ひよこ、自分のルーツを知る
はは……? ははって何……?
あまりの混乱に上手く頭が回らなかった。
「はは……?」
「そうよ。あなたはわたしが生み出した、わたしの後を継ぐ筈だったもの。もっとも、代替わりが出来るようになる前に彼が死んでしまったから放りだしたのだけど」
さらりと言い放つ聖神。そこには一欠片の罪悪感も見られない。
クズだ。
「自分の存在が異端だとは思わなかった? 他人よりも遥かに強い魔力、それに、あなた魔族になっても聖属性の魔法が使えたでしょう? 人間ではありえないわ」
「……!」
絶句だ。
確かに疑問には思ってたけど、まさか自分が人じゃないなんて思いつきもしなかった。
聖神が全く面白くなさそうに笑う。
「うふふ、あなたが聖女としてこの場に現れた時はさすがのわたしも驚いたわ。そこの教皇の見る目は確かね。間違いなく人界で最強の存在だもの」
せっかく聖神に褒められたのに、当の教皇は真っ青になっていた。そりゃそうか、次代の神様を散々こき使った上に見殺しにしたようなもんだもんね。
……私が神様って、実感が湧かないな。もしかして騙されてる……?
「わたしがかみさまなんて、しんじられない」
「そりゃあそうよ。あなたが神として完成するにはあまりにも時間が足りないもの。あなたを捨ててからはわたしもあなたの成長に手助けをしていないし、まだ赤子レベルなんじゃない?」
聖神は他人事のようにそう言う。
やっぱりクズだ。
「でも、他の人間や魔族と自分は違うという自覚はあったでしょう?」
「……」
それは否定できない。
そして聖神は尚も自分勝手に話を続けた。
「ふふ、ねぇ、お母さんからのお願いなのだけど、私の愛する彼を生き返らせるのに協力してくれない?」
「……はぁ?」
「魔界の彼の核だけでは駄目だったけど、あなたの核もあればいけるんじゃないかしら。うん、いける気がしてきたわ。なんだ、わたしはまだ負けてなかったじゃない」
「……なにこのひと、こわい……」
言ってることが無茶苦茶だ。それに視線もどこを向いてるのか分からないし。こわい……。
急に魔王が恋しくなった。
「ああ、でももしかしたら核だけではまた駄目かもしれないわね。ねえ、わたしのためにちょっと犠牲になってくれない? わたしは後継ぎの神であるあなたに危害を加えることはできないから自分から命を引き換えにしてくれると嬉しいわ」
まるで、断られることなど考えていないような声音だった。
……狂ってる。
元々狂ってたのか、愛する人が死んでから狂ったのかは分からないけど、この神は私がここで終わらせてあげないとダメだと思った。
もしかしたら、神としての本能かもしれない。
「それはできないよ。それにその人は、だれかをぎせいにして蘇ることをのぞんでない」
さっきから聖神の隣に何かの気配を感じる。
私が言うと、優し気な男の人が困ったように微笑んだ気がした。魂はずっと聖神の側にあったんだね。
もしかして、デュセルバート様の核を使っても彼が蘇らなかったのは、彼自身が拒んだからなのかもしれないと思った。
そして、私の言葉で聖神も彼の気配に気付いたようだ。
「ずっとそばで、いっしょにいこうって、まってたんだよ」
狂ってしまった聖神は気付かなかったみたいだけど。
聖神の瞳に少しだけ生気が戻る。
「ずっと、そばに……?」
男の人の魂がふわりと微笑む気配を感じる。
「そのひとのたましいはもうげんかいだよ。はやくかいほうしてあげないと」
「…………」
聖神はギュッと手を握りしめる。
狂うほど好きなんだから、やっぱり離れるのは嫌なんだろう。
「あなたもいっしょにいけばいい」
「え?」
聖神がハッとこちらを見た。
「あなたもいっしょにおくってあげる。そのひとといっしょに天にいけばいい」
「……そうね」
聖神は隣にいる彼の魂を見上げた。
「ずっと、待っててくれたんだものね」
そして、聖神がこちらに向き直った。
「じゃあお願いするわ。わたしの気が変わらないうちに」
「わかった」
彼の魂は本当に崩壊ギリギリだから、早くしよう。
両手を組み、練り上げた魔力に祈りを込めた。
『あなた達にもし来世があるのならば、その生に幸多からんことを』
もし生まれ変わるなら、同じ種族になれるといいね。
そして、しっかりと手を繋いだ二人は淡い光を放ち、宙に溶けるように消えていった。
「……」
光が収まると、一気に夢の中から現実に戻ってきたような気分になる。
「さてと」
私は祭壇に歩み寄り、棺の蓋に手を掛けた。
魂が逝ったんだから、体も還してあげないとね。
棺の中には、やっぱり優し気な顔の男の人が眠っていた。本当に、ただ眠っているみたい。
男の人の体に手をかざし、力を使う。
すると、男の人の体は金色の砂となり、空気の中にすぅっと消えていった。
そして、棺の中には黒くて不思議な雰囲気の球体が残る。これが核だろう。
核をしっかりと両手で持つ。これを持って帰れば任務完了だ。腰を抜かしている教皇は無視する。
「じゃあ、かえろっか」
影の中に声を掛けると、肯定の返事が返ってきた。
諸々の後始末とかは誰かに任せよう。
―――なんか、無性に魔王に会いたい気分。





