を与えない内にダドリーの言葉の裏付けを取っておこう」
「わかりました。では……そちらはグライフさんに引き続きお願いします。私達は他の後始末……湖の対処や竜の回収を進めておきますね」
「各々のすべきことを、ですわね」
どちらも大事な話だ。ただ、湖の浄化に関しては解決する必要のある事だが、竜の回収に関しては喜ばしい話と言えるだろう。
そうしてそれぞれが動く。
湖の毒の種類や効果についてはある程度のことは分かった。後は拡散してしまう前に対処をする必要がある。
「よく見ると……魔力の濃い部分がありますわね」
ダドリー達の監視も竜の乱入もなくなり、落ち着いて観察できるからそのあたりも見て取る事ができる。汚染されてしまったという事もあり、湖にいた生物にも影響が出ている。その光景にクレア達は少し眉をひそめた。
「湖全体を汚染するためにあの辺に投げ込んだわけですか。では――」
クレアも探知魔法で微細な魔力の濃淡を感じ取ったのか、湖の中へと糸を伸ばす。糸の先から発動させるのは氷の魔法だ。湖の一角――魔力の濃い部分をブロック状に凍らせ、羽根の呪いで軽量化して引き上げると、今度は小人化の呪いで小さくしてしまう。
「なるほど……。浄化することを考えていたけれど、まず濃い部分を直接除去してしまう、というわけね」
ディアナが感心したように言う。
「はい。これで……どうでしょうか?」
「さっきよりは大分薄れましたわね」
「良さそうですね。同じ要領で何度か濃そうな部分を除去して、その上で広まった箇所に魔法的な対処を考えてみましょう」
「水を浄化する魔法ならあるわ。飲み水を作るためのものだけれど、魔法の薬なら魔法による寓意で対処できそうな気がするし……氷の塊に試してみるわね」
それぞれが動く。クレアが氷の塊をいくつか湖から切りだし、目に付く魔力反応を物理的に除去。そして氷自体にディアナが浄化の魔法を用いると――。
「……いけそうね」
魔力反応を探ったディアナが頷く。浄化の魔法はしっかりと効果を発揮していた。その結果にクレア達は安堵して頷き合う。汚染によって既に出てしまった影響は仕方ないにしても、これ以上被害が広がるのは防げそうだ。後に長引かないというのは喜ばしいことであった。




