魔王様、世紀の大失敗
ついに最大の敵である聖女を我が眷属にすることに成功した。聖女がいなくなれば勇者パーティーなど屁でもない。
勇者達がアホだったおかげでそこまでは順調だったのだ。我は聖女に誘いを掛けることしかしていない。
そこまでは順調だった。だが、聖女を眷属にする際、ほんの五十年前に死んでしまったペットのひよこが頭を過ったのが悪かったのかもしれない。
気付けば、美しくもかっこいい女魔族にする筈だった聖女はひよこになっていた。
直前まで聖女が纏っていた衣服の中から黄色い毛玉が出てきた瞬間、我は自分の失敗を悟った。やべぇミスった、と。
強く美しい聖女が闇落ちしてくるのを我が配下達は皆楽しみにしていたのだ。強く美しい魔族が誕生すると。だが実際に誕生したのはヒヨコだ。素体が聖女であるから強いのは間違いないのだが、いささか威厳に欠ける。
「ぴよ?」
我の手のひらの中で首を傾げるひよこは大変可愛らしい。
……うん、可愛いからいいか。我の影響を受けて配下達も愛らしいものは好きだからな。
そのうち聖女は我の手の上で毛繕いを始めた。ここで我は「ん……?」と引っかかりを覚える。
あまりにも行動がひよこ過ぎはしないだろうか。聖女は元々人間だ。いくら体がひよこになったからといって急に嘴で毛繕いなどできるものなのだろうか……。
ある可能性に気付いて我の背中に冷や汗が滲んだ。
もしかして、中身までひよこになっているのか……?
だとすると先程から聖女が一言も話さない理由が説明できる。こんな失態今までしたことないぞ……!
我はとりあえず眷属作りが一番上手い部下の元へとかつて聖女であったひよこを持って走った。普段なら呼び寄せるのだが、混乱した我の頭にはそんな選択肢は浮かばなかった。
***
数百年振りに全力ダッシュした甲斐あって最悪の事態は防げたようだ。
「魔王様がいらっしゃるのがあと数分遅ければ魔力を持ったただのひよこになっているところでしたよ」
「そうか……」
我はその説明をソファーに横になりながら聞いた。久々のダッシュは中々体にきた。
眷属化に一家言あるこのゼビスが言うにはあと少し遅ければ聖女は体だけでなく心もひよこになっていたところだったらしい。我ながらとんでもない失態をやらかしたものだ。
「なんでこんなことをやらかしちゃったんです?」
「いや、予想以上に簡単に最大の脅威である聖女をこちら側に引き込めたことで気が抜けてな。ぼんやりピヨ吉のことを考えていたらこうなった」
「……魔王様ともあろうお方がなんという……」
頭が痛そうな顔をするゼビス。普段はこんな失敗はしてないだろ。今回は特別だ。
「……ぴ……?」
お、聖女が起きたようだ。
ゆっくりと開かれたその瞳には先程とは違い理知的な光が宿っている。
「ぴ?」
ひよこになった聖女が首を傾げる。しっかりとこちらを向いているので何かを尋ねているのだろう。
「おいどういうことだゼビス」
「なにがですか?」
「まるっきりひよこの鳴き声じゃないか」
聖女はぴっぴぴっぴ鳴くだけで一向に言葉を話さなかった。
「腐っても魔王様の施した眷属化ですからね。私の力では聖女の自我を残すので精一杯です。これも貴方が大雑把だからこうなったんですよ?」
「ぐぬ……」
何も言い返せぬ。
ゼビスが言うにはこれから徐々に術を施していき、長期戦にはなるがそのうち人型にもなれるようになるらしい。うむ、一安心だ。
「ただ一時は思考までひよこになった影響で今の聖女の情緒は子どもに戻っています。このままだと自分の思うままに行動するので戦力にするのは厳しいですね。精神年齢の操作は難しいので普通に情緒を育てるのが安パイだと思います」
「――つまり?」
こいつが何を言いたいのか分かってきた気がする……。
「つまり、子育てがんばれ、でございます」
配下の目には自分のケツは自分で拭け、と書いてあった。
「……分かった」
「分かっていただけて良かったです。差し当たっては名前を付けたらどうです?」
そうだった、まだ眷属化の過程である『名付け』が終わっていなかった。人間から闇落ちして誰かの眷属になるものはその主から新しい名前をもらって正式に眷属化が完了する。
我はとりあえず聖女を取り囲むように名付けの陣を出現させた。
ふむ、どうするかな……。
暫くはひよこの姿のままらしいし、ひよこらしく可愛らしい名前がいいだろう。ひよこ……ひよこ……。
「ヒヨコ……」
「え゛」
「え?」
ゼビスが聞いたことのないような声を出したので我は驚く。一体何があったんだ?
「魔王様……」
ゼビスの視線を追う。
「――あ」
我が完全にやらかしていた。ゼビスが変な声を出すのも無理ない。
魔法陣がスゥっと聖女の中に入っていく。
「ぴよ?」
名付けの魔法陣にはしっかり『ヒヨコ』と刻まれていた。
つまり、ひよこになった聖女の名前は、正式に『ヒヨコ』に決定してしまったのだ。