月夜の宝石・快盗スコーピオンは女騎士には捕まらない
冒険者ギルドの依頼掲載ボード。
様々な依頼が毎日更新されるそこに、また新たな張り紙が追加された。
「おい、知っているか? また快盗スコーピオンが現れたらしいぞ」
「今回は厳重警備の侯爵家で宝石を盗んだらしいな。でっかいサファイアの周りには何人もの雇われ用兵が居たらしいが、ことごとく眠らされて倒れていたとか」
「なるほど、さすがサソリだな。手口が鮮やか過ぎて未だ誰も捕まえる事が出来ないんだもんなー。一体、正体は何処の誰なんだろうな、快盗スコーピオン」
手配書を追加したギルド職員は口の端を上げて微笑んだ。
今や毎日のように各国の被害者貴族からの手配書が賞金付きで上げられる。生死さえ問わないとやっきになって探す被害者貴族達の怒りは相当なものだった。
そんな被害者達をあざ笑うかのように獲物を狩り続ける快盗……空が群青色に染まる月夜、宝石は星……そしてそれを華麗に狙う様は正にサソリのようだと言われ、いつからか蠍座と呼ばれるようになったのだ。
「何がスコーピオンだ!! こんなヤツ、私がとっ捕まえてくれるわ!!」
貼り終えた真新しい紙をグシャグシャと破り捨てる女騎士が1人。
丸めた紙を踏んづけて抜いた剣で串刺しにするも怒りが収まらないのかぜーぜーと肩を上下させている。
「あの……」
「何だ?!」
「いや、それ貼り出したばかりなので廃棄しないで欲しいんですが……」
ギルド職員の悲しげな訴えに、女騎士はふふんと胸を張った。
「それならば問題ない! このコソ泥は私が、有能にしてエリートな女騎士リゲルが捕まえるからな!! この賞金付き手配書は不要だ」
「いや……そういう問題じゃ……」
この女騎士のリゲルは正義感が人一倍強く、オリオン座の一等星の名前を自身が持つのも運命と豪語して神話の狩人のように蠍を討つと、鼻息荒くいつもスコーピオンを追いかけているのだ。
尚、神話のオリオンは蠍に刺されて死んでいるのはリゲル以外知っている。
「大変だ!! またスコーピオンの予告状が届いたらしいぞ!!」
「今度は悪名高い大商人の屋敷に忍び込むらしいな」
「金にものを言わせて傭兵を沢山集めているとか……今回はかのスコーピオンでも難しいんじゃないか?」
口々に噂するギルドの男達を尻目に、リゲルはくっくっくと自信満々に笑った。
「安心なさい。この私、優秀な女騎士リゲル・アルゲバルが今日こそあのサソリ野郎の尻尾掴んでくれるわ!! ふっふっふっふっふ!!!」
豪快に笑う女騎士リゲル。リゲルは美女である。見た目は。
だがこの、何かそこはかとなく漂う残念さ? が皆にため息を吐かせるのだ……
そうやって笑うのを昨日も一昨日も皆は見ていた。尚、サソリの尻尾には毒があるのだが大丈夫かと、皆が心配になった。
分厚い眼鏡をかけたギルド職員の男も、リゲルの豪快な笑い声を聞いて首を傾げて考え込んだ。
★★★
夜の帳が下りる頃、快盗スコーピオンの働きは始まる。
スコーピオンの日課はこうだ。
まず、獲物を捕らえに行く前に身支度を整える。姿見に映る自身の姿……月影に揺れるサソリは質素な昼間の姿と違ってクールでスマート、サディスティックな笑みが似合う男でなくてはならない。
自宅の窓を足で蹴り、夜の空を駆ける。そして、目的の場所……に行く前に寄らなくてはいけない場所があるのだ。
「おーい、コラ。寝るな。お前、スコーピオンを捕まえに行くんじゃなかったのかよ」
「んが……はっ?!」
何故か夕食を食べて直ぐに眠くなってしまうリゲル。昼寝ならぬ夕寝をぶっこいてしまった寝ぼすけ女騎士をはたいて起こし、慌ててベットから転げ落ちるのを隠れ見るのももう見慣れたものである。
「いっけなーい!! 遅刻遅刻ーーー!!!!」
と、階段を慌てて下りた為途中でつまずき、転がって消えて行く声……恐らく直ぐには着かないだろうからと少し時間に余裕を持たせる。
リゲルの部屋をぐるりと見渡し、交友関係も昨日と変わりない事を確認してから再び窓の外に飛び出た。
「遅い……まだ来ないのか……予告時間はとっくに過ぎているんだぞ……」
快盗の獲物とされる宝石が待つその場所では、悪役っぷりが顔によく現れた商人が怒りを押し殺して待っていた。
自身の横には妖精が中に眠るダイヤ。宝石としての価値も、魔術具としての価値も値が付けられない程の物……
絶対に渡すわけにはいかないという商人の心は、周りを取り囲む人相の悪い傭兵軍団からよく見て取れた。
そこに勢いよく扉を開けて現れる女騎士。
「お待たせ致しましたーー! このエリート女騎士リゲルが来たからには絶対に快盗なんかに入り込ませはしませぬー!!」
「げっ?! き、騎士?! 誰だ、騎士を呼んだのは!」
