落ち込むひよこは元聖女
「……」
厨房の卵の列に紛れる私。卵のケースは中々私の大きさにぴったりだった。ちょっと前までは卵だったもんね。……違った、ちょっと前までは聖女だったんだわ。
居心地も悪くないし、ここなら誰も私が元聖女のひよこだとは思うまい。
私は今、うっかり卵が一つ孵化しちゃった状況を演出してるのだ。
なんなら優しい料理人の誰かがペットとして飼ってくれないかなぁとすら思ってる。
つまり、私は今優しさに飢えてるのだ。
「ぴ……」
私はもぞりと丸くなった。
別に分かってたけどね、そんな簡単に受け入れられないことなんて。でもまさかみんなちょっと困った顔して無視するとは思わないじゃん。
今だって料理人さん達が困った顔してこっちを見てることも気付いてる。お仕事邪魔してごめんね。
「――ヒヨコ」
大きな手が私を摘まみ取った。
「ぴ……」
魔王だ。
魔王はぴょこんと摘まみ取った私を自分の手のひらに乗せた。
「ぴ……?」
「落ち込んでるな」
「ぴ……」
ちょっとだけだよ。魔界も人間界もそんなに変わらなかった。
期待した分、ほんのちょっとだけ落胆は大きかった。
私は魔王の手のひらの上で下を向き、ぺしょんと座り込む。
「ヒヨコ」
「ぴ?」
魔王に名前を呼ばれて上を向いたら、魔王も眉を下げた情けない顔をしていた。
「ヒヨコ、なにもやつらはお前のことを無視したわけではない。ただ単に言葉が分からなかっただけだ」
「ぴ?」
「我はお前の言っていることがなんとなく分かるが他の者にはただのひよこの鳴き声にしか聞こえてない」
我も失念していた、と魔王。
つまり、私は挨拶をしていたつもりだけどだれも理解していなかったと。
な~んだ。
「言葉は分からないがお前が落ち込んで可哀想だと我のところまで報告が上がってきたのだぞ。皆心配していたから今度また元気良く挨拶してやれ」
「――ぴ! (わかった!)」
どうやら私の心配は取り越し苦労だったみたいだ。
「今日のところは一旦引き上げるぞ」
「ぴ~(は~い)」
魔王は私を手のひらに乗せたまま歩き出した。その際、ずっと私達の様子を窺ってた料理人さん達と目が合う。
「ぴ!」
通じないのは分かったので、お邪魔しましたという意味を込めて元気よく鳴いておく。すると料理人さん達もおずおずとだけど手を振ってくれた。
それが嬉しくて私も両翼をブンブンと料理人さん達に向けて振った。
またくるね~。
魔王は私を自分の執務室の机に置いた。机でかいな。私何匹分だろ。
ひよこの姿で歩き回って疲れたので私はごろんと横になった。この小ささの生物が横になったところで邪魔にはならないでしょ。
「……」
「?」
魔王がジッと見てくる。
「ぴぴっ」
人差し指でうりうりっと頭を撫でられた。
魔王はこのまま仕事に戻るらしい。お仕事を中断してまで私を回収しに来てくれたのか。保護者だね。
魔王は私を机の上に放置したまま書類に向き合い始めた。それを見てると私も何か手伝わねばという気になる。
私は書類上部の端っこに座った。
「……もしかして文鎮代わりのつもりか?」
「ぴ! (うん!)」
今の私にできることなんてそれくらいしかない。
「……ヒヨコはいい子だな」
「ぴ!」
魔王に褒められてさらにやる気が出る。
そのまま暫くは文鎮の役目を全うしてたけど、今の私は精神年齢も子どもに戻ったひよこ。
私はいつの間にか、書類の上でぴよぴよと寝息を立てていた。