人間界にて(神官サイド)
聖女様が死んだ。
その訃報は聖女様を除いた勇者パーティーによってもたらされた。
勇者パーティーの面々は一様に聖女の死を悼む様子を見せていたが、私には分かった。それは演技だと。
勇者を筆頭に、勇者パーティーの者達は前々から聖女様を疎んでいた。それこそ死を望むくらいに。
流石に勇者達が手にかけたとまでは思わないが、聖女様を身代わりにするくらいのことはしそうだ。でなければ本来は後衛で守られている筈の聖女様だけが死に、他の者達だけが生きて帰ってくるなんてありえない。
勇者達が謀ったに違いない。私はそう、教皇様に申し上げた。
「滅多なことは口にするものではない」
「ですがっ―――!」
「聖女亡き今、人間界を守るのはあの勇者達しかおらぬのだ」
「……聖女様は、本当にお亡くなりになったのですか……?」
私は一縷の望みをかけてそうお聞きした。
「聖女は確かに死んだ。聖女に仕掛けていた魔法から絶命が伝わってきたからな」
「……っ」
何も言えない私を置いて教皇様は去って行かれた。
―――神よ、どうして優しいあの方を守ってくれなかったのですか。
―――神よ、どうしてあの者に勇者の力を与えたのですか。
神を憎む心が湧き上がってくると同時に、自分の中の魔力が黒く染まっていくのが分かる。
―――ああ、これが闇落ちか……。
魔力が染まり切るのと同時に、私の意識は闇に消えた。
***
「ぴ?」
「……ん」
鳥の鳴き声……これはひよこか?
私はまぶたをゆっくりと開いた。
「ぴ!!」
私をみおろしていたひよことパッチリと目が合う。するとひよこは驚いたような顔をして後ずさっていってしまった。
ひよこって意外にも表情豊かなんですね。
「ぴっ! ぴっ!」
ひよこが何かを訴えるように鳴く。なんでしょう……。
あいにくひよこ語は修めていないので何を言っているか分からない。起きる気力もなく、地面に横たわったまま首を傾げていると、ひよこが私の衣服の一部を咥え引っ張り始めた。
え、このひよこめちゃめちゃ力強いんですけど。
ひよこに引っ張られたところでビクともしないかと思えば、全然そんなことはなかった。手の平サイズのひよこが成人男性である私をズリズリ引きずる姿はある種異様だろう。
というかこのひよこは私をどこに連れて行こうとしてるんだ……? このひよこはきちんと意思を持って私をどこかへ連れて行こうとしている気がする。
「―――ヒヨコ、何をしているんだ。変なものを拾ったらまた陛下に叱られるぞ」
「ぴ!?」
「叱られる」と言われたところでひよこが飛び上がった。その拍子に咥えられていた私の衣服も解放される。あ、やっぱりちょっと伸びてるな。
コツコツと靴の音が聞こえ、ひよこに話し掛けた声の正体が姿を現す。
「―――!!」
紅い瞳の巨体と目が合った。
「……ん? 貴様人間……いや、堕ちたてか」
「ぴ?」
ひよこが呑気に首を傾げる。
「堕ちたてが何か分からないのか? 魔界では闇落ちしたばかりの人間を堕ちたてと言うんだ。ヒヨコもまだこっちの基準では堕ちたてだな」
「ぴぴ!!」
ひよこが「そうなんだ!」とでも言っているように鳴く。やっぱり、明らかに意思疎通できてますよね。この大男も極々自然にひよこに話し掛けてるし……。
意思疎通のできるひよこなど人間界にはいない。となると、やはりここは―――。
「魔界へようこそ。元人間」
「まかい……」
大男の言葉を呆然と繰り返す。
薄っすらと予想はしていた。人間にはこんな大きくて鮮やかな赤い瞳を持つものなどいないからだ。だが、私はいつの間に魔界に来たのだろう。教皇様―――いや、教皇と話した後から今に至るまでの記憶がスッポリと抜け落ちている。
「うわ、お前臭いな。それにその格好、人間の神官か」
「くさっ!?」
臭い!? これでも結構身ぎれいにしてる方ですけど。というか臭いって他人に言われると結構傷付きますよね。
私があまりにショックを受けた顔をしていたのか、大男は少しこちらを気遣うような表情を見せた。
「ああ、すまなかった。臭いというのは聖神の臭いのことだ。お前の体臭は臭ってこないぞ。安心しろ」
「はぁ……」
自分が臭くなくて安心したような、つい最近まで信仰していた神の香りを臭いと言われ、なんだか微妙な気分です。
「ところで、どうしてお前は先程から寝たままなんだ?」
「……」
力が出なくて起き上がれないんです。
素直にそう伝えると、大男は私を担いで医務室に連れて行ってくれた。
大男の正体が魔界騎士団の団長と知り、私が絶叫するまであと数秒―――。