ひよこ、家族旅行に出かける
「ヒヨコ、準備はできたか?」
「うん!」
人型になって着替えを終えた私は、ひよこ型のリュックを背負って魔王のもとへと向かった。
てててっと魔王の足元に向かうと、ポンポンと頭を撫でられる。
魔王も今日はプライベートだからか、いつもよりもラフな服装をしている。シンプルなシャツとスラックス姿の上にジャケットを羽織っている。
普段は割とかっちりした服装をしている魔王だから、私服らしい装いなのは新鮮だ。
魔王が見慣れない姿をしているから、ぽへーっとした顔で魔王を見上げて固まる。
「ん? どうしたヒヨコ。抱っこか?」
「ん~」
なんと答えたもんかなぁと微妙な返事をすると、魔王が私を片腕に抱き上げた。抱っこしてだと解釈したらしい。
よいしょっと魔王の首に腕を回す。
「忘れ物はないな」
「うん」
昨日魔王と一緒に準備したからね。ウサギのぬいぐるみもしっかりリュックに入ってるよ。
初の家族旅行にわっくわくの私だけど、何も楽しみにしているのは私だけではない。
「……まおー、もしかしてうかれてる?」
「分かるか?」
私にむけてニヤリと口角を上げる魔王は、今日は朝から分かりやすいくらい上機嫌だった。分かりやすく鼻歌を歌ったりはしないけど、纏う雰囲気がいつもよりも明るいのだ。
ふふん、ずっと一緒にいると魔王のご機嫌も分かるようになるのだ。なんてったって娘ですから。
だけど、ここには魔王以上に上機嫌な人が―――
「二人とも準備はできた~!?」
バンッと扉を開けて父様が部屋に入ってくる。
「……デュセルバート様……」
「とうさま、なにそのかっこう」
ツカツカと歩いてくる父様は、紺色ベースの花柄のシャツに白い七分丈のズボンという大変愉快な服装をしていた。しかも、その瞳は薄紫色のレンズのサングラスが覆っている。
「とうさま、ゆかいなかっこうだね」
「そうだろう?」
得意気にその場でクルリと回る父様。
「ヒヨコも父様とおそろいの服着る?」
「う~ん、それはえんりょしとく」
ヒヨコは魔王が選んでくれたかわいいワンピースを着てるので。父様の服はあんまりかわいくない。
「……デュセルバート様、さすがにその恰好は……まあいいか」
あ、魔王が諦めた。
「じゃあそろそろ出発しようか。表で白虎も待ってるよ」
「は~い」
玄関をくぐって外に出ると、白虎さんが既に待機していた。
くぁ~っとあくびをしていた白虎さんは、父様を見るとあくびのために開けた口をそのままにして固まる。
「……デュセルバート様、その服装は……」
「イカしてるでしょ。バカンスの時はこういう恰好をするんだって」
「誰ですか貴方にそんなこと教えたやつ。ちょっとぶっ飛ばしてくるんで教えてください」
「あっはっは、割と偉めのじいだけど大丈夫?」
「あっ、止めておきます」
一気に勢いをなくす白虎さん。賢明な判断だと思う。父様の言う偉めのじじいって多分かなり偉い人だもんね。
父様も冗談で言われたことだというのは百も承知で乗ったんだろう。
「でも、とうさまはどうしてそんなにうかれてるの? いままでりょこうなんて、いっぱいいったでしょ?」
そう聞くと、父様は笑みを深めて私を抱き上げた。
「そりゃあ色んな所に行ったけど、我にとっても家族旅行は初めてだからね。ふふ、これだけ生きていると大抵のことは経験してしまうからね、新鮮味のあることなんてないのさ。だから、初の家族旅行なんて楽しみで仕方がないよ」
サングラスをずらし、コツンと私のおでこと自分のおでこを合わせる父様。
「……でも、さすがにそのふくそうはやめたほうがいいと思う」
「おや、手厳しいね。そんなに駄目かな、この服……」
「だめじゃないけど、いつものおしゃれなとうさまがいい」
「ふふ、うちの娘は嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ向こうに着いたら着替えるよ」
ニコニコと笑いながら、私を抱っこしたまま白虎さんの横を通り過ぎていく父様。そしてそのままどこかに歩いていく。
「?」
「ん? どうしたのヒヨコ」
「びゃっこさんにのっていくんじゃないの?」
「何ナチュラルに俺のことを乗り物扱いしてんだこのひよこ」
白虎さんのジト目が私に突き刺さる。
「あっはっは、ヒヨコってば白虎に乗って行くつもりだったの?」
「うん。ちょっとたのしみにしてた」
「そうかそうか。まあ、白虎に乗せてもらってもよかったんだけど、今回は旅行らしく馬車を用意したからそっちに乗ってくれると嬉しいなぁ」
「おお」
馬車か、魔界の馬車ってどんな感じなんだろう。人界とは何か違うのかなぁ。
のんびり馬車の旅をするのは初めてだなぁと思いながら父様に身を任せていると、馬車らしきものが見えてきた。
「おお! ……おぉ……?」
馬車本体はいい。とても大きいし、意匠も素晴らしい。まさに高貴な人用の馬車って感じだ。
問題は、馬車を引く馬の方だった。
馬車の前には、二頭の馬が待機していた。
「ブーッ、ブーッ、グルルルルル」
「……」
それは、確かにフォルムは馬だった。だけど鼻息が異様に荒いし、鳴き声がおかしい。馬なら普通ヒヒーンじゃないの?
