ひよこ、巣に戻る
「ぴぴ(ってことがあったの)」
「そんなことしてたのか……。だから帰って来るのが遅かったんだな」
「ぴ」
私は魔王の膝に乗って今日の出来事を話す。魔王はちゃんと私の話に耳を傾けてくれた。模範的な保護者だね。
「騎士団長のストッパー係にヒヨコを採用したいと投書がきてるぞ。あと定期的に訓練の相手もしてほしいとのことだ。ちゃんと給料も出るそうだがやりたいか?」
「ぴ! (やる!)」
ひよこ大好評じゃない!?
「じゃあそう返答しておこう。文句言ってたわりに随分打ち解けたじゃないか」
「ぴ」
「ただ、騎士団長はそなたに気絶させられてトラウマが再発したようだが」
「ぴ……」
なんてこった。頼まれてやっただけなのに。
「あいつに限っては自業自得だがな」
「ぴ(ひよこもそうおもう)」
「まあゆっくり歩み寄ればいい。これから関わる機会なんていくらでもあるからな」
「ぴ(わかった)」
団長さんは動物好きみたいだからちょろそうとか思ってたけど、案外前途多難かもしれない。団長さんを気絶させるたびに好感度リセットされそうなんだもん。
むんっとやる気を見せると魔王が微妙な顔で頭を撫でてきた。
「騎士団長と仲良くなるのはいいが懐き過ぎるなよ。親鳥のように思うのも言語道断だ」
父親じゃなくて親鳥なんだ。
団長さんは確かに父親感のあふれる外見だったから魔王の懸念は的外れでもないかもしれないけど。どうやら魔王は私の保護者枠を奪われるのが嫌みたいだ。
私側はともかく、向こうは私がトラウマになってるんだから杞憂だと思う。
「我の立場を脅かすようなら騎士団長は罷免しよう」
「ぴ……(なんておうぼうな……)」
今のところ私にとっての親鳥はちゃんと魔王だよ。そう伝えたら魔王はあからさまにご機嫌になった。なんてお手軽にご機嫌がとれちゃうんだろう。この魔界のトップのイメージがどんどん変わっていく。
「ふ、まあそれならいい。思う存分騎士団を鍛えてやれ。さんざん人間のために尽力したそなたを裏切った勇者どもの目に物見せてやれ」
「ぴ!(わかった!)」
魔王がそう言うなら騎士団を全力で鍛えちゃうよ!
今となっては私も勇者―――というか人間界全体には思うところがあるし。ほんとうは直々に勇者と戦ってもいいけど、私が生きてることを知られたらちょっとめんどくさいことになりそうだ。どうせ団長さん達はこれからも勇者達と相対するだろうし、魔界騎士団を鍛えるのが一番早いよね。
「そなたがいなくなった勇者一行なら今の騎士団でも潰せるとは思うがな。どうせ勝つなら快勝の方がよかろう?」
「ぴ!」
片頬を上げて楽しそうにそう言う魔王に、私は一鳴きして答えた。
「では寝るぞ。子どもの成長に夜更かしは大敵だそうだからな」
魔王は私を手に乗せ、寝床まで運んでくれた。
「ぴぴ(まおーおやすみ)」
「ああ、おやすみ。ゆっくり休むのだぞ」
***
次の日も暇だったので、早速騎士団に行くことにした。
今日はなぜか魔王もついてきた。
「ぴ(なんでまおうもついてくるの?)」
「ヒヨコの保護者として挨拶をしておくべきだろう」
お父さん感のあふれる団長さんに牽制する気かな?
そして私を手に乗せた魔王は騎士団の訓練場に到着した。びっくりした様子の団長さんや騎士さん達が魔王を出迎える。
「陛下!? どうされたのですか? こんな急に」
「来ては悪いのか?」
「いえ、そんなことは!」
魔王意地悪だね。
「これからこのヒヨコが世話になる……というかそなたらの世話をすることになったから、保護者として挨拶をしておこうと思ってな」
威圧感たっぷりにそう言う魔王。挨拶する態度じゃないよ。
団長さんもなんで威圧されてるのか分かってないみたいだし。表面上は魔王の言葉を真摯に受け止めてる風だけど心の中の疑問符が丸見えだよ。
「うちの子はまだ魔族になってから日も浅いし、ちょっとしたトラブルで聖女だった時よりも精神年齢が下がっている。故に迷惑をかけることもあるだろうが温かい目で見守ってやってくれ」
「ハッ!」
「……」
魔王、言ってることは割とまともなんだけど目つきが完全に団長さんを睨んでる。あとうちの子を強調しすぎだし。
まだ私は団長さんを親鳥認定してるわけじゃないんだからそんなに敵認定しなくていいのに。さては昔魔王が飼ってたひよこが魔王より団長さんに懐いたりしちゃったんだな?
大人気ない魔王をシラーっとした目で見ていると、魔王が私の視線に気付いた。
「なんだその目は」
「ぴ(べつになんでもない)」
追及されても面倒なので顔をプイッと逸らす。すると今度は少し目を見開いた団長さんと視線がぶつかった。
「ぴ? (どうしたの?)」
「あ、いや、陛下とそのひよこは随分と仲がいいのですね」
「当然だろう。ヒヨコは我が眷属だぞ」
お、魔王のご機嫌が少し上向きになった。
「そういえばそうでしたね。では、このひよこは大切に預からせてもらいます」
「ああ。頼んだ」
そう言うと、魔王は私を自分の手から団長さんの手の中に移した。
「ぴ」
「では我は執務に向かう。怪我をしないように気を付けるのだぞ」
「ぴ(は~い)」
私の頭を一撫でして魔王は執務室に向かった。残されたのは私と団長さん、そして少し離れた所に騎士さん達。
魔王の後ろ姿が見えなくなった頃、団長さんが口を開いた。
「―――その、昨日はすまなかった。迷惑をかけたな」
「ぴ(いえいえ)」
気にしてないよ、という風に片手を振る。
「これからも迷惑をかけることになるだろうが、よろしく頼む」
「ぴ! (まかせて!!)」
私が元気よく鳴くと、団長さんはホッとしたように少し頬を緩めた。
うん、この調子で仲良くなれるかも。