落ち込むヒヨコは我が眷属
ヒヨコは挨拶回りでしっかりと城の者達の心を掴んだようだ。
それもそうだろう、このような小さくて愛らしい生物は我が城にはいなかったからな。それこそピヨ吉以来だ。
特に料理人達は卵に紛れて丸まっていたヒヨコに胸を撃ち抜かれたようだ。我がヒヨコを迎えに行った頃には皆悶えていた。ヒヨコの食事にはさぞ力を入れることだろう。
しょんぼりと項垂れたヒヨコは見ているだけで得体の知れぬ罪悪感に胸を締め付けられた。
ヒヨコを摘まむと、何の抵抗もなくぷらーんとぶら下げられた。……可愛いな。このぬいぐるみは商品化したら間違いなく売れるんじゃないか?
ヒヨコを手のひらに乗せ誤解を解く。するとしぼんでいたヒヨコはみるみるうちに元気になっていった。
ふっくらと元気になったヒヨコは惜しげもなく愛嬌を振りまく。元気よく鳴いて手まで振ってやるなんてお前はあいつらをどうしたいんだ。
我はまだ仕事が残っているので執務室に戻り、とりあえずヒヨコを机の上に置く。寝床の籠を取りに行ってやった方がいいだろうか……。
そんなことを考えているとヒヨコがころんと横になった。うん、可愛いな。
人差し指でうりうりと頭を撫でておく。きょとんとしてるが、さてはこやつ自分の可愛らしさを分かっていないな?
今度鏡を見せてやろう。
寝転がったまま我の仕事を見ていたヒヨコはてちてちと歩いてくると、書類の上に座り込んだ。
「……」
むふんとこちらを見てくるヒヨコ。もしやこれは文鎮代わりになっているつもりなのだろうか。
ヒヨコが動かない様子からして多分そうなのだろう。
我の眷属はなんていい子なんだ……。感動でペンを動かす手が止まるとゼビスに睨まれた。自分だってチラチラヒヨコのこと見てるくせに。
我が書類を捌いていくのをぼーっと見ていたヒヨコはいつの間にかうつらうつらと舟をこいでいた。暇だったのだろうな。
ついに座っていられなくなったのか、ヒヨコはうつ伏せに寝転がり本格的に寝息を立て始めた。
小さいから邪魔にはならないが集中力が削がれる。起こすのも忍びないからヒヨコの乗っている書類を動かすこともできない。
どうしたものかと腕を組んで悩んでいると、ゼビスから呆れの視線が飛んできた。
「魔王様……」
「ゼビス、お前はこの愛らしいヒヨコを我に起こせと言うのか」
「保護者なら仕事の邪魔しないようにちゃんと躾けてください」
「この子は邪魔をする気でここにいたわけではないだろう。そこまで言うならお前がヒヨコを動かせ。そうすれば我は仕事を再開する」
我の言葉にゼビスは「はぁ?」と言わんばかりの顔を披露した。
「そんなことしたら俺がヒヨコに嫌われるじゃないですか」
「お前……」
ゼビスに対してこんなに腹が立ったのは久々だ。というかこやつもしっかりヒヨコの愛らしさにやられていたのか。
仕方ない、我はヒヨコの保護者。
我は魔法でヒヨコの寝床である籠を召喚した。
「魔王様?」
「静かにしろ」
我は禁忌魔術を扱う時のような慎重さでヒヨコを両手に掬い取った。そして綿の上にそっと乗せる。
ヒヨコの下からそっと手を抜くと、謎の達成感が我を包んだ。
ヒヨコは一度も起きずにすぴすぴと寝息を立てている。
「ふぅ……」
ヒヨコを無事に移し替えて一息ついた我をゼビスが何とも言えない目で見ていた。
「魔王様の威厳も何もあったもんじゃないですね」
「……言うなゼビス」