ひよこ、潜入する
転移で目的地に到着するや否や、私は魔法で人間に化けた。
人型になった私を見て三つ子が感心したように「おぉ」と声を上げた。
「ほぉ~、上手く化けるもんだな」
「だな」
「―――なあ、ところでここって……」
「うん、じんかいのしんでんのすぐそば」
一応人目に付かない場所に転移しておいたんだけど、三人は遠い目をした。
「いきなり敵の本拠地……」
「展開が早すぎる」
「まあ早く帰れていいかもな」
三人が口々に感想を口にする。
そしてディックさんがかがんで私に話しかけてきた。
「ヒヨコじゃあ俺達は一旦お前の影に潜るな。子ども一人の方が怪しまれないだろうし、一人の方が動きやすいだろ?」
「うん。よんだらでてきてくれる?」
「ああ」
ディックさんがそう答えた瞬間、三人は私の影の中に吸い込まれるように消えていった。面白いね。帰ったらもっかいやってもらおっと。
よし、さっそく行きますか!
私がいた頃に神殿を包んでいた結界はやっぱりもうなくなっていた。代わりに申し訳程度の結界が張ってあるけど、簡単に一部を無効化して侵入できてしまう。
神殿内では至る所に刻まれた魔法陣によって姿を消したり、変えたりする魔法は使えなくなっている。これはさすがの私でも影響を受けないわけにはいかない。やっぱり姿を見せないようにする魔法は厳しかった。姿を変える方はまあいける。
がんばれば見えなくもできそうだったけど、核を奪還する時に聖神からの妨害があるかもしれないことを考えるとあんまり魔力は無駄遣いできない。
そして、私は堂々と神殿に足を踏み入れた。
人間に化けると同時に神官見習いの服も再現しておいたので、私はどこからどう見ても神官見習いの子どもにしか見えないだろう。フラフラ歩いていても見習いが道に迷ってるくらいにしか思われない。
こんな子どもを疑うなんて、よっぽど警戒心が高いか人間として終わってるかのどっちかだろう。
だから、立ち入り禁止区域以外では誰にも見咎められずに行動できると思っていた。
―――だけど、私は忘れていたのだ。私を背中から斬りつけてきた、人間として終わっている存在を。
神殿内で数人とすれ違ったけど、やっぱり声を掛けられることはおろか、目線を向けられることもほとんどなかった。
うんうん、順調だ。
どんどん魔界の神殿で感じた気配が強い場所―――神殿の中心の地下に近付いてくる。やっぱり邪神の核はここにあるらしい。
渡り廊下を通り、本殿に入った。
そこで、最悪の存在に出くわす。
「―――あれ? 見知らぬ子どもがいんなぁ」
聞き覚えのある、どこか不快感のある声。
「見習いが本殿に用があるとは思えねぇけど、道に迷ったか?」
振り向けば、血のような赤髪に、凶悪さを秘めた赤目の男。
そこにはやはり、二度と会いたくなかった勇者が立っていた。
一瞬怒りが腹の奥底で沸騰し掛けたけど、なんとかそれを抑える。とりあえず誤魔化しておこう。
「そうなんです。せんじつみならいになったばかりで。そうじようぐいれのばしょわかりますか?」
「ああ、分かるぞ。まずここを引き返して―――」
それから勇者は丁寧に道順を教えてくれた。……一見。
それ、神殿の出口までの道順じゃん。しかも大分遠回りの。
勇者とはこういう、人の足を引っ張ることに余念がない人物なのだ。しかし、私が本当に入って間もない見習いなら、例え正面玄関に行きついてしまっても自分がどこかで道を間違えたのだと思うだろう。勇者ともあろう人物がそんなくだらない意地悪をするとも、普通は思わないだろうし。
まあ私は迷ってもいないし掃除用具入れに用があるわけでもないからノーダメージだけど。
ていうか、そもそも神殿内の掃除なんかしたことない勇者が掃除用具入れの場所を知っているかどうかも怪しい。
間違った道順を楽し気に教えられたもんだから、思わずウゲッと顔に出てしまった。いけないいけない。
とりあえず一旦引き返すか。
「わかりました。ありがとうござ……」
「おいお前、今ウゲッて顔したなぁ。もしかして普通に道順分かってんな? ってことは見習いになったばかりの新人ってのも怪しくなってくるが」
ニヤニヤしてそう言ってくる。
警戒心が強いかつ、人間として終わってるやついたなぁ。
こいつ、変なとこばっかり頭が回るんだよね。普段はそんなに頭よくないのに。
普通こんなにかわいい子ども疑わないでしょ。
「はぁ」
「お? 何溜息ついてんだ?」
私の絶望した表情を見たいのか、かがんで顔を覗き込んでくる。普段子どもと話さなきゃいけない時は腰も膝もみじんも曲げないくせに。
なんか腹立ってきた。
聖女時代なら我慢できたけど、今ひよこだし。ひよこ、あかちゃんだからがまんできない。
「お前、怪しいからとりあえず警備に突き出すな」
勇者に怪しいって言われて警備になんか突き出されたら神殿内での居場所なんかなくなる。私が本当に見習い神官ならお先真っ暗だ。
パァン!
伸びてきた手を、私は魔法で弾いた。
「!?」
勇者が腰に提げている剣を抜く前に、私は自分に身体強化を掛けて勇者の顔面に思いっきり蹴りを入れた。
「グハッ!!」
勇者が吹っ飛んでいった。
結構な威力だったけど勇者は気絶しなかった。フラフラと立ち上がった所に氷礫を叩き込む。怒りのせいで少し氷が大きくなって、少し威力が強くなっちゃったけど、まあ死んでないでしょ。
今度はしっかりと気絶したようだ。
この勇者のことだから気絶したフリって可能性もあるけど、聖剣を奪っても起きなかったから本当に気絶してそうだ。
『粉砕』
私は躊躇いなく聖剣を粉々に砕いた。手のひらからサラサラと金の粒が零れ落ちていく。
こんなもんいらないもんね。
勇者はその辺の花壇に、見えないように隠しておいた。





