ひよこ、そういえば忘れてた
「聖女様!!!」
父様が口調を変えてたことを問い詰めようとしたら、部屋の扉がバンッと開かれた。そして勢いが余り過ぎたのか、文字通りシュヴァルツが転がり込んでくる。
あ、そういえばシュヴァルツに私が聖女だってバレちゃったんだよね。色々あってすっかり忘れてた。
勢い余って二回、三回と前転し、執務机にぶつかってシュヴァルツが止まる。
大丈夫かな……? とちょっと心配になってたら、シュヴァルツがガバッと起き上がった。
「聖女様!!!」
「ひよこ、もうせいじょじゃないよ」
「ヒヨコ様!!」
シュヴァルツが祈るように両手を組んで私を見上げる。
あれ? ひよこでもいいの? てっきり幻滅されちゃうと思ってたんだけど。聖女時代と大分性格違うし。いや、正確に言えば中身は変わってないけど振舞いが変わったから。
「シュヴァルツ、ひよこにげんめつしてないの……?」
そう聞くと、シュヴァルツは私と目を合わせたままフッと微笑んだ。
「驚きはしましたけど幻滅はしていませんよ。多少言動は幼くなりましたけど、私が憧れていた聖女様の優しさはそのままです。それに、亡くなったと思っていた憧れの方が生きていたのです。これ以上嬉しいことがありましょうか」
ふわりと微笑むシュヴァルツ。
今までちょっと変な人だと思っててごめんね。ヒヨコの中でシュヴァルツの株は爆上がりだよ。
「―――ふむ、よい心意気だな」
そこで、父様の声が割り込んできた。
「これで理想と違うと手のひらを返したらどうしてやろうかと思ったが、そうならなくて安心したぞ」
「どなたかは知りませんが当たり前です! 私は勝手に憧れを抱いておいて、いざ関わったら理想と違うと幻滅するようなゴミ人間ではありません」
シュヴァルツはキッパリと言い切った。
かっこいいんだけど、いつまで床に座ってるんだろう……。
「ねぇシュヴァルツ、いつまでゆかにすわってるの? そろそろ立ったら?」
きっと立ち上がるのを忘れてるんだろうと思って優しいヒヨコは声をかけてあげる。
すぐに立ち上がるかと思ったけど、立ち上がる代わりにシュヴァルツは大きく首を横に振った。
「いえいえそんな! とんでもない!!! 聖女様を見下ろすなんて罰が当たります!!」
どうやら本気で言ってるみたい。拒否の仕方が必死すぎる。
「ていうか、シュヴァルツってばヒヨコがせいじょって知ったときショックうけてなかった?」
「ああ、確かにショックを受けたといえば受けましたね」
「ほら」
「いえ、悪い意味ではありませんよ。亡くなったと思っていた憧れの人が実は生きていて、しかもひよこになってたら誰でもびっくりします」
た、たしかに……。
怒涛の展開だよね。ヒヨコがシュヴァルツの立場でもにわかには信じがたいかも。
「あまりにも衝撃的だったので頭がパンクしちゃったんですよね。ふらふらしていたのはそのせいです」
「そうだったんだ」
てっきりヒヨコがこんなんだからショック受けちゃったのかと思った。
魔王にふわりと頭を撫でられる。
「ヒヨコ、よかったな」
「ぴ!」
うんうん、シュヴァルツが悲しまなくてほんとによかった。
「―――ところで、そこの方はどなたなんですか?」
父様を見たままシュヴァルツが首を傾げる。
聖神は普通の人間の前に姿を現すことはなかったので、シュヴァルツは目の前にいるのがまさか神様だとは思わなかったようだ。さらには、私が生きていたという衝撃が強すぎてついさっきまで部屋に引きこもっていたらしく、父様が復活したという話も耳に入っていなかった。
目の前にいる美形さんが神様と知ってシュヴァルツが奇声を上げるまであと数秒。
私も神様のたまごだってことを知って驚き、失神しちゃうまであと数分。





