ひよこ、お参りに行く
すっかり魔王の襟の中が定位置になったヒヨコです。
今日も今日とて魔王の襟の中にスッポリと納まっている。なんて極上の居心地なんでしょう。魔王が作ってくれたヒヨコハウスといい勝負するね。
「癒されますねぇ陛下」
「そうだな」
「ぴ」
癒されてくれて何より。
でもヒヨコ、そろそろ一暴れしたい気分なんだよね。
「そういえばまおー、してんのうのきゅうかっておわった?」
四天王のみんなが休暇中は道場破りをしちゃいけないって言われてるけど、そろそろ休暇も終わったんじゃないだろうか。
そう聞くと、魔王の顔が渋いものに変わった。
「あ~、赤ちゃんのそなたは知らぬかもしれぬが、魔族は寿命が長いから休暇もそれはそれは長いのだ。まだしばらくは挑戦には行くなよ? ヒヨコも昼寝を邪魔されたら嫌だろう?」
「うん。そうだね、おやすみはじゃましちゃダメだよね。ヒヨコ、もうちょっとがまんする」
「いい子だ」
よちよちと鼻筋を撫でられる。
お休みは邪魔しちゃダメだよね。気長に待とう。
―――随分後になってから、この時の会話は私が四天王の所にいかないように上手く誤魔化されていたのだと気付いた。
***
「あれ? まおーどこかいくの?」
魔王が外出用の外套を羽織った。珍しい。
「ああ、神殿に行くんだ。デュセルバート様の」
「ひよこもいく~」
机からぴょこんと魔王の腕に飛び乗る。
「ん? 一緒に来るのか?」
「うん。いく~」
「別に楽しい場所ではないのだぞ?」
「うん」
そんなに私が神殿について行くのが意外かな? ていうか私中身は赤ちゃんじゃないから楽しい場所じゃなくても大人しくできるんだけど……。
まあでも、外見に引っ張られて中身も大分幼くなってる自覚はある。
「ではヒヨコも一緒に行くか。シュヴァルツはどうする?」
「陛下がいるなら私は必要ないでしょう。ここでゆっくり留守番していてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
実質おサボり宣言だったけど魔王は快くシュヴァルツに許可を出した。理想の雇い主だね。
「それじゃあ行くか」
「ぴ」
魔王が自分の襟の中に私を入れ、部屋を出るためにドアノブに手を掛けた。
「行ってらっしゃいませ~」
背中の方からシュヴァルツの見送りの声が聞こえた。
神殿は、森の中の開けた場所にポツンと建っていた。ポツン、という擬音には似合わないくらい建物は立派だけど。
神殿は黒を基調としていて、あまり華美な装飾はないけど高貴さというか、神聖な空気を感じる。
「デュセルバート様はここで休眠されている」
「ほうほう」
じゃあ気分の問題じゃなくて本当にデュセルバート様から神聖な空気が醸し出されてるのかもしれないね。
内部の床は大理石でできていて、ひよこのまま歩いたらツルツル滑っちゃいそうだった。
入口から続くまっすぐな道を進んでいくと、祭壇のような場所に辿り着いた。
「この下にデュセルバート様が眠っているんだ」
「へ~」
祭壇はやっぱり真っ黒で、その上にはいろんな物が供えられている。
すると、魔王はどこからかヒヨコ作のポーションを取り出して祭壇に供えた。
「なんでひよこのぽーしょん?」
「そなたのポーションならば神にも効くかと思ってな」
「さすがにきかないとおもうよ?」
魔王は基本真顔だから冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からない。
……ん?
ふと、なんだか懐かしい気配がして、私は自然と祭壇の上に飛び乗っていた。
気配の正体を探ろうと、べっちょり祭壇の上で寝っ転がる。
う~ん、気配が弱すぎてわかんないなぁ―――。
「……何をしているのだ?」
「はっ!」
魔王に声を掛けられて我に返る。
ヒヨコ、何してたんだろう。祭壇に寝っ転がるなんて割と罰当たりな行為だよね。魔王怒るかなぁ……?
上目遣いで魔王を窺い見るけど、魔王は全く怒っていなかった。
「様子がおかしいな。熱があるやもしれん、今日はもう戻るぞ」
「ぴ?」
首筋を摘ままれて再び襟中にインされる。
どうやら私のあの奇行は熱があるからだと思われたようだ。
軽く祭壇に向かって祈りをささげると、魔王は踵を返して足早に神殿を後にした。
神殿を出る前、私は振り返ってもう一度祭壇を見た。
―――あれ?
「? どうしたヒヨコ」
「ん~、なんでもない」
供えたポーションの中身が空になってた気がしたけど、さすがに見間違いだろうと思ってそのことは頭の中から消去した。





