元聖女、闇落ちしたらひよこになりました
勇者に後ろから斬りかかられ、目が覚めたらひよこになっていた。……どういうこと?
文章にするとより一層意味が分からない。
「ぴ?」
やっぱりいくら言葉を話そうとしてもひよこの鳴き声しか出ない。
そんな私を申し訳なさそうに見ながらこれまでの経緯を説明する魔王。
「――というのがそなたが色んな意味でヒヨコになってしまった経緯だ。全面的に我が悪い。そなたのことは我が責任をもって育てよう」
魔王はなぜか私を育てる決意をしていた。
ちょっと前までは敵対していた相手だけど、不思議と全然悪い人には見えない。やっぱり話してみないと人って分からないよね。
「……聞いているか? 人の話を聞く時は毛繕いをするものではない」
「……ぴ?」
あれ? いつの間にか毛繕いしてたみたい。おかしいなぁ、自分の本能のままに体が動いちゃう。人間だった頃はこんなことなかったのに。
だけど、魔王は私を注意しつつも怒る気はなさそうだ。人間だった頃ならながーいお説教をされて一食抜かれるところなのに。
なんか調子狂う。
「そんなに怯えずともよい。魔族は人間とは違い基本的に寛容だ。それにお主は今思考も幼児退行しているからな」
そうなのか。
魔王に人差し指で頭を撫でられる。
「そなたは人間界にいる時は随分窮屈そうだったからな。こちらでは自由に過ごせばいい」
「ぴ……(じゆうに……)」
「そうだ。やりたいことがあったら我慢しなくていい。そなたの力も存分に奮えばいい」
魔王はそう言い募る。
そんな……そんなのって……。
――さいっこーじゃないですか!!
なんてことだ。魔界はもしかして天国だった!?
私は思わず両羽をパタパタさせる。
こんなかわいいひよこにしてもらって、しかも自由にしていいなんて。魔王はもしかして神様なのかな。
私は今まで信仰する神を間違えてたみたいだ。
急にふんすふんすとテンションが上がった私に魔王は首を傾げた。
教会で散々矯正されたから控えめで清廉潔白な聖女をやっていたけど、私は元々やんちゃっ子だったのだ。本当は喧嘩も戦闘も大好きだし、弱い勇者を後ろからちまちまサポートするよりも自分が前線に出て戦いたかった。
魔界なら強者もたくさんいるし、もしや力試しし放題!?
ワクワクと羽をはためかせる私を見て魔王が呟く。
「――なんか嫌な予感がしてきたな」
「ぴ?」
私を右掌に乗せていた魔王は、左手をそっと私の上に被せてきた。ミニミニサイズの私はいとも簡単に魔王の手の中に閉じ込められる。
魔王は一体なにがしたいんだろう……?
「……はぁ、可愛い……」
「……」
ひよこを愛でてただけだった。そういえば私を眷属にする時に前飼ってたひよこのことを思い出してたんだっけ。
この魔王、意外と俗っぽいというか、魔王に言うのもなんだけど人間味がある。ひよこ好きだし、私の眷属化で失敗するし。
魔王は私の上から手をどけると、そのまま流れるように私を懐に入れた。魔王なのに温いね。
やっぱり、人は接してみないと分からないもんだなぁ。