ひよこ、正体を隠したい
神官は、闇堕ちした人間を魔界に呼び寄せる魔法でこちらに召喚されたらしい。ちなみに召喚される場所の指定はされてない。
召喚場所指定までしちゃうと大変だもんね。闇堕ちしたことがバレちゃうと人間界では即袋叩きになるから、早めの回収が大事とのこと。魔界にきちゃえば後はどうにかなるというのが魔王の言だ。
闇堕ちの方法は二種類あって、一つは魔族の眷属になること、もう一つは聖神を心から否定することだ。私は前者、神官は後者で闇堕ちした。
「ぴぴ(だいじょうぶ?)」
急に絶叫して気絶した神官がようやく目を覚ましたので私は声をかける。
「心配してくれたんですか? ありがとうございます」
そうやって私にお礼を言う神官の顔色はすっかり良くなってる。無事に魔力が体に馴染んだみたいだ。よかったよかった。
神官にはあんまりいい印象はないけど、目の前で人が気絶したら一応心配くらいはする。敬意なんか払いたくないからさん付けはしてやらないけど。
団長さんは後でまた来ると言って一旦訓練に戻ったので今はいない。そろそろ戻ってくる頃かな。
そんなことを考えていると、ちょうどガラガラと医務室の扉が開いて団長さんが入ってきた。
「目が覚めたか」
「はい、先程は失礼しました。つい、取り乱してしまって……」
「いや、気にしてない。人間なら当然の反応だからな」
嘘だね。医務室を出てくときの背中がしょんぼりしてたもん。
今はおすまし顔してるけど、自分の正体が分かった瞬間相手が恐怖で気絶しちゃったんだもん、意外と世話焼きな団長さんがショックを受けないはずがない。
でもひよこは優しいので気付かないふりをしてあげる。
団長さんが椅子を持ってきて、神官の寝ているベッドの横に腰かけた。
「目覚めて早々にすまないが、少し話を聞かせてほしい」
「はい。構いませんよ」
「じゃあまず、自分がどうして闇堕ちしたのか覚えてるか? 覚えている範囲でいいから教えてほしい」
団長さんがそう尋ねると、神官は記憶を探るように宙を見た。
「そうですね、やっぱり聖女様が亡くなったのがきっかけでしょうか。あの清廉潔白な方を守ってくださらなかった神を憎んだことまでは覚えてます」
「え」
「び(え゛)」
「ん?」
ほぼ同時に私と団長さんは声を上げた。それに神官が首を傾げる。私は気にしないでという意味を込めて首を横に振った。
びっくりした。まさかここで自分が出てくるとは思わなかったよ。てか私死んでないし。団長さんも同じことを疑問に思ったようだ。
「どうして聖女が死んでると?」
「教皇が聖女様にかけた魔法によって絶命が伝わってきたと」
ああ、そういえば逃亡防止にそんな魔法かけられたような……。
まあ確かに勇者に斬りかかられた傷で死ぬ直前だったから、一回くらい心臓止まってても不思議じゃないね。魔王が私を眷属にするときに体を丸ごと作りかえたから傷も全部なくなっちゃったんだけど。
人間界ではしっかり聖女は死んだことになってるみたいでよかった。私もこれで心置きなくひよこライフを満喫できる。……この神官さえ片付けば。
「本来後衛にいるはずの聖女様だけがお亡くなりになるなんてありえないのです! あの勇者達に無茶な役回りを引き受けさせられたか身代わりにされたとしか考えられません!! きっと聖女様は否とは言えなかったのでしょう。謙虚で高潔で、とても立派なお方でしたから……」
神官の語尾がどんどんしぼんでいく。
いや、その勇者直々に手を掛けられたんだけどね。神が与えたもうた聖剣でグッサリとやられちゃったわけだけど。
でもさすがの神官も勇者が直接聖女を殺したとは思わなかったようだ。そりゃそうか、普通に考えたらメリットないもんね。勇者は普通じゃなかったわけだけど。
……おい団長さん、「謙虚」とか「高潔」ってワードで笑い堪えるの止めてくれるかな。ひよこだって人間だったころはそれはもう立派な聖女様を演じてたんだから。なんだかんだ憧れの目で見られちゃうと弱かったのよ。
「あんな人間として終わってる男に勇者の加護を授けたことにも怒りは感じてましたし」
「そうか」
お、ちゃんと勇者の本性に気付いてたんだ。私の中でこの神官の好感度が少しだけ上がった。
あの勇者達も人目があるところではしっかり猫を被ってたからね。そこがまた厭らしいんだけど。でも神官は比較的勇者と接する機会が多かったから、勇者の腐りきった性根が滲み出ちゃってたんだろう。
団長さんがちらりとこちらに目配せをしてくる。「ヒヨコが聖女だって打ち明けるか?」という無言の問い掛けに私は首を横に振って答えた。
公明正大で清廉潔白な聖女は死んだ。今生きてるのは戦闘とイタズラが好きなただのひよこだ。夢を壊さないためにも黙っておきましょう。
私と団長さんは無言のまま同意に達した。
「それは残念だったな。聖女は我々魔界軍にとってもよき好敵手だった……」
「そうでしたか……」
医務室がしんみりとした空気になる。
おお……目の前で自分の死を悼まれるって、なんだか不思議な感じ。なかなかレアな経験じゃないかな。ちょっと得した気分だ。神官には悪いけど。
あ、そういえばこの神官の名前なんだろ。闇堕ちしたからもう神官じゃないし、いつまでも神官って呼び続けるのもなんだよね。
すると、これまたグッジョブなタイミングで団長さんが神官の名前を聞いてくれた。
「そうだ、報告書を上げるのに必要だから名前を教えてくれるか? ファーストネームだけでいい」
「シュヴァルツと申します」
「助かる」
団長さんは手に持っていた紙にサラサラと元神官の名前を書き込んだ。
シュヴァルツね、覚えた。確かに神殿にいた頃に聞いたことあるようなないような名前だ。
「―――あの、私はこれからどうなるんでしょう」
シュヴァルツがおずおずと団長さんに問いかけた。
「このまま魔界で暮らすことになるだろう。心配しなくても堕ちたては拾った者が責任をもって保護するきまりだ。職が決まるまで衣食住は面倒を見る」
「そうなんですか。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
団長さんの言葉にホッと胸をなでおろしたシュヴァルツは、深々と頭を下げた。
そこで魔王が私を迎えに医務室にやってきた。
「ヒヨコ、迎えにきたぞ」
「ぴ! (は~い)」
「魔王様! お疲れ様です!!」
団長さんが素早く立ち上がって魔王に挨拶をした。
「―――ま……おう……?」
あ。
振り返ると、目を大きくかっぴらいたシュヴァルツがプルプルと震えていた。
学んだ私はサッと耳を塞ぐ。
「ぴ、ピギャーーーーーーーーーーーーー!!!!」
そりゃあ、団長さんを見ても気絶したんだから、急に魔王が目の前に現れたら気絶するよね……。





