魔族としての生活が始まりました
「ぴ」
私のために用意された寝床は綿の敷き詰められた籠。本来は大きなベッドが用意されてたんだけどひよこの姿では逆に寝づらいだろうということで急遽この寝床が用意された。ちなみに寝心地は抜群。
ぴょこんと飛んで籠から脱出する。
さて、今日はなにをしよう。
好きに過ごせとは言われたけれど、その前にこの体に慣れなければ何もできない。
――そうだ、散歩がてら挨拶回りに行こう。
私も正式に魔族の一員となったからにはいろんな魔族と関わることもあるだろう。魔族と直接戦うこともしばしばあったのでもしかしたら顔見知りの人もいるかもしれないけど、とりあえず挨拶はしておいた方がいいよね。
私はその旨を朝食の席で魔王に伝えてみた。魔王は私の育児を担当するから朝と夜は一緒に食事を摂るんだって。
「挨拶回り……まあいいだろう。城内は好きに歩いていいからとにかく踏みつぶされないように気を付けるのだぞ?」
「ぴ! (は~い)」
魔王の注意に素直に返事をし、私は用意された朝食に齧りついた。私の食事はひよこ用のものではなく、人間だった時に食べていたのと同じようなものだ。
「……」
「ぴ? (なに?)」
魔王がなにやら私の食事風景をジッと見つめてくる。
「あ、いや、そなたが目玉焼きを食べているのが違和感というか、なんだか落ち着かなくてな……」
なるほど。ひよこが目玉焼きを食べている光景……うんたしかに奇妙だ。傍からはあんまり見たくない。
***
お腹も満たされたので、私は魔王に手を振り歩き出した。
「ぴ! (いってきま~す)」
「くれぐれも気を付けて行くのだぞ。遅くなっても夕食の時間までには帰ってくるように」
「ぴ (は~い)」
魔王は二日目にして既に父親ポジションが板についている。
「踏まれぬようにできればずっと鳴いておけ」
「ぴ」
過保護かて。
「ぴっぴっぴ、ぴっぴっぴ」
とりあえず保護者の言うことは聞いておくが吉。私は鳴きながらてちてちと廊下を歩いていた。
未だに誰とも遭遇していない。
「ぴっぴっぴ」
ひよこになってしまった私の歩幅は小さく、中々前に進めない。このペースだと誰にも会えないんじゃ……。
……ちょっとズルしちゃお。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」
爆速で廊下を駆け抜けるひよこ。もちろん魔法を使用している。
人間だった頃とちょっと勝手が違って力加減を間違えた気がしなくもないけど、まあ問題ない。
ブオンブオンと風を切る音を立てながら爆走していると、ついに人影が見えた。
「ぴ!」
私は急ブレーキをかけてその人影の前に止まる。
それは男性で、牙が出ているのできっと吸血鬼だろう。
「ぴ! ぴぴぴ! (こんにちは! ヒヨコです! きょうからよろしくおねがいします!)」
「?」
吸血鬼は首を傾げるばかりで返事をくれなかった。まあ私はつい昨日まで魔界勢力と敵対していた聖女だから無視されてもしょうがない。
よし、次いこう。
私は再び走り出した。もちろん私は賢いひよこ、魔王の言いつけも忘れない。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!」
私は階段を颯爽と駆け下りて次のフロアへと向かった。
***
「魔王様、報告という名の苦情が届いております」
「む、なんだ?」
我に苦情だと?
「ソニックブームを起こす勢いで廊下を爆走するひよこが遭遇した一人一人の前で止まってはぴっぴと鳴いてくる。そこまではいいが、誰もひよこの言葉が分からず返事ができないので後半になるとひよこがしょぼくれていっている気がする。可哀想だから何とかしてほしいとの苦情が」
「……ごめん」
うちのヒヨコがごめん。そして我もごめん。
ヒヨコは我直属の眷属だから我はなんとなく思っていることが分かるが他の者はそうではないからな。我と普通にコミュニケーションがとれるからヒヨコは会話が通じるものだと思ってしまったのだろう。
「割と落ち込んでるみたいですよ?」
「……回収してくる」
まだ仕事は残っているがゼビスも見逃してくれるらしい。
我は席を立ち、急いでヒヨコの元へと向かった。