ひよこ、白虎さんを甘やかしたい
食事を終えると、白虎さんは食休みのために伏せの体勢になった。大きい前足を胸毛の下にもさっと仕舞ってるのがかわいくて、無意識に白虎さんに体が寄っていく。
そして、前足と胸毛の中にある僅かなスペースに自分の体を滑り込ませた。
ふわふわ、あったかい……。
ヒヨコ、小さくてよかった。このためにひよこになってんだね。
伏せをする白虎さんの胸毛に埋もれてうっとりする。
「ごくらくじょうど……」
「ヒヨコお前よくそんな言葉知ってるな。こんな小さいのに」
偉いぞ~と白虎さんが私の毛繕いをしようと舌を伸ばして……途中で止めた。
「危ねぇ危ねぇ、また思いっ切り毛繕いするところだった。ヒヨコは手加減しないといつの間にか口の中に入ってくるからな」
「びゃっこさんのべろ、ざらざらなんだもん」
ヒヨコのふわ毛が白虎さんの舌に引っかかって口の中にインしちゃう。
思いっ切り舐めようとしたのを途中で止めたからか、白虎さんの口からピンクの舌がちょこんと出てるのがまぬけかわいい。
じっと見ていると、そのピンクが降りてきて私の頭を優しく、慎重に舐めた。
私も目を瞑り、うっとりとそれを受け入れる。
「こんなちっせぇのにしっかり生きてんだもんなぁ。俺ぁ不思議でしょうがないぜ」
白虎さんからしたらほとんどの人が小さいでしょ。
「……まあ、陛下やデュセルバート様が溺愛するのも分かる気がするな」
「うちの子のかわいさは世界一だからね」
父様が白虎さんに向けてドヤ顔をする。そして、ふと何かを思い出したように宙を見た。
「そういえば白虎の幼少期も中々かわいかったねぇ。ぬいぐるみみたいだったし、我も何回か哺乳瓶でミルクをあげたものだよ」
小さい白虎さんを思い出しているのか、懐かし気な表情になる父様。
父様が白虎さんの幼少期を知ってるのってなんか不思議だけど、そりゃそうだよね。見た目は若くても父様はほぼ永久の時を生きる神様なんだし。
白虎さんはあんまり小さい頃を思い出したくないのか、父様から視線を逸らしている。
「びゃっこさん、じぶんのちいさいころ、いやなの?」
「嫌というか、強くもかっこよくもないし、自分がミルクをもらってる時の話なんて普通に恥ずかしいだろ。……って、ヒヨコにはまだ分からないか」
「うん」
ぴよっと頷く。
ヒヨコってば幼少期真っ只中ですから。
「まあ甘えられるのはチビの特権だからな、小さい時に思う存分甘えとくといいぞ」
モゾモゾと伏せの体勢を直しながら白虎さんが言う。
もちろんヒヨコは思う存分甘えてるけど……。
「……びゃっこさん、びゃっこさんもあまえたいんだね」
「は?」
「うんうん、そうだよね。おおきくなってもあまえたい時くらいあるよね。まかせて、ヒヨコがびゃっこさんあまやかしてあげる」
白虎さんの腕の中からモゾモゾと這い出て、ぴょこんっと飛び出た。
「こんどはヒヨコがけづくろいしてあげるね」
ぴぴぴっと走って白虎さんの体の上によじ登る。
「あ、何してるヒヨコ……!」
「ヒヨコ、びゃっこさんのおせわする」
「だから俺は甘えたくなんかねぇって! 一体俺が何百年生きてると思ってんだ……!!」
白虎さんが何か言ってるけどスルーだ。だってきっと照れ隠しだもん。
うんうん、何百年も生きてたら甘えたいって言うのも恥ずかしいよね。
ピコピコと白虎さんの毛をかき分けて進んでいく私を、父様は微笑まし気に見守っている。
「あはは」
「デュセルバート様、笑ってる場合じゃないですよ。ヒヨコを止めてくれませんか?」
「まあまあ、何も悪いことをしようとしてるんじゃないんだから一先ずヒヨコの好きにさせてやってよ」
のほほんと笑う父様。
父様と白虎さんが話している間に、私は伏せをする白虎さんの頭の上に到達した。白虎さんの体は大きいからそれだけでもちょっと達成感がある。
「ぴぃ」
ふぅ、と右羽で額を拭う真似をする。全然汗なんかかいてないけど。なんとなく、気分だ。
「……何をする気なんだ?」
足元から怪訝そうな白虎さんの声が聞こえてくる。
失礼な、ヒヨコは白虎さんを甘やかしてあげようとしてるだけなのに。
そんなことを思いながら私は小さな嘴で白虎さんの毛をはむっと咥える。ひよこ流の毛繕いだ。
「ん? 何してんだ? くすぐっ……たくはないな。気持ちいいが……」
うんうん、癒しの魔法を使いながら毛繕いをしてるからマッサージされてるみたいに気持ちいいはずだ。
「ふふ、ヒヨコは白虎の毛繕いをしてあげてるんだよ。いい子だねぇ」
ふよふよと宙に浮いている父様の人差し指でよしよしと頭を撫でられる。
「これ毛繕いなんですか。毛で遊ばれてるのかと思いましたけど」
「しつれいな」
遊ぶならもっと大胆にやるよ。
見てろよ白虎さん、ヒヨコの超絶毛繕いテクニックで白虎さんの喉をゴロゴロ言わせてやるから。
―――数分後。
ゴロゴロゴロ
地響きのような音が仰向けになっている白虎さんの喉から聞こえる。
そう、ヒヨコの毛繕いが気持ち良すぎて、白虎さんは喉を鳴らしたまま寝てしまったのだ。寝たままお腹を見せてくるから、お腹をやってほしいのかと思って今は白虎さんの腹毛を毛繕いしている。
「ふふ、懐かしい。こいつが子虎の頃はよくこうやってお腹を出して寝てたなぁ。フワフワのお腹を我もよく撫でてあげたものだよ。図体は大分大きくなったけど、まだまだ甘えたかったのかなぁ」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら寝ている白虎さんを見て、父様はそう呟いていた。
後日。
真面目な顔の白虎さんから相談を持ち掛けられた。
「最近、デュセルバート様からやけに頭を撫でられるんだが」
「……それは、よくないことなの?」
「いや、別によくないことはないんだが……威厳がなぁ……」
珍しく煮え切らない白虎さん。
「じゃあやめてほしいの?」
「そ、そういうわけじゃない」
「……じつはうれしい?」
「……嬉しい……」
そう言う白虎さんのまあるい耳は、嬉しそうにピコピコと揺れていた。
なるほど、ちょっと照れ臭いけど父様に頭を撫でられるのは嬉しいんだね。
―――ヒヨコ、意外といい仕事したんじゃないかな。