その馬は、全身が真っ黒な毛に覆われていて、額からは一本の立派な角が生えている。しかも、全身がかなりの筋肉質で、頭の位置が馬車の屋根と同じくらいのところにある巨体だ。
これを馬と言っていいのかどうか、私には分からない。
「とうさま、これ、まかいではふつうのうまなの?」
「今回我らを運ぶにあたって、魔界馬の中でも特にやる気のある子達を集めたらしいよ」
「やるき……」
父様の腕の中から馬を見上げると、二頭の馬はキラーンと白い歯を見せて笑ってくれた。
イケ馬だ……!
「ほわああああああ!」
「どうしたの、急に興奮して」
「とうさま、うま! うまにさわりたい!」
「え~?」
困り顔になる父様。
「白虎、あの子達には触っても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。一際やる気のある奴らを集めてきましたんで」
どの辺が大丈夫なのかはいまいち伝わってこなかったけど、とにかく大丈夫らしい。
父様に抱っこされたまま、恐る恐る馬の顔に手を伸ばす。
「ブルルル」
そろりと手を伸ばすと、馬が目を瞑って私の手に頭を擦り付けた。
「おお……!」
毛は硬いけど、その硬い毛越しに温もりを感じる。
「うま、かわいいねぇ」
「ブルルルル」
「ブーッ!!」
一頭の頭を撫でていたら、もう一頭が不満げに鳴き声を上げた。どうしたどうした。
「こっちの子もヒヨコに撫でてほしいんじゃない?」
「そうなの?」
「ブルルルル」
コクコクと頷く馬。頭を上下に振るたびに角の先端がこちらを掠めそうなるからヒヤヒヤするね。
こちらの子もよしよしと撫でてあげると、嬉しそうに目を細めていた。
「にとうとも、きょうはよろしくね」
「「ブルルルル」」
私の言葉に反応し、その場で足踏みをする二頭。うん、やる気満々だ。
そして、私達三人は荷物とともに馬車に乗り込んだ。白虎さんは自分で走っていくらしい。元気だね。
ちなみに、このお馬さん達は賢いので御者はいらないらしい。なので今回も御者はついていない。
「じゃあヒヨコ、馬達に出発の号令をかけてあげて」
「は~い」
馬車前方の窓からひょっこりと顔を出し。元気よく右腕を頭上に突き上げる。
「おうまさんたち、しゅっぱ~つ!!」
「「ブルルルル!!!」」
嘶いたお馬さん達は、力強く地面を蹴った。
そして、バビュンと音が聞こえてきそうな程のスピードで馬車が出発する。
窓から外を見ると、残像が見えそうな速さで景色が過ぎ去っていった。
「わぁ、まかいのばしゃって、はやいんだねぇ」
「……これは……」
「ちょっと速すぎだねぇ……」
魔王の言葉を父様が継ぐ。
「ヒヨコがかわいいからあの子達も張り切っちゃったんだねぇ」
とんでもないスピードで走る馬車の中で、父様がのんびりと言った。
ちなみに、その後追いついた白虎さんに怒られたお馬さん達は普通の速さで走ってくれるようになりました。
私的には速いのも楽しくてよかったけどね。





