ひよこ、世話係がつく
「ぴぴ (ゼビスさん、ヒヨコのおせわがかりのシュヴァルツだよ)」
次の日の朝一、ちょうどゼビスさんに会ったのでシュヴァルツを紹介する。
シュヴァルツもお辞儀をしてゼビスさんに挨拶をした。相手が魔界の宰相だからって、もう奇声を上げて気絶するようなことはない。
「シュヴァルツと申します。この度ヒヨコの世話係に就任しました。よろしくお願いいたします」
「うちの品のない孫と違って礼儀正しい青年ですね。私はゼビスです。ヒヨコのことをよろしくお願いしますね」
おお、好印象みたいだ。でもオルビスさんのことを品のない孫って言うのは止めてあげてほしい。
ゼビスさんが私の方を向く。
「ヒヨコは今日も騎士団ですか?」
「ぴ! (そー!)」
「頑張ってくださいね」
微笑んで私の頭を撫でてくれるゼビスさん。オルビスさんにもこのくらいの態度で接してあげてほしいね。
それから魔王にも「いってきまーす」と挨拶をして、私達は騎士団の訓練場に向かった。
訓練場に着くと、団長さんが私達に気付く。
「お、おはようヒヨコ、それにシュヴァルツ。もう早速働いてるのか」
「ぴぴ! (だんちょうさんおはよう!)」
「おはようございますブラッドさん」
団長さんはうんうんと頷くと、私とシュヴァルツの頭を撫でた。
「ヒヨコは今日も騎士達の相手を頼む。シュヴァルツは……」
「私には無理ですよ。大人しく見学してます」
「……だな」
シュヴァルツの戦闘力は団長さんも分かってるので無理は言わない。ただ見てるだけなんて暇じゃないかな? と思ったけど、シュヴァルツは「ボーっとしてるだけでお給料がもらえるなんてラッキーです」と喜んでた。じゃあいっか。
今日やるのは単純に魔力のぶつけ合いらしい。純粋な魔力だけで攻撃するのはかなりの精度と魔力が必要なのでとてもいい訓練になるのだ。
「ぴぴ (かかってこーい!)」
まず最初は三つ子を相手にする。
「ひよこ一匹に三人でかかるとか、ちょっとプライドが傷付く」
「まさかひよこの胸を借りることになるなんて思わなかったよな」
「俺達、一応魔界の中ではエリートなのに……」
口々に何かを呟く三つ子は、さすがに息の合った様子で魔力をぶつけてくる。それに拮抗させるように私も魔力を放出した。
透明な魔力が拮抗している場所が、水の中を覗き込んだように空間が少し歪んで見える。
……三人同時に相手するとちょっと疲れるな。魔力をそのまま放出するのは魔法を使うよりも効率が悪いのだ。
暫く三つ子の魔力と同程度の魔力を放出していると、三つ子の魔力の放出がふと弱まった。
「もう、無理……」
「俺も」
「俺もだ」
三人がズシャッと地面に倒れる。魔力を使い果たしたようだ。
三人をポイっと端の方に寄せた団長さんが私の顔を覗き込む。
「ヒヨコ、まだいけるか?」
「ぴぴ! (ぜんぜんいけるよ!)」
「まだまだいけるそうですよ」
シュヴァルツが通訳してくれる。
「ぴ! (どんとこい!)」
「頼もしいな。じゃあ次のやつらも頼むぞ」
「ぴ!」
それから、何人かの騎士さん達を相手した。するとコップ片手にシュヴァルツが寄って来る。
「ぴ?(どしたの?)」
「水分補給ですよ。子どもは大人以上に水分補給が大事なんですから。ひよこの場合はどうか知りませんけど」
「ぴ (そうなんだ)」
差し出されたコップの中に入ってたのはお茶だった。
「ぴ (ヒヨコ、ジュースがいい)」
「文句言わないでください。ジュースはまた後でにしましょう」
「ぴ (は~い)」
私は大人しくお茶を飲んだ。自分で思ってたよりも喉が渇いてたようで、ゴクゴク飲めちゃう。
「ヒヨコがかわいい……」
「ああしてるとただの子どもみたいだな―――グハァッ!」
こっちを見ていた騎士さんの一人が吹っ飛ばされた。やったのはもちろん団長さんだ。
私の方で魔力の訓練をしてる間、団長さんは団長さんでまた別の訓練をしてたから、うっかりスイッチが入っちゃったんだろう。
次にターゲットにされたリックさんがなけなしの体力を振り絞って団長さんから逃げ惑う。
「ヒヨコ~! 団長気絶させてくれ~!!」
「ぴ (らじゃ)」
私はぴぴぴっと魔法を使って団長さんを気絶させた。団長さんも決して弱くはないので、一撃で確実に仕留めるのがコツだ。
気絶した団長さんをまだ無事だった騎士団員たちが回収していく。
そんな私達の様子をシュヴァルツが唖然とした顔で見ていた。
「魔界騎士団っていつもこんな感じなんですか?」
「そうだぞ」
無事に逃げおおせたリックさんがシュヴァルツの呟きに答える。
「なんというか、賑やかでいいですね」
「おお! そうだろうそうだろう」
お? 意外に好印象だ。もっとちゃんとした方がいいと思いますとか言いそうな雰囲気なのに。
意外だ、という思考は全部顔に出てたので、言葉に出さなくてもシュヴァルツにはバレてしまった。
「意外だって顔してますね。私、真面目なのは外見と口調だけなので本当はこういう緩い職場の方があってるんですよ。戒律の厳しい神官をやってたのは他に行く場所がなかったからですし。聖女様のことは心から尊敬してますけど」
「ぴっ!」
お、おお……シュヴァルツから聖女の話題がでるとちょっとびっくりする……。
騎士のみんながこっちを見てくるのはスルーだ。だから、聖女時代はちゃんとみんなに尊敬される聖女様やってたんだって。
こっちに来てからずっとひよこやってるせいで誰も私が聖女らしい聖女をやってたことを信じてくれない。聖女の時にも会ってたはずなのに。
―――やっぱり、シュヴァルツには私の正体は秘密にしておこう。
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