ひよこ、帰宅する
魔王城に帰って来ると、玄関の前で魔王が待っててくれた。
「まおーただいま~!」
駆け寄って行き、両腕を広げて出迎えてくれた魔王の懐にダイブする。すると魔王がぎゅぅぅと私を抱きしめてくれた。
「おかえり。おでかけは楽しかったか?」
「たのしかった! まおーにもおみやげかってきたよ」
「それは嬉しいな。部屋に行ってから見せてくれるか?」
「うん!」
魔王はそのまま私を抱き上げて自分の腕に座らせる。
……ん? なんか変なにおい。
嗅いだことはある気がするけど思い出せない。でも、なんかあんまりいい思い出のある匂いじゃない気がする……。
魔王の肩口に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐ。
「ど、どうした……?」
魔王がちょっと狼狽えてる。なんか、あれみたい。浮気を問い詰められる人みたい。
私のいたずら心がにゅっと顔を出す。
「どこのおんなとあそんでたのよ」
「……」
魔王がスッと真顔になった。
「コラ。全く、どこでそんな知識得て来たんだ」
「せいじょ時代に修羅場みたことある」
「変な本とかかと思ったらまさかの実地か」
コクコクと頷く。
「神官がどっかのおんなのひとと揉めてた」
「「よりによって神官」」
魔王と父様の声が被った。父様の後ろにいるシュヴァルツは苦い顔をしてる。上層部だけじゃなくて神官も割と腐ってる人いたもんね。シュヴァルツは真面目だから、そういう人達のことは当時も苦々しく思ってたのかもしれない。
魔王が私に向き直る。
「教育に悪いからそういうことはあんまり言わないようにしような」
「は~い」
ヒヨコ、別に赤ちゃんじゃないし教育も何もない気がするけど、素直に返事をしておいた。
「……」
私があんまり納得してないのが伝わったのか魔王が無言で見詰めてくる。
こういう時は逃げるに限るよね。
私は魔王の腕からぴょこんと下りた。
「ヒヨコ先にお部屋行ってるね!」
シュヴァルツの腕を引き、ぴよぴよと小走りでその場から逃げる。
ささっと逃げた私は、魔王と父様がその後した会話の内容など知る由もなかった。
***
ヒヨコの足音が聞こえなくなると、デュセルバートが口を開いた。
「ちゃんと全部片付いた?」
「ああ、勢い余って勇者は氷漬けになったが後は予定通りだ」
「それはよかった。うちの子を一度殺してくれちゃった勇者だし、それでも甘い罰だと思うけどね」
そう言ってどこか遠くを見つめるデュセルバートの瞳は氷のように冷え切っている。
「人間が力を持っても碌なことがないって分かったし、暫くは神の恩恵なしで苦しめばいい」
自分を信仰する者達には優しいデュセルバートだが、それ以外の者、しかも自分の娘を苦しめた者達に対する慈愛の心は待ち合わせていなかった。
「それにしても、うちの子は鋭いね。まさか人間界の匂いを嗅ぎ分けるなんて」
魔界と人間界を構成する要素には大なり小なり違いがある。大気の匂いにも違いがあるのだろう。それをヒヨコは嗅ぎ分けたというわけだ。
「ヒヨコには人間界のことはもう思い出させたくないし、着替えて人間界の匂いを消してからおいで」
それだけ言い残すとデュセルバートは魔王を置いてヒヨコの後を追って行く。
「……」
―――決して疚しいことはしていないのだが、なんだか悪いことをしたような気分になる魔王だった。





