ひよこ、闇落ち神官を拾う
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先日のひよこペンキに落下事件から、団長さんはすっかり私を怖がらなくなった。
前の私と今の私はもう別人だって自分の中で腑に落ちたらしい。私を見る目がすっかり問題児ひよこを見る目だもん。解せない。
そして何かのスイッチが入ったらしくやたらと口うるさいし。怖がられなくなったのを喜べばいいのか、ガミガミと小言を言われるようになったのを嘆けばいいのか……。
まあとにかく、団長さんは私に対する恐怖も遠慮もなくなったってことだ。
団長さんの意識が変われば部下のみんなもそれに倣うらしく、みんなの態度も変わった。今ではみんな出来の悪いひよこを相手にするような態度をとってくる。自分で言うのもあれだけど、ヒヨコってば魔法も使えて意思疎通もできるとんでもないハイスペックなひよこだと思うんだ。誰も同意してくれなさそうだけど。眷属バカ気味の魔王にそう訴えても同意は得られなかったし。
そんなことを考えながら魔王城のお庭を歩いていると、前方にいきなり何かが立ち塞がった。ちゃんと前を見てなかったからボフッとその何かにぶつかる。
「ぴぃ……」
なんだこれ。布? ……ちがう、倒れた人だ!!
これはなんだろうと視線を巡らせると、やたらキラキラした金髪頭が目に入った。なんでこんなとこに人が倒れてるの!?
とりあえず声を掛けてみる。
「ぴ~(お~い)」
反応なし。
「ぴ? (しんだ?)」
いや、胸は上下してるからまだ生きてるはず。
「……ん」
お、屍がちょっと反応した。
もう一鳴きしてみよう。
「ぴ!! (起きて~!!)」
すると、金髪頭の男の人が目を開いた。深い青とパッチリ目が合う。……ん? この色彩、あとこの人が着てる服、なんだか見覚えが……。
……あ! これ人間界の神官の服装だ! なんでこんなとこに人間の神官がいるの!? しかも敵地の本丸でスヤスヤ寝てたし。
私はとりあえず後ずさって神官から距離を取った。危険なものに近付くと方々から怒られちゃうからね。ひよこも学びました。
それに神官ってあんまりいい思い出ないんだよね。
とりあえず威嚇しておこう。
「ぴっ! ぴっ!」
私が威嚇をしても、神官はきょとんと首を傾げるばかりで地面から起き上がりもしなかった。
なに!? この神官、私の威嚇が全く効いてない!?
ここまで無反応だと逆に心配になってきた。頭とか打っちゃったのかな。仕方ない。優しいひよこの私が医務室まで運んであげよう。
私は自分に身体強化の魔法をかけ、神官の服を咥えた。神官の服だからばっちくないよね。変なもの口に入れても魔王と団長さんは怒るから。ひよこが物を運ぶなら口に咥えるのが一番手っ取り早いのにね。
神官をぴよぴよと引きずっていると、団長さんに遭遇した。団長さんは神官を引きずっている私を見るや否や、呆れたように半眼になる。
「―――ヒヨコ、何をしているんだ。変なものを拾ったらまた陛下に叱られるぞ」
「ぴ!?」
ひよこ拾ってないよ!? ただ神官が落ちてたから医務室に運んであげようとしただけなのに。むしろこの心意気を褒めてほしいくらいだ。
団長さんがこちらまで歩いてきて、団長さんと神官の目が合う。すると神官は少し怯えた様子で大きく目を見開いた。私が威嚇してもそんな反応しなかったのに。やっぱり団長さんは大きいから怖いのかな。
神官を見ていた団長さんがふと、何かに気付いた。
「……ん? 貴様人間……いや、堕ちたてか」
「ぴ?」
「堕ちたて」とは何ぞや?
初めて聞く単語に私は首を傾げた。すると団長さんがそれに気付いてくれる。
「堕ちたてが何か分からないのか? 魔界では闇落ちしたばかりの人間を堕ちたてと言うんだ。ヒヨコもまだこっちの基準では堕ちたてだな」
「ぴぴ!!」
そうなんだ!
後に聞いた話だけど、魔族の寿命は人間よりもはるかに長いから十年くらいたっても余裕で堕ちたてと呼ばれるそう。魔界の住人の約九割は魔人族が占めてるからそれぞれの種族によって時間感覚が大きく異なったりすることはない。残りの一割は古来種という魔界の最初期から存在する種族で、大抵は魔人族よりも寿命が長い。ただでさえ長い魔人族の寿命より長いってどんだけなの? って感じだよね。
魔界ももうちょっと昔はいろんな種族がいたらしいけど、自由に結婚を繰り返すうちに血が混ざって種族の特徴がごっちゃになっちゃったから、その人達をまとめて魔人族と呼ぶことにしたんだとか。だから魔界では角が生えてたり、皮膚の一部が鱗だったりするのは、人間でいう髪の長さとか色の違いくらいの認識だそう。つまりただの個性として認識されてるってことだね。
団長さんの赤い目もそんな個性の一つだ。
真っ赤なおめめがしっかりと神官を捉える。
「魔界へようこそ。元人間」
「まかい……」
団長さんの言葉を神官が呆然と繰り返した。やっぱりどこかに頭でも打ったのかな……?
団長さんが神官に一歩近づいた。
「うわ、お前臭いな。それにその格好、人間の神官か」
「くさっ!?」
神官がショックを受けた顔をする。臭いって結構心にくるよね。
団長さんデリカシーないなぁ。そう思って団長さんを見たら、団長さんもやっちまったと思ったのかちょっと申し訳なさそうな、気遣うような表情になってた。
「ああ、すまなかった。臭いというのは聖神の臭いのことだ。お前の体臭は臭ってこないぞ。安心しろ」
「はぁ……」
結局聖神の臭いがして臭いんじゃんね。神官もなんか微妙な顔してるし。
いたたまれなくなったのか、団長さんが話題を変えた。
「ところで、どうしてお前は先程から寝たままなんだ?」
「……」
それは私も気になってた。地面は庭園の石畳で、寝てたら背中が痛いだろうになんで起き上がらないんだろうって。
だけど、神官は起き上がらないんじゃなくて力が出なくて起き上がれなかったんだって。医務室の人に見せたら闇堕ちしたばかりでまだ体が適応できてないからだそうだ。聖神を祀る神殿に仕えてたから余計闇の魔力が体に浸透し辛いそうだ。
医務室のベッドに寝かされた神官が首だけで団長さんにおじぎをする。
「あの、運んでいただきありがとうございました。ところで、お仕事の方は大丈夫なんでしょうか? 魔界もきっと今は勤務時間ですよね」
「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は魔界騎士団の団長をしているブラッドだ」
「きし……だんちょう…………」
あ、そういえば魔界騎士団って普通の人間からすれば恐怖の象徴だったような―――。
壊れた人形みたいにギギギッと団長さんを見た神官は、その後「ぴぎゃーーーーーーー!!!!!」と、成人男性とは思えない奇声を上げて気絶した。
11月からは大体週一投稿になりますm(_ _)m