ひよこ、怒られる
仲良くなれるかも―――と思った約一時間後、私は団長さん、そして騎士さん達から遠巻きにされていた。みんな心なしかカタカタと震えている気がする。
魔王が思う存分騎士団を鍛えろって言ってたからその通りにしたんだけど、もしかしてまだ早かったかな。まだ完全にはトラウマを克服してなかったのが悪かったのかもしれない。
騒ぎを聞きつけた魔王とゼビスさんが駆け付けてきた。
「これは―――」
「騎士団の詰所が穴だらけですね……人型の」
そう、向かってくる騎士さん達を吹っ飛ばしていたら思ったよりも飛んじゃって、詰所の壁を突き破っちゃったのだ。今度から力加減には気を付けよう。
そう決心する私を魔王が摘まんだ。
「いつかやるとは思っていたが、まさか初日から騒ぎを起こすとは思わなかったぞ」
「ぴ(ごめんなさい)」
反省だ。
「罰としてヒヨコは詰所の壁を騎士達と一緒に直せ。いいな?」
「ぴ(はーい)」
それから騎士さんや団長さんもひよこ一匹に怯えるなと若干お叱りを受けていた。
そしてお昼ごはんを食べた後、私達は詰所の壁を直す作業に取り掛かることにした。
騎士さん達が倉庫から板や釘などを持ってくる。
「ぴ? (まほうでなおすんじゃないの?)」
「ん? ああ、なんで手作業で直すのかって?」
「ぴ(うん)」
木の板を持ってきたリックさんが私の疑問を正確に汲み取ってくれる。
「基本的に魔王城の敷地内にある建物は魔法を通さない素材でできてるんだよ。だから直すのにも魔法は使えない」
「ぴ(そうなんだ)」
防犯とかの理由なのかな?
じゃあ今回は魔法で飛ばされた騎士さんがぶつかったから壁が壊れちゃったんだね。
「ひよこ釘……は打てないか……。てかできる作業あるか?」
「ぴぴ!(くぎくらいうてるよ!!)」
私は足で釘を持ち、リックさんが押さえてくれている板の右下に狙いを定めた。そして嘴で釘をつつく。
コツコツコツコツ
「おお!!」
「ちゃんと釘打ててるな」
「ひよこじゃなくてキツツキだったのか?」
ふっふっふ、ヒヨコの釘打ちをとくとご覧あれ!!
「トンカチで打つよりもひよこの方が早いな」
「ひよこがんばれ~!」
「ぴ!!」
みんなの声援に応えて私は頑張って釘打ちをした。若干乗せられた気がしなくもない。
次はぺんき塗りらしい。ぺんきって初めて見たよ。
ぺんき塗りを手伝うべく、ハケを手にしたニックさんの足元にいく。
「ぴぴっ」
「さすがにペンキ塗りはできないだろ」
「ひよこも染まっちまうぞ~」
「ぴぴ?」
それは手軽にイメチェンができるってこと?
ヒヨコ黄色以外になれちゃう? 私は台に乗り、ペンキ缶の中身を上から覗き込んだ。
バシャッ
「あ」
***
壁を修理した後、私と団長さんは魔王の執務室に来ていた。
椅子に座っている魔王は眉間にシワを寄せてこっちを見ている。具体的には団長さんに摘ままれ、ぶら下げられている私を見てる。動物が好きな筈なのに、私を摘まむ団長さんの手付きに優しさは感じられない。原因は分かってるから文句は言わないけど。
そして魔王が鷹揚に口を開いた。
「ヒヨコ、先程とは随分と風貌が変わったな」
「ぴ……」
魔界の王の視線を一身に集める私の下半身は、ペンキによって真っ青に染まっている。しかも乾いてパリパリだ。出来心でペンキの中に飛び込んだものの、一瞬で救出されたのでこんなことになってしまったのだ。しかもこれまた魔法を通さない特別製のペンキだったらしく、魔法によってきれいにすることはできなかった。無念。
団長さんは怒っているというか、イタズラ心を抑えきれなかった私を叱る意味で雑に扱っているようだ。
「すまなかったな。ヒヨコが迷惑をかけた」
「いえ、子どもがやんちゃやイタズラをするのは普通のことなので気にしていません。ただ、今回は一歩間違えたらヒヨコが窒息するところだったのできちんと叱るべきだと思います」
せ、正論すぎてぴぃの音も出ない。しかも団長さん人が出来すぎじゃない? 魔王もちょっとびっくりしてる。
「では、私はこれで失礼します。ヒヨコの反省が済んだら風呂に入れてペンキを取ってあげてください」
「うむ。分かった」
魔王が答えると、団長さんは一礼して魔王の執務室を出て行った。
机の上に置かれた私と魔王の間に一瞬の沈黙が落ちる。……気まずい。
「……ぴぃ」
「ヒヨコ、お説教だ」
「ぴぴ(はい、ごめんなさい)」
その後、魔王にこってり絞られた。
内容はやっぱりイタズラをしたことじゃなくて私が危険なことをしたからで、逆にいたたまれなくなった。
「びぃぃぃぃぃぃ」
「そんな嫌そうな顔するな。いつまでもそのままでいるわけにはいかないだろう」
私は今、魔王専用の浴室にいる。逃げられないように魔王に摘ままれて。
これまではひよこの本能がお風呂を嫌がるので清浄魔法で許してもらっていたのだ。だけど今日に限ってはそうはいかない。
魔王が洗面器にお湯を溜めた。湯気がむあっと舞い上がって私を襲う。
うぅ……。
「ぴぃ……」
「鳴き声で同情を誘うな。湯に入れるぞ」
魔王はゆっくりと、下半身が真っ青になった私をお湯の中に入れた。
……ん? 思ったより嫌じゃないかも。案外平気だ。ひよこの体なのに不快感もない。
「ん? そこまで嫌そうではないな。じゃあ石鹸で洗っていくぞ」
「ぴ」
魔王が自然由来のいい匂いがする石鹸を泡立てる。魔王が使うくらいだからきっとお高いんだろうな。いい石鹸なんて使ったことないからちょっと楽しみかも。
ヒヨコは小っちゃいから石鹸の量もちょっとでいいね。
まずは背中部分がモッコモッコと泡立てられる。そしてその泡を使ってパリパリになったペンキを慎重に取り除いていく魔王。
「ぴぴっ(ごめいわくおかけします)」
「泡が口に入るからあまり口を開くな。それにそなたを飼……眷属にすると決めた時から迷惑を掛けられるのは覚悟している」
今「飼う」って言いそうになったよね。別にいいけど。実際飼われてるようなもんだし。
「―――ぴぴ!」
ペンキでコーティングされてたところがすっかりきれいになった。すっきりだ。
濡れた毛も丁寧に乾かされ、フワフワひよこの誕生だ。
「ぴ(まおうありがとう)」
「うむ。ちゃんと礼が言えて偉いな。これに懲りたら、もう危ないことはするなよ?」
「ぴ(はーい)」
その後、どうやら魔王はふわふわになった私の毛並みが気に入ったようで、頻繁に私を洗うようになった。