ひよこ、初めてのご神託
魔王城に戻り、いい子でお留守番をしていたシュヴァルツに飛び付く。
シュヴァルツが上手にキャッチしてくれるとは思わないので、自分で狙いを定めてシュヴァルツの手の中に飛び込んだ。
「ただいま~!」
「おかえりなさい。神殿はどうでしたか?」
「ん~、なんかこうごうしかった! でもあんまりたのしくはなかったよ」
「そりゃあそうでしょう。神殿は遊び場ではないですからね」
それもそっか。
神様を祀ってる場所で子どもとかにキャッキャ遊ばれちゃっても困るもんね。
「我らが神は少し騒いだところで怒るような方ではないがな」
「なんでわかるの?」
「あの忌々しい神に核を奪われるまではデュセルバート様とも普通に話せたからな。神でありながら街をフラフラと歩きまわるような、そんな方だった……」
何かを思い出すように魔王の目が宙を見る。
魔王にこれだけ慕われてるってことはすごく人間ができた人だったんだろうな。……人じゃなくて神か。
多分優しい神様なんだろうな。だから、武力的には魔族の方が圧倒的に勝っていても、無理矢理人国に攻め込んで核を取ってこさせることはしないんだろう。
いくら聖女時代の私が脅威だったと言っても、数でかかられたら敵わないし、かなりの魔族を投入したらできたはずだろうけど。ただ、その分被害も甚大だっただろう。
神殿にコッソリと侵入しようにも、侵入者はすぐに分かるように結界を張らされてたしなぁ。
……あれ? じゃあ私がいない今は侵入できるんじゃ―――。
そこまで考えた瞬間、片手で頭を押さえた魔王がガタリと立ち上がった。
いつも優雅に動く魔王が珍しい。しかも、少し動揺しているみたいだ。
「まおーどうしたの?」
「……神託が下りた。シュヴァルツ、急いでゼビス、オルビス、そして騎士団長を呼んできてくれ」
「承知しました」
ただ事ではないと思ったのか、シュヴァルツの動きは早かった。颯爽と魔王の部屋を後にする。
「―――まおー、だいじょうぶ?」
押さえてるし、頭痛いのかな……?
魔王の顔を覗き込むと、魔王は私を安心させるように微かに微笑んだ。
「大丈夫だ。神託が久々だったのと、ちょっと荒かったから驚いただけだから」
「ぴぃ……」
そう言って私を撫でた魔王の手に、私は頭を擦りつけた。
***
少し待っていると、シュヴァルツが三人を連れて帰ってきた。
「―――皆、集まったようだな」
「陛下、どうされたんですか?」
「神託が下りた。内容は、早急にデュセルバート様の核を取り戻すようにとのことだ」
「「「!!!」」」
三人が一様に驚いた顔をする。
特に動揺したのは団長さんだった。
「デュセルバート様のご体調に何か変化があったんですか!?」
「いや、そういうことではなさそうだ。ただ、珍しく焦っているようだった」
「……」
場に重苦しい空気が流れる。
話に聞く限り、優しい神様が急かすってことは緊急事態っぽいもんね。
次に口を開いたのはオルビスさんだった。
「―――じゃあ、本腰入れて核を取り戻すか。これまでは聖女がいたのと、優しいデュセルバート様が止めるから本格的な行動はしなかっただけだし」
「そうですね。本当はコッソリと神殿に潜入して核を取り返すのが一番ですけど、あの結界が厄介ですからね……」
「けっかい?」
なんか覚えがあるような……。
「ええ、人界の神殿には高性能な結界が張られていて、侵入者を自動感知、排除するんですよ。あれさえなければ……」
ゼビスさんが顔を顰める。
お? ヒヨコ、その結界知ってるぞ?
「ねえねえゼビスさん」
「ん? なんですかヒヨコ?」
「そのけっかいはってたの、ひよこだよ?」
「へ?」
ゼビスさんが呆けたように目を見開いた。珍しいね。
「え、ヒヨコが張ってたってことは……」
「うん、いまはあのけっかいないよ」
なんてったってヒヨコがいないからね。
にしても、ヒヨコの結界がそんなに魔界軍を苦しめてたとは。誇らしいやら申し訳ないやらだね。
「ヒヨコが張ってたのか。どうりで強力なわけだ。だが、あの結界がないなら神殿に忍び込むことは容易だな」
「ああ」
オルビスさんの言葉に魔王が首肯する。
ヒヨコもコクコクと頷いておいた。
「それならば話は早い。早速密偵を送り込もう」
魔王がこれからの方針を宣言する。それには、誰も異論はなかった。
「―――あ、話は纏まりましたか?」
話が終わると、シュヴァルツが呑気に口を開いた。
シュヴァルツは別にこっちの神様に思い入れないもんね。空気を読んで口にはしないけど、どうでもいいというのがシュヴァルツの本音だろう。
ヒヨコも別に神様にはそんな思い入れないけど、魔王とか魔族のみんなの大切な人は助けたいと思う。
こいつ、空気読めないなぁというみんなの視線も無視して、シュヴァルツはニコニコと続けた。
「神殿の結界を張ってたのって私が敬愛する聖女様のはずなんですけど、もしかして、ヒヨコって聖女様だったりするんですか?」
「「「「あ」」」」
シュヴァルツ以外の四人の声が揃った。
―――そういえば、シュヴァルツには私の正体隠してたね……。
神託の方に意識が向いててすっかり忘れてたよ。





