ひよこ、ドレスが決まる
「やっぱりこのリボンは―――」
「レースは―――」
二人は飽きもせずに議論を続けている。それをぼんやりと見つめる私。
「……」
ココアはすっかり飲み干しちゃった。だけど暇だし、なんとなく口寂しいので空のカップを口に運ぶ。
「お二方がこんなに衣装に拘りを見せるなんて初めてです。魔王も神も変わるものですね」
私の隣で書類仕事をしているゼビスさんが感慨深げに呟いた。本来なら魔王もお仕事をしてる時間なんだけど、それどころじゃないからってお仕事の開始時間を遅らせてる。
大丈夫なのかゼビスさんに聞いたら、「神様の衣装を決めるのはギリギリ魔王様の職務の範囲でしょう」と返ってきた。「それに、今仕事するように言っても無駄でしょう」とも。冷静だね。
「ゼビスさんはあのぎろんに参加しないの? ヒヨコのドレスいっしょにえらんでもいいよ」
「ふふふ、私が参加したら決まるまであと三日はかかりますけどいいんですか? 凝り性なので妥協はしませんよ」
「あ、やっぱいい。やめとく」
サクッと決めてくれるかと思ったら一番参加しちゃいけない人だった。
「はは、そんな顔しないでください。適任者はもう呼んでありますから」
「てきにんしゃ?」
はて? 一体誰を呼んだんだろう。
私には見当がつかなかったけど、適任者はその後すぐにやってきた。
「―――お~、こりゃすげぇな」
ノックの後、部屋に入ってきたのはオルビスさんだった。
カタログや布見本、様々な衣装が散らばっている部屋を見て引いた顔をしている。
そしてオルビスさんがこちらを向いた。
「お、ほんとに人型になれたんだな。よかったな~ヒヨコ」
「ありがと!!」
オルビスさんが私を高い高いし、そのままクルクル回る。楽しい。
オルビスさんは回るのを止め、目線の合う高さまで私を持ってきた。
「うんうん、やっぱ魔法で化けてる時よりも美人さんだなぁ」
「えへへ、ひよこうれしい」
オルビスさんは褒め上手だなぁ。
そしてオルビスさんがゼビスさんの方を向いた。
「んで爺ちゃん、なんで俺呼んだんだ?」
「ああ、いい加減あの一生終わりそうのない議論に終止符を打とうと思いまして。お前はセンスが良かったでしょう? ササッと式典で着るヒヨコのドレスを決めてあげてください」
「ああ、それで呼ばれたのか」
得心がいったようにオルビスさんが頷く。
「オルビスさんおねが~い」
「よし、待ってろよヒヨコ、俺が一番ヒヨコに似合うドレスを選んでやるからな」
私を下ろし、袖を捲って気合を入れるオルビスさん。
「オルビスさんがんばって」
「任せろ!」
私に向けて手を振り返すと、オルビスさんは白熱する二人の間に割って入った。
「うわっ、どうしてこんなことになってるんすか。陛下、子どもに黒はないことはないですけどもっといい色はありますよ。そしてデュセルバート様、薄い水色はいいと思いますけど子どもにマーメイドラインはないです」
「「む」」
オルビスさんは二人を一刀両断。不満そうにする二人をよそにササッとドレスを選んでいく。
「―――よし、これでどうだ?」
「みせて~」
よいしょっとオルビスさんの膝に乗り上げる。オルビスさんはいつの間にか自分でデザイン画を描いていた。カタログの中にピンとくるのがなかったらしい。
見やすいようにオルビスさんがスケッチブックを私の方に傾けてくれる。
「これだ」
「わぁ……! かわい~!」
オルビスさんの描いたドレスは、ザ・お姫様って感じの可愛らしいドレスだった。
スカートはもちろんふんわりと広がっていて、大小さまざまなフリルがあしらわれている。袖口もフリルが広がっているタイプだ。胸元にはアクセントとなるような大きなリボンが付いている。つまりとてもかわいい。
「生地はこれにしよう」
オルビスさんが手に取ったのは、白い絹の生地だ。
「いいね! ヒヨコだいまんぞく」
「おっし、じゃあこれで決定だな。父親~ズもこれでいいですか?」
「「……」」
父親~ズは無言でコクリと頷いた。文句の付け所がなかったんだろう。
オルビスさんがササッと荷物を纏める。
「―――じゃあ俺はドレスの手配してくる。ついでにデュセルバート様のも」
「オルビスさんありがとう。ヒヨコはなにかすることある?」
そう聞くと、オルビスさんはニカッと笑って私をクルンと振り返らせた。そこには、布が散らばった部屋の惨状と、不貞腐れた二人の大人がいる。
「ヒヨコは部屋のお片付けと、父親ズのご機嫌を直してくれ」
それだけ言い残すと、オルビスさんは颯爽と去っていった。
部屋に残されたのは、不貞腐れた父親二人と我関せずで仕事をするゼビスさん。
……これ、ヒヨコが二人のご機嫌直さないといけないの……?





