ひよこ、亀のおじいちゃんに出会う
「――あまりウジウジしていても仕方ないから、今日は気晴らしに出張に行きましょう!」
ロビンさんが唐突に宣言する。
「しゅっちょう?」
動物園にもそんなのあるんだ。
疑問に思っていると、ロビンさんがフフンと笑って教えてくれる。
「うちは、野生動物の調査や保護活動にも力を入れているのよ!」
「ほうほう、じゃあやせいどうぶつにあいにいくんだね!」
「そうよ! ……まあ、今回のは野生動物ともちょっと違うのだけれど……」
「?」
ロビンさんが言葉を濁したのは気になったけど、なにはともあれ出張だ。
準備を整え、私達は動物園を発つ。
「ロビンさん、ヒヨコたちのために、わざわざありがと」
「んふふ、どういたしまして……と言いたいところだけど、今日の出張は元々予定に入ってたのよ。何ヶ月も前にアポを取ってるんだから」
「あぽ……?」
アポってお約束のことだよね? 野生動物と約束をしてるのかな……?
どういうことだろうと思いつつも、お出かけは大好きなので出張について行くことに関してはなんの異存もなかった。
私達が向かったのは、動物園から馬車で一時間ほど進んだ場所にある森の中だった。
暫く歩く(私はリュウの抱っこ紐の中)と、唐突に目の前に山が出現した。
「やま! やまだ! とざんするの?」
「わざわざ登山するほど大きくはないんじゃない?」
父様がこちらを微笑まし気に見ながら言う。
「そっかぁ」
たしかに、目の前の山は五階建ての建物くらいの大きさだ。登山をするにしてはたしかに低いかも。
「随分唐突に地面が盛り上がってんな。そういう特性なのか?」
ちょいちょいと目の前の小山を小突く白虎さん。
じゃれる猫ちゃんみたいでかわいい。こういうところでネコ科が出るよね。
すると、ロビンさんがもの凄い形相で白虎さんに駆け寄る。
「び、白虎様!! ストップ! ストップです!! 絶対に攻撃はしないで下さいませ!!」
「お、おう……すまん」
前足でちょいちょいつついてただけの白虎さんだけど、ロビンさんのあまりの勢いに押されて即座にその足を引っ込める。
どうしたんだろう……そんなに大事な山なのかな。もの凄く貴重な動物が住み着いてるとか?
「……むぅ、賑やかだのう……メシの時間か?」
「ぴ?」
その時、この場の誰のものでもない低い声がどこからか聞こえてきた。低く、年齢を重ねた重厚感のある声だ。
誰の声だろう――そう思った次の瞬間、ズズズッと音がして目の前の地面が割れた。
「え!?」
「ヒヨコ……!」
リュウがサッとその場から離れ、私を抱き込む。
だけど、私の目は目の前の信じられない光景に釘付けだった。
「――やまが、うごいた!!!」
ゴトゴトと土を落としながら、山が根元から浮き上がったのだ。そして、浮き上がった山の下からにゅっと巨大な尻尾が生えてくる。
……ん? しっぽ?
「もしかして……」
私達を庇うように前にいた白虎さんがボソリと呟く。
白虎さんはこの山の正体に思い当たるところがあるみたいだね。
「――客人殿、そちらは尻尾だから頭の方に来ておくれ」
「やまがしゃべった……」
重厚感のある声は、やはり山の方から聞こえてきた。
「ん? 幼子の声がするのう。そこにいるのは園長殿ではないのか?」
「私もおりますよ」
「おお、そうかそうか。よかったわい」
ロビンさんが話すと、山から返事がくる。
やっぱり不思議だ……。
それから私達は時間をかけて山をグルリと回り、反対側へと向かった。
「――カメさんだ!!!」
そこには、山の下から生えている巨大なカメの頭があった。
すごい! おっきい!
