ひよこ、リラクゼーションをうける
「ねぇねぇ、どうしてとうさまはこんなにかたがやわらかいの? マシュマロみたい」
私は首を傾げながら父様の肩をもみもみする。
「え~、そんなに凝ってない?」
「もちもち」
「もちもちかぁ」
釈然としない様子の父様。そんな父様のもとに魔王がやってくると、おもむろにその肩に両手をかけた。
「……柔らかいな」
「でしょ?」
私の方を見下ろして魔王がうむと頷く。
「え~? そんなに変わらないでしょ。魔王の肩触っていい?」
「いいぞ」
そして魔王の肩を一揉みした父様は、一瞬で目を見開いた。
「え、硬っ……。金剛石じゃん。ツルハシとか持ってくる?」
「人の肩で採掘しようとするな」
ガツガツと拳で魔王の肩を叩いてみる父様だけど、逆に自分の手を痛めただけで終わったようだ。
「あまりにも硬い……魔王、仕事しすぎじゃない?」
「それでいうと、とーさまはなまけすぎ?」
「父様は休むのが上手なの」
悪いことを言う口はこれか~、と頬をむぎゅむぎゅされる。
そして、私を抱っこした父様は魔王の方に向き直った。
「なんにせよ、魔王の肩こりは深刻だね」
「自分ではあまり感じないが」
「何百年も肩が凝ったまま過ごしてるから慣れてるだけだよ」
「ふむ……」
「君は休むのが下手くそだからねぇ」
やれやれと肩を竦める父様の真似をして、私もやれやれをする。すると、魔王が苦虫を噛み潰したような顔になった。
「――と、いうことで、みんなでエステに行こう!!」
翌日、私達は小さなお城のような真っ白な建物の前にやってきていた。
「――おー、たかそうなたてもの」
「せっかくだからいいところを予約してみたよ! なんてったってゼビス御用達」
おお、ゼビスさんの行きつけなら間違いないね。魔界の宰相だけあっていい暮らししてそうだもん。
初のエステサロンにワクワクと胸を高鳴らせている私達の後ろから、白虎さんがのっそりと歩み出ていた。その背中には、ちびドラゴン姿のリュウがちょこんと腰掛けている。
「本当に俺達もいいんですか?」
「もちろん、白虎も日々領主業務で忙しいだろうから、たまにはリラックスしておいで。子ども達の面倒は我がみるから」
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
そして、私達はエステサロンの中に足を踏み入れた。
「「「いらっしゃいませ」」」
中に入ると、一列に並んだ綺麗なお姉さん達が出迎えてくれる。
「陛下と白虎様はもみほぐしコースで、デュセルバート様とお子様方はリラックスコースでお間違いないですか?」
「うん、合ってるよ」
そう答えた父様は、私とリュウの手をとった。
「よし、子ども達は我と一緒にこっちの部屋だよ~」
お疲れの魔王と白虎さんは本格的なほぐしコースで、私達や父様はリラックスコースを予約してあるらしい。
魔王と白虎さんと別れた私達は、エステ用の服に着替えた。半袖半ズボンのさらりとした素材のそれは、すごく着心地がいい。
白を基調とした部屋に通された私達には、ほんのりと甘みのあるお水が出された。
ちゅーちゅーとお水を飲みながら足湯をする。
「たまにはこうしてまったり過ごすのもいいねぇ」
「りらっくす」
「ごくらく……」
私もリュウも背もたれに体重を預けて脱力する。
「まおーたちも、ゆっくりできてるかな?」
「ほぐしコース、きになる……」
「そうだねぇ、それじゃあ我らも本格的に施術を受ける前に二人の様子を少し覗きに行こうか」
「いく!」
スタッフさんの案内で、私達はまず白虎さんのいる部屋を覗きに行った。
白虎さんの邪魔をしないように、コッソリと部屋を覗く。
「――おお」
白虎さんはスタッフさん数人がかりで背中をほぐされ、ブラッシングをされている。完全にうっとりと骨抜きになっていた。だらんと力が抜けすぎて虎柄の絨毯になっている。
ネコ科らしく、ゴロゴロと喉も鳴らしていた。
うんうん、白虎さんはしっかりとリラックスできているようである。
続いて、私達は魔王の部屋を覗きに行った。
「……わぁ」
そこでは、穏やかな微笑で私達を出迎えてくれたお姉さん達が鬼気迫る表情で魔王の背中を押していた。
「何これ!! 微塵も指が沈まない。これ本当に皮膚……!?」
「先輩、最新のほぐし魔道具を持ってきました!」
「ありがとう! どんどん使ってちょうだい!」
「はい! ……先輩、全然効いてなさそうです!」
「焼け石に水でもやるしかないのよ!!」
どうやら、魔王の肩は未だかつてないほど凝り固まっているらしい。中では次々と言葉が飛び交い、あらゆる施術が試されていく。
「……なにこれ、きゅうきゅうきゅうごしつ?」
「高級エステサロンのはずなんだけど……。まあ、何百年ものの肩こりだからねぇ。そこはプロに任せよう」
「そうだね」
そして、私達は魔王のいる部屋からソッと視線を逸らした。
「我等も部屋に戻ろうか」
「そうしよう!」
「ん」
すたこらさっさと足早にもとの部屋に帰った私達だった。
三人そろってふかふかのリクライニングチェアに座る。
「……二人とも、本当にそっちの姿でいいの?」
父様の紅い瞳には、ひよことちびドラゴンの姿が映っている。
「ぴ! こっちがいいの」
「ん」
人型だとむしろ肩とか揉まれてもくすぐったいからね。私達はこっちでいいのだ。
「君達がいいならいいけど」
そして、私達の施術が始まった。
いい香りの液体を羽に塗られ、ブラッシングをされる。
さすが高級エステサロン、ひよこもうっとりだ……。
熟練の技に、私はあっさりと眠りに落とされてしまった。
◇◆◇
「――デュセルバート様、こっちは終わった」
「俺も……」
「しー! 静かに! 二人ともすんごいかわいい状態で寝てるんだから……!」
デュセルバートに促された方を見た白虎は、「ブホッ」と吹き出した。
「……確かに、これはかわいいな」
魔王もそちらを見ると、目元を少しほころばせる。
その視線の先には、両目にキュウリの薄切りを乗せてスヤスヤと眠るひよこと子ドラゴンがいた。





