クッキーを食べるひよこ
コンコンと魔王の執務室の扉が開かれた。
「入るぜ~。お、ひよこいるな」
「ぴ?」
魔王によるお小言が終わった後、ドラゴンさんがやってきた。
「ははは、この扉随分かわいい穴が開いてんなぁ」
先程私が開けた穴を見てドラゴンさんが笑う。それ話題に出すの止めてよ。また魔王の小言が始まったらどうするの。
「なんの用だ?」
魔王がドラゴンさんに問いかける。
「ひよこにおつかいできたご褒美あげに来たんすよ。こんなちびっちぇ~のにしっかりおつかいができるなんてたいしたもんだ」
「ぴぴっ」
ドラゴンさんは私を手のひらに乗せ、片方の手の人差し指で頭をうりうりしてくれた。
「ぴ?」
ドラゴンさんの持っている手提げからなにやらいい匂いがする。なんだろ。
鼻をひくつかせる私にドラゴンさんが気付いた。
「お、これが気になるか。お目が高いひよこだ」
ドラゴンさんは私を一旦机の上に置いた。そして、これはお前に持ってきたんだぞ~と手提げに入っていた包みを開封していく。
「ぴぃ?」
「かわいいだろ。あ、陛下もよかったらどうぞ」
「もらおう」
ドラゴンさんが持ってきたのはひよこの形をしたクッキーだった。結構私に似てるかもしれない。ひよこに個体差なんてあんまりないから当たり前かもしれないけど。
ドラゴンさんは勝手知ったる様子で棚からお皿を取り出し、クッキーをその上に盛り付けていった。意外に几帳面というかなんというか……。
「ひよこのご褒美に持ってきたんだから遠慮せずにいっぱい食えよ~」
「ぴ」
香ばしい匂いを漂わせるクッキーに齧りつこうとしたけど、そのまま食べるにはちょっと大きかった。
嘴でクッキーを動かすばかりで中々食べない私を見て魔王が首を傾げる。
「? ああ、そのままだと食べ辛いか。割ってやるからちょっと待て」
「……」
そう言って魔王はひよこのクッキーを一つ手に取り、真っ二つに割った。私はついついその様子を見詰めてしまう。
……なんか……なんか……。
「何を複雑そうな顔をしているんだ? ……あ」
魔王も私が微妙な気持ちになっている原因に気付いたようだ。その手には真っ二つになったひよこ(クッキー)。
うん、魔王が私そっくりのひよこクッキーを真っ二つにしてる光景はちょっぴり悲しさの混じったなんか複雑な気持ちになる。
私の悲し気な視線と魔王の視線が交わる。
「――クッ、我にはもうこれ以上このひよこ(クッキー)を割くことはできん! 我の代わりに割ってくれ!」
「ああ。えっと、なんか二人とも悪かったな……」
ちょっと気まずそうな顔になったドラゴンさんがクッキーを割って私の食べやすいサイズにしてくれた。
「ほら、このサイズなら食えるか?」
「ぴ!」
私はドラゴンさんに返事をしてクッキーの小さな破片を食べた。うん、おいしい。
「ぴぴ!」
「ん? うまかったのか? そうかそうか」
ドラゴンさんが二カッと笑って頭を撫でてくれる。
「――ただいま戻りました……って、なんでいるんですかオルビス」
「あ? おつかいができた偉いひよこにご褒美をあげにきたんだよ。子どもは褒めてあげねーとな」
「ああ、お前は子ども好きでしたね」
「あんたも大概だろ」
顔を合わせて早々に睨み合う二人。仲悪いのかな?
「ぴぴ? (まおう、この二人はどういうかんけいなの?)」
「ん? ああ、あの二人は祖父と孫の関係だぞ。ゼビスが祖父でオルビスが孫だ」
「ぴ!?」
なんと。びっくりだ。
「驚いただろう。あそこまで仲の悪い祖父と孫も珍しいからな」
「ぴ(うん)」
ゼビスさんはドラゴンさん―――オルビスさんのこと品のないドラゴンとか言ってたし。祖父母は孫を溺愛するものって人間だった時に聞いたことあるからちょっと意外。魔族だと違うのかな……?
そんな私の考えを読んだのか魔王が補足説明してきた。
「魔族の祖父母も大抵は孫溺愛だぞ。あのドラゴン共の関係が例外なんだ」
魔王の発言を耳聡く聞きつけたゼビスさんが魔王に反論した。
「失礼ですね。俺も昔はこのクソ孫のことを可愛がってましたよ」
「ぴぃ? (どうして仲悪くなっちゃったの?)」
「ヒヨコが何故仲が悪くなったのかと聞いてるぞ」
魔王が私の質問を通訳してゼビスさんに伝えてくれた。ゼビスさんは嫌な記憶を思い出したのか顔を顰め、オルビスさんは気まずそうに目を逸らした。
「ああ、このクソガキに俺の財宝洞窟を破壊された時から不仲ですね」
「あれは事故だったし謝っただろうがクソジジイ。なのに大人気ねぇこのクソジジイは俺の一番デケェ財宝洞窟にやり返しやがったんだ」
財宝洞窟ってなんだろうって思ったらドラゴンが収集した財宝を集めておく洞窟のことで、ドラゴンにとってはかなり大事な場所だって魔王がこっそり教えてくれた。
話を聞く限りどっちもどっちな気がするけどなぁ。
「まあこやつらのことは放っておけ。ヒヨコが気にしてやることでもない」
「ぴぴっ(わかった~)」
家族の問題に首を突っ込んでもいいことないって人間だった時の記憶が言ってる。
私は魔王が差し出してきたクッキーの破片をぱくんと口に含んだ。