白虎さんも簡単に飲み込めてしまいそうなほどの巨大さだ。
ぴぴぴっ! とテンションの上がる私だったけど、父様と白虎さんの反応は違った。
「……玄武……君、こんなところで一体何をしてるんだい?」
「おお、デュセルバート様! ご復活おめでとございます! 儂は心配しておりましたぞ!!」
「ありがとう。でもその割には全然顔を見せに来なかったけど?」
「はっはっは、申し訳ございません。ここから動けぬ事情がありましてな」
「そうみたいだね」
そう言いながら、父様が目の前の山を見上げる。
私達が山だと思っていたものは、どうやら玄武さんの甲羅だったらしい。いや、玄武さんの甲羅の上に土が積もり、木や植物が生えて今の姿になったのか。
「中々顔を見せないと思ったら、こんなところで背中に森を生やしてたのかい」
「いやはや、五十年ほど昼寝をしていたら背中の上に新たな生態系ができてしまいましてな。動くに動けなくなりさらに五十年ほどここでジッとしております」
私もお昼寝は好きだけど、五十年も眠れないよ……。人間なら寿命の半分が終わってるね。
それからさらに五十年もここにいるなんて、動き回りたいお年頃の私には不可能な芸当だ。
すると、呆れ顔の白虎さんが一歩前に出た。
「ずっとここにいて、メシはどうしてたんだ?」
「おお、白虎、久しいのう。このロビンの動物園の外部動物ということで登録してな、たまにメシを運んでもらっておったのだ。儂はそこまで頻繁に食事を摂らなくても生きていけるからのう」
「四天王の一人が飼育されてたのか……。最近は息子がずっと代理をしてると思ったら」
呆れすぎて、白虎さんは開いた口が塞がらない様子だ。
四天王でも動物として登録できちゃうんだ……。ヒヨコも将来働くのが面倒くさくなったら動物園で飼ってもらおっと。
白虎さんの反応にもケロリとしてる玄武さんの前に、父様が歩み出る。
「ここから動く気はないのかい?」
「いえ、さすがにそろそろ動こうかと思いましてな、それで園長殿を呼んだんです」
「そうだったのか。でも、君がその気になれば人の助けを借りずとも動けるのではないかい?」
父様の疑問に、玄武さんが眉尻を下げ、困ったように笑う。
「いやぁ、植物が生えただけならいいのですが生き物達も背中に住み着いてしまいましてな。さすがに動物達の住処を奪うのは忍びなく……ですが、動かなすぎて関節が痛くなってきたのでそろそろ重い腰を上げようかと」
腰が重すぎるね。
結局百年くらいこの場所にいたってことだもん。気が長いというかなんというか……。
「なるほど、動物達を移動させるなら誰かの助けが必要だね」
「そうなのです」
うむうむと頷く玄武さん。
山かと思うほど巨大なので、玄武さんが頷くだけでもすごい迫力だ。
「ところで、一緒に来たその子はなんです? 小さくてかわいいですのう。どれ、ドラゴンの子よ。もっとこちらへおいで。爺にかわいいお顔を見せておくれ」
「相変わらず子ども好きだな……。リュウ、ジジイに顔見せてやれ」
ほうほう、玄武さんは子ども好きなのか。話し方とか雰囲気もおじいちゃんっぽいし、さもありなんって感じだね。
白虎さんに促されリュウがテコテコと歩いていく。
「おお! 赤子のドラゴンは久々に見たが、やはりかわいいのう。飴ちゃんでもやりたいところじゃが、今は手持ちがなくてすまぬ」
すると、目尻を下げてリュウに話しかけていた玄武さんが、何かに気付く。
「ん? 変わったバッグを付けているのう。マジックバッグでもなさそうだが……」
「ぴぃ!!」
「うぉお!!」
抱っこ紐から勢いよく顔を出すと、玄武さんが驚いて大きな首を持ち上げた。
「この小さくてかわいいのは……ひよこか……? だが、普通のひよこではないな?」
「うん! ひよこ、まおーととうさまのこどもだよ!!」
私はぴっと片翼を上げて元気よく言い放った。
だけどいまいち伝わらなかったらしく、玄武さんが周りの人達をキョロキョロと見回す。
「――えーと、すまぬ。どういうことだ……?」
意味が分からなかったのか、大分困惑した様子だ。
なるほど、ヒヨコが大分説明不足だったらしいね。
この作品の書籍3巻は10/10に発売予定です!
表紙からめちゃくちゃかわいい仕上がりになっているのでどうぞよろしくお願いします!
https://www.tobooks.jp/contents/20157