ひよこ、克服する
「ねぇまおー、とうさまはやっぱりあれが素?」
「……」
魔王は黙秘だ。やさしいね。私に本来の話し方を隠したがってる父様の意思を尊重してあげてるんだ。
「ひよこ、とうさまに威厳なんてもとめてないのに……」
自分のお父さんなんてもういないと思ってたし、会うことなんて絶対にできないと思ってたからいてくれるだけで嬉しいのに。
ていうか、ニワトリになってる時点で威厳もなにもないと思うんだけど、父様的にそれとこれは別なのかな。
そんなことを考えながらデザートのミニミニプリンに嘴を伸ばす。
「おいしいか?」
「ん~、おいひ~」
ヒヨコ、クリームくらい柔らかいプリンが好きなんだよね。
料理長力作のプリンを味わいながら食べている私を、魔王が慈愛の眼差しで見守っていた。
そんな穏やかな時間を、乱暴に扉を開ける音が切り裂いた。
バンッ!!!
「ヒヨコ! ヒヨコも式典に出るぞ!!」
「ぴぴっ!?」
びっくりして毛が逆立つ。体もちょっと浮いた。
何事かとおめめをまんまるにして固まっていると、魔王が両手で私を包み、逆立った毛を直してくれた。ありがとね。
扉から入ってきたのは人型の父様だった。
テンション高めに入ってきた父様は、びっくりして固まる私を見ると途端に狼狽え始める。
「ああ、すまないヒヨコ、父様が驚かせてしまったな」
魔王の手の上にちょこんと座る私を父様が指で撫でる。
……なんか、こっちの父様にまだ慣れてないからまじまじと見ちゃう。イケメンさん過ぎて周りが輝いて見えちゃったりなんかするもんね。
私が黙っていると、父様がかがんで私の顔を覗き込んできた。
「すまないヒヨコ。怒ったか?」
「ぴ? ううん! ぜんぜんおこってないよ!!」
「よかった」
ホッとしたのか、父様がふわりと微笑んだ。
おぉ……人知を超えた美貌の微笑みは攻撃力が高いね。ヒヨコ、ときめきを超えてびっくりしちゃった。
「……相変わらず無駄に整った顔だな」
「いやお前には言われたくないが」
ボソリと呟いた魔王に父様がツッコむ。まあ、どっちもどっちだよね。
そこで、魔王が話題の軌道修正をはかった。
「―――それで、ヒヨコも式典に出るとはどういうことだ?」
「あ、そうだそうだ、ヒヨコも一緒に式典に出ないかと誘いに来たんだ」
父様が再び私に目線を向けた。
「しきてん?」
「ああ、どうせならヒヨコが我の娘ということも一緒に周知してしまおうと思ってな。それならばヒヨコ用の衣装も仕立てた方がいいと思って急いで戻ってきたのだ」
父様はいいことを思いついただろう、と言わんばかりのドヤ顔だ。
「したてる……? ひよこなのに?」
そう言うと、父様はフッと笑って私を魔王の手から取り上げた。
「ヒヨコ、お前は気付いていないかもしれぬが、お前はもう魔法で擬態せずとも人型を取れるぞ」
「え?」
「勇者を吹っ飛ばしてヒヨコの中の何かも吹っ切れたのかもしれんな。どれ、父が手伝ってやろう」
トンッ、と父様が人差し指で私の背中を触った。
瞬間―――
「ぴっ?」
ぽんっと音を立て、私の姿が変わった。
自分の手を見れば、黄色い毛の代わりに五本の指が生えている。
父様を見れば、満足そうに私を見下ろしてうんうん頷いていた。
「やはりできたな。かわいいぞヒヨコ」
父様がひょいっと私を抱き上げて自分の片腕に座らせた。
胸にかかった自分の髪が目に入る。
やっぱり黄色なんだね……。まごうことなきひよこカラーだ。
あ、そうだ、せっかく人型になれたんだから魔王にも褒めてもらおう。そう思って振り向くと、魔王が手で目元を覆っていた。
「……まおーどしたの」
「いや、ヒヨコが人型になれるようになって感極まっただけだ。問題ない」
あんまり表には出さなかったけど、魔王も実は気にしてくれてたのかな。
父様の肩をぺちぺち叩く。
「とうさまおろして」
「うむ」
父様からおり、私はてててっと魔王の元に向かった。そして魔王に向けて両手を突き出す。
「まおーだっこ」
「ん」
魔王が私の脇に手を回し、抱き上げてくれた。私も魔王の首に両腕を回してぎゅ~っと抱きつく。
「まおー、ありがとう」
いろんなありがとうを込めて魔王に抱きつく。すると。魔王はぽんぽんと私の背中を撫でてくれた。
「ああ」
「うむうむ、美しい光景だ。なぁ、ゼビス」
「ええ」
父様が目元をハンカチで拭っているゼビスさんに同意を求める。
……ゼビスさん、いつの間に来てたんだろう。