「え……? あの、私は蠍男専門ですからして、奴の現れる所には大体いるのだが……」
「はぁー?! きっ、騎士の手は借りなくても大丈夫ですからに、ほれ、このように屈強な男達が守っておりますのでー!」
「いや、ですから……」
商人とリゲルがそんな問答をしていた時だった。
窓がバリンと砕け、粉々に割れたガラスの破片が部屋中を舞う。
「うっ――」
風に舞うような破片を防ごうと目を瞑ったリゲルの前にバサリとマントが下りた。
シルクハットと仮面、青く揺れる三つ編み……何度も目に焼き付けたから覚えている。その姿を目に入れたリゲルは、かーっと頭に血が上った。
「今夜も月のように綺麗だな、女騎士サマ」
「きっ、貴様、スコーピオンーーーー!」
リゲルが剣を抜いて一閃しようとしたのを、ひらりと飛んでかわし商人の頭の上にすとんと立った。
「な、な、な、こ、こいつを捕まえろーーー!!」
叫ぶ商人の頭に周りの傭兵達が突撃するも、それらを嘲笑うように避ける。波のように襲い掛かる傭兵に商人は押しつぶされていった。
「ハン、捕まるかってーの。バーカ、ハーゲ」
未だ残る傭兵軍団の手をするりと交わしながら、スコーピオンはダイヤの元へとたどり着いた。
「貴様、それをどうする気だ!」
剣を突きつけるリゲルを前に、スコーピオンは不適な笑みを浮かべた。
「どうするもこうするも……女騎士様はこれが何か知ってんのか?」
「は? ただの宝石じゃ――」
リゲルは快盗が手にしようとしているダイヤの輝きの中に妖精が眠るのを見つけ、目を見開いた。
宝石の中に妖精が眠るなんて、そんな天然鉱石は有り得ないのだ。
妖精を魔術具で捕獲し、その力を使うか鑑賞の為に利用するか……凡そ法で認められた方法では無い道理に外れた行為。
「き……貴様、何でこんなものを……」
「ち、違いますぅー! 騎士様、誤解、誤解なんですーーー!」
必死で弁明しようとする商人の面は滑稽だった。満足したように嗤ったスコーピオンは妖精の眠るダイヤに短剣をぶっ刺す。
「な、何を――」
リゲルが顔を顰めたのも一瞬……ダイヤから眩しい光が放たれ、辺りが見えなくなった。
「ど、どこだ?! スコーピオン!!!」
光の妖精が飛び出して行くような感覚を感じ、目も開けられぬその中で必死に手を伸ばすリゲル。
その手を取る感触がしたと思ったら、手の甲に柔らかいものが触れたような気がした。
「っ――!!!」
慌てて手を引っ込めたと同時に光が消え、ダイヤも、スコーピオンの姿も無くなっていた。
「なっ、ど、何処だスコーピオン!!!!」
叫びながら周りを振り返れば、気絶している傭兵の山の上……縛られた商人のハゲ頭には張り紙がされていた。
『いたいけな妖精に悪さをするハゲに毒針を。快盗スコーピオン』
ハゲ頭から紙を引っぺがし、プルプルと怒りに震えるリゲルは割れた窓から月夜に向かって叫んだ。
「くそーー! また逃げられたーーーー!!!!」
★★★
「なぁ、聞いたか? 例の商人、妖精を宝石に閉じ込めて売っていたらしいぞ」
「騎士団にしょっぴかれたらしいなぁ。不法行為って知っててやってんだからなぁ……ああいう輩はどんどん逮捕されて欲しいわぁ」
翌日、ギルド内はまたしてもスコーピオンの話題で持ちきりだった。
青い夜を駆けるサソリはまたしても鮮やかに宝石を盗んで行ったのだ。その賑やかな噂話を分厚い眼鏡で横目に見ながら、ギルド職員の男は新しい張り紙を掲示板に貼る。
やっきになって探し回る悪徳貴族からの懸賞金も、毎日値段が釣りあがって行く。それを職員は口の端を上げて確認していた。
と、やはり横から真新しい紙を破り捨てる華奢な女性の手。
「スコーピオンーーーーー!」
プルプルと震えるリゲルは怒りの形相だった。恐らく昨晩何か嫌なことがあったのだろうと、ギルド職員は噴出しそうになった。
「それにしても、こんな凄い快盗にも盗めないもんってあるんかねー」
「いや、無いだろ。どんな厳重な守りだって突破しちゃうくらいだからなー」
後で噂する声にリゲルの怒りは限界に達し、爆発するように叫んだ。
「だあーーー! 盗めないもの?! あるわ!! それは……私の根性だ! 諦めん、貴様をとっ捕まえるまではぜーったいに諦めんからな!!! はーっはっはっはっは!!」
豪快に笑うリゲルに、ギルド職員の男は顎に手をあて首を傾げた。
「まぁ……当たらずとも遠からずなんだけど。その前にご飯食べた後寝るのいい加減やめてくんない……」
「ん……?」
聞こえたか聞こえないのか、リゲルがきょろきょろと周りを振り返るのを確認して、ギルド職員の男は業務に戻った。
貼り出す内容、貼り出されない内容……凡そ冒険者や傭兵達に解決出来なさそうな依頼を間引きながら。