ひよこ、動物園にくる
私達にオファーをくれたのは、魔界中央動物園という、魔界でも一、二を争う規模の動物園だ。
初日ということで、今日は保護者も一緒にやってきている。
右手を父様、左手を魔王にとられながら歩く。私達の隣を歩くリュウも、白虎さんの尻尾を掴んでいる。
「――おお! おっきいね!」
トップクラスの規模というだけあって、入り口から既に巨大だった。
どんな動物がいるんだろう。楽しみだ。
「園長とはここで待ち合わせだから、少し待ってようね」
「うん」
それから父様達と雑談をしながら待っていると、ツカツカと誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。
「まあまあまあ! ようこそいらっしゃいました!」
明るい声のした方を見た私とリュウは、同時に目をまあるくした。
……なんか、すごくカラフルな人が近付いてくる。
その人は、すごく派手な色のオーバーオールを着ていた。
赤色がベースで、下にいくにつれ黄色、緑、水色と色が変化していっている。
……なんか、どこかで見たような配色……あ、この前絵本で見たカラフルなインコだ!
既視感の正体に気付きスッキリした私は、ようやくその人の顔に視線を向けることができた。
体格からして明らかに男の人だけど、その顔立ちは中性的だ。
その人の紫色の前髪は左右に分けられ、肩くらいまである髪は外側に跳ねさせている。そして、右耳の辺りには鳥の羽でできているらしい髪飾りを付けていた。
さらに、目蓋には紫色のアイシャドウが塗られている。
「あなたがヒヨコちゃんとリュウくんね。会えて嬉しいわ。私はこの動物園の園長をしているロビンよ」
膝を曲げてしゃがみ、私達と目線を合わせて微笑んでくれる園長さん。
あ、この人いい人だ。
奇抜な格好をしているけど、大事なのは見た目じゃなくて中身だからね。
「ヒヨコです。よろしくおねがいします」
「リュウです……おねがいします」
二人揃ってペコリと頭を下げる。
「んまぁ! もうこんなにしっかりした挨拶ができるのね! 二人とも偉いわぁ」
挨拶をしただけで褒めちぎってくれるロビンさんに、私もリュウも気を良くする。
にぱっとはにかむと、ロビンさんがガバッと手で顔を覆い天を仰いだ。
「ジーニアスッ!! かわい過ぎるわ!! 穴からヒョッコリ顔を出すミーアキャットのごときかわいらしさっっっ!!!」
よく分からないけど、ミーアキャットくらいかわいいねってことかな。
なんか、賑やかで面白い人だね。
「えんちょうさん、かわいいかみかざりしてるね」
「ああ、これのこと? これってば、うちの園にいる魔界インコから抜けた羽で作ったのよ。あの子達ってばとても素敵な羽の色をしているから、なんとかして保存しておきたくて」
「そうなんだね」
動物への愛が深いね。
園長さんの鮮やかな髪飾りを見上げていると、魔王が私の隣にしゃがみ込んだ。
「ヒヨコ、靴を持ってきたから履き替えてみろ。動物園は危ないところもあるだろう。お前達は小さくて見えづらいからこれを履いておけ」
そう言って魔王が差し出してきたのは、私達サイズの小さな靴だった。
靴なら今も歩きやすいのを履いてるけど、何が違うんだろう。
とりあえず、私達は魔王のくれた靴に履き替えた。
「歩いてみろ」
「ぴぃ?」
なんだろう、と思いながらその場で足踏みをする。
ぴよぴよ。ぴよぴよ。
「ぴ!?」
なんだこの靴!?
歩くたびにひよこの鳴き声が聞こえる!!
面白くて何度も足踏みをしてしまう。
ぴよ。ぴぴぴよ。
けんけんをすれば、ひよこがリズムよく鳴いた。
「何このぴよぴよ靴。いつの間に作ったの?」
「ヒヨコ達は小さいから、見回りの時に街の人混みの中で踏み潰されないか心配だったという騎士の話を聞いて作らせたんだ。ひよこの鳴き声がすれば皆、下を見るだろうからな」
「陛下……貴方、真顔でなんてかわいらしいことを言っているのかしら。ギャップ萌えね」
魔王から垣間見える父親的な一面に全身で悶える園長さん。
うんうん、魔王は私のパパだからね。
リュウもサイズ違いの靴をもらったらしく、足踏みをしてぴよぴよと靴を鳴らしている。
「……これ、もしかしてヒヨコのこえ……?」
「よく分かったな。せっかくだからヒヨコの声を再現させた」
リュウの呟きに魔王が頷く。
無駄なこだわり!!
ひよこの鳴き声なんて、どの個体でもそんなに変わらないでしょ。あと、リュウも私の鳴き声だって気付いたのすごいね。
「ちなみに、魔力を込めれば子どものドラゴンの鳴き声にも変更できるぞ」
そう言いながら魔王がリュウの靴に人差し指をかざす。
すると、リュウの靴の音が「きゅっ、きゅきゅっ」というものに変わった。
「かわいい!」
ひよこの鳴き声もかわいいけど、子どもドラゴンの鳴き声もかわいいね。頭の中にちびドラ姿のリュウが浮かんでくる。
「……じゃあ、おれはこっちにする」
「うんうん、どっちがあるいてるかわかりやすくていいね」
にしても、ちゃんと子どもドラゴンの鳴き声まで用意しているとは。
「まおーはこりしょうだね」
「このくらい当然だ」
「こんな顔してるけど子煩悩だもんねぇ」
魔王の後ろで父様がクスクスと笑う。
すると、白虎さんがのっそりと歩み出て魔王に頭を下げた。
「陛下、リュウの分までありがとうございます」
「……まおう、ありがと」
リュウも白虎さんの隣に立ち、ペコリと頭を下げる。
「大したことじゃない。一つ作るのも二つ作るのも同じだからな」
少し照れくさそうにした魔王は、ぎこちなくリュウの頭を撫でた。
私の頭を撫でるのは既にプロレベルの魔王だけど、他の子どもと接するのはまだ慣れてないんだよね。リュウとの距離感もまだどこかぎこちないし。
「……ぴぃ?」
なんだかぷるぷると震える物体が視界の端に入ったので、そちらを見てみる。すると、それは長身を丸めて震える園長さんだった。
「……なにこの二家族……尊すぎるんですけど……!」
悶えに悶えた園長さんは、心からの叫びを口にした。